歓楽街の主 2
シドは女主人たちと共に、建物内にある広場まで移動する。
そこはこの組織の私兵たちが訓練を行う場所の様で、今も数人の男たちが汗を流している。
<狭くないか?>
<そうだね。でも格闘系の鍛錬をするならこの位の広さでも問題ないかも>
訓練と言えば銃撃戦の訓練を行う事が多いシドとライトはこの訓練場の広さには不満があるらしい。
だが荒野にある岩場と比べるのは少し無理があるだろう。
女主人が隣の男に声を掛けると、男は訓練の様子を見守っていた大柄の男の側まで駆け寄り、その男を連れてこちらに戻って来る。
「ミン様。お呼びですか?」
見た目通りの低い渋みのある声だ。この女主人はミンと言う名前らしい。
「ええ、この少年と素手で模擬戦をやってちょうだい」
ミンはシドを扇子で差し、模擬戦を行うよう男に指示を出す。
男はシドに視線を移すと、