人売りの黒幕?
「いや~、簡単に話がついて良かったよな」
玉藻踏組での話し合いは至極穏便に話が付いた。
倒壊した建物の跡片付け費用として500万コールの支払い。これだけで話がついたのである。
ミンとしてはあまり低く見積もれば組織としての体裁がある。しかし、喜多野マテリアルと繋がりのあるワーカーに喧嘩を売るのは非常に危険だった。その為、最初に高めに請求してその後の交渉で300万コールくらいで決着させる予定だったのだが、シドは最初の値段で即決し、ライセンス払いで払ってしまったのだ。
ミンはシドのライセンスでランクを見た際、顔が引きつるのを抑えることに必死だった。
ランク50のワーカー等、このミナギ都市でも滅多に見ることは無い。居たとしても第2防壁内で生活し、企業案件のみを行って生計を立てていけるレベルのワーカーなのだ。
間違ってもスラム街の建物一つを倒壊させたからと言ってスラムの組織に頭を下げに来るような事などしない。
それと同等の力を持つであろうシドに対し吹っ掛け過ぎたかと心配になったが、シドは穏便に話が付いて良かったと胸を撫でおろすばかりであった。
「そうだけどね。500万コールか~・・・結構な金額だよ?」
「そうか?俺達の拠点だった所って3000万コールくらいだったんだから破格じゃないか?」
「スラムと防壁内じゃ価値が違うと思うよ?」
「まあ、そうかもしれんけども・・・・」
シドもちょっとは値切った方が良かったかな?と思い直す。しかし、あの金額で話がついたのだからもうこの件は終わったと思う事にしようと考える。
「ラルフさんもありがとうございました」
「お手間を取らせました」
シドとライトは橋渡しをしてくれたラルフに対しても頭を下げてお礼を述べる。
2人の後頭部を見ながらどこが問題児なのだろうか?と不思議に思いながら表面上は朗らかに笑いながら顔を横に振る。
「いえ、これも仕事ですよ。これくらいの事はここでは珍しくありませんので」
笑顔でそう言いながらラルフは頭の中でこう考えた。
(ふふ、ダゴラ都市では問題でもこの程度ならこの都市では珍しくもない。キクチも焼きが回ったか?)
最初はずいぶんと脅しつけられたが、2人の態度はワーカーとしては非常に礼儀正しい物だった。
高ランクになればなるほど扱いが難しくなっていくワーカー達だが、スラムバレットはまだまだ可愛らしいと言っても良いくらいだった。
「それでは、私はワーカーオフィスに戻らせて頂きます。また何かあればいつでもご連絡を」
そう言い、ラルフはスラムバレットの2人と分かれ、ワーカーオフィスに戻り人売りの調査に入らなければならない。
これが原因で人売り組織の調査を任され、組織を潰すことが出来れば出世は間違いない。
車に乗り込み、オフィスへ帰るまでの間、ラルフは込み上げる笑いを止めるのに苦労するのだった。
「ん~、昼過ぎだよな~。間引き任務でも受けてみるか?」
「そうだね~、折角弾薬も補充したし、この辺りのレベル調査にも丁度いいかな?」
「もしかしたらダーマにも会うかもしれねーしな」
2人は愛車に乗り込み、荒野へ向けて走り出す。
ある企業の重役室
1人の男が彼個人に設えられた豪勢な部屋で寛いでいた。
金にモノを言わせ、本革が張られた椅子に腰かけ、西方から取り寄せた高級なワインを片手でクルリと回し口を湿らせる。
口の中に芳醇な香りが広がり、ワイン特有の甘味と酸味、渋みのバランスを楽しむ。
「ふふふ」
今日、彼が待ち望んだ最後のピースが揃う日だった。
希少な遺伝子を持つ赤子の発見。
その報告を聞いてから、彼は様々な手を尽くしてそれを手に入れる為に奔走し、先日漸く身柄を確保したとの報告が入る。
値段交渉ではかなり吹っ掛けられる事になったが、それも我が社の研究が完成すればすぐにでも取り返せる金額だ。スラムのゴミ共に渡るには大金に過ぎるが、これも必要経費。研究が成功した暁には我が社が誇る兵隊の訓練も兼ねて焼き払ってやればいい。
どうせ非合法な連中なのだから消えた所でなんの問題もない。
グラスに注がれた美しい赤を眺めながらご満悦な様子の彼だったが、一本の連絡で一転する。
『失礼します』
「なんだね?」
『彼らから連絡が入りました』
「・・・・・また金額を吊り上げるつもりなのか?」
一度決まった事を反故にしようとするのか?と少し不機嫌になる。
『いえ・・・・・対象を奪われたとの事です』
「・・・・・・なんだと?」
ワイングラスを持つ手に力が入る。
「もう一度聞かせてくれ」
その声は静かであったが隠しようのない怒りが込められていた。
『・・・・・・赤子を何者かに奪取されたとの事です』
再度部下からの報告に手が震えてくる。
「・・・・・・・・・・・それで?」
『現在捜索中との事ですが、手掛かりと思われるワーカーに接触した組織の者たちが返り討ちに遭い、1人はワーカーオフィスにとらわれたとの事です』
その言葉を聞いた男は一気に怒りが頂点に達する。
「ふざけているのか!!!!!!!」
『・・・・』
「あれほど!!!!!必ず確保しておけと言っておいたはずだ!!!!それが奪取されて捜索中に組員がワーカーオフィスに捕まるとはどういう事だ!!!!」
『・・・如何しましょう?』
「捕まった間抜けは早々に処理しろ!万が一にでも我が社との繋がりが漏れては事だ。赤子の捜索は・・・・クソ・・・・・」
男は思案する。
ここで会社の私兵を動かし赤子を確保した場合、他の企業にも情報は必ず洩れる。
それではスラムの組織を使って手に入れようとした意味が無くなってしまう。
「・・・・・・・あいつらにやらせるしかない。今度しくじれば我々が滅ぼしてやるとそう伝えろ」
『承知いたしました』
通信が切れ、部屋に静寂が戻ってくる。
しかし、彼の怒りは一向に収まらない。
「クソが!!!!」
手にしていたワイングラスを壁に投げつける。
砕け散ったグラスは床に飛び散り、ワインは壁や床にシミを作った。
(あのゴミ共だけには任せておけんか)
男は通信端末を手に取り、どこかへと連絡を取り始めた。
スラムバレットの2人は荒野を駆けまわり、モンスターと戦っていた。
少し走ると10体~20体のモンスターの群れと遭遇し、それらを片っ端から殲滅していたのである。
先ほども虫の様な形状の機械系モンスターとの戦闘を終え、新しいポイントに向かって車を走らせていた。
「暇だな~」
しかし、車の中にいるシドはやることが無かった。
モンスターが接近すると、ライトが車載兵器で薙ぎ払ってしまいシドがバイクで出撃する様な事態にはならなかったのである。
「それなら次はシドさんがやる?」
ライトは車を運転しながらシドに言う。
ライトも車を運転しながらとはいうが、視線は情報サイトを閲覧しており、索敵も運転も情報端末で行っており、攻撃も以下略といった感じだ。
「でもな~。なんていうか、代り映えしないって言うのか?そこまで強いモンスターも出ないしな~」
荒野に出ているというのにシャッキリしない。
確かにダゴラ都市周辺とくらべれば危険だろう。しかし、今まで戦って来たモンスターと比べても片手間で倒せるモンスターしか現れないのだから仕方がない。
「あ、新しいのが来たよシドさん。ほら、仕事仕事」
「はいよ」
シドは窓から腕を出し、その手にはS200が握られている。
小高い丘の向こう側から数体のモンスターが現れ、シド達に向かって突っ走ってくる。
シドは引き金を引き絞りS200から弾丸がはじき出された。
シドの狙い通りに飛翔した弾丸は、モンスターの弱点部位を正確に吹き飛ばし瞬く間に絶命させる。
「お見事」
「・・・・お前そう言う事言うならコッチ見ろよ」
ライトはいまだ情報サイトから目をそらさない。
「何か面白い物でも見つけたのか?」
「ん~~、ミナギ都市の情報だね。ダゴラ都市とは違って3つの企業が管理しているみたいだよ」
ライトが調べた所、ミナギ都市は3つの大企業がそれぞれの区画を管理し統治しているようだ。
「へ~、んじゃスラムもその管理下なのか?」
「一応はそうみたいだね。でもちゃんと管理してるのは第2防壁内からみたいだけど」
「やっぱスラムは放置されてるんだな」
そんな雑談と言っていい会話をしながら順番にモンスターの群れを屠っていた2人にワーカーオフィスから指令が入る。
『スラムバレット。22-553地点のワーカー達から救援要請が入った。至急現場に向かい対処して欲しい』
「了解しました」
ライトが返答し、送られてきたポイントへ急行する。
「手応えのある相手かな?」
「たぶんそうだろうね」
2人がポイントに到着すると、ワーカー達は車をバリケードとし立てこもり、その周りには無数のモンスターが取り囲んでいる状況だった。
ワーカー達は懸命に反撃しているが、中型の攻撃に対処すれば小型に接近を許し、小型に集中すれば中型を自由にしてしまうと言う状況に陥っていた。
「よし、俺右回り、お前左回りな」
シドはそういうとバイクに飛び乗り車の外へと走り出していく。
<了解>
ライトは車の車装兵器を動かしモンスターを狙い一斉に射撃を開始した。
シドはバイクに取り付けられたガトリング砲とS200を使い、モンスター達を狙い撃っていく。
こちらの攻撃に気付いたモンスター達の反撃もバイクを操作し巧みに躱していった。
数のおおい小型モンスターはガトリングで吹き飛ばし、防御力の高そうな中型はSH弾を装填したS200で粉みじんにしていく。
自分と反対側へ走って行ったライトは、複合銃と小型ミサイルで効率的にモンスターの群れを吹き飛ばし、確実にその数を減らしていた。
自分達の攻撃でモンスターが減っている事に気付いたワーカー達も攻撃の圧を増しモンスターを押し返していく。
シドとライトが一周を終えるくらいにはモンスターを全滅させる事が出来、救援任務も終わりと思われた。
<楽勝だったな>
<あ、そういう事言うと・・・>
<ん?>
またシドがフラグを建てた瞬間。バリケードとなっていた一台のトラックが内側からはじけ飛び、何かが飛び出してくる。
シドとライトの前に着地したその存在は、全身金属に覆われたシングルアイのオートマタであった。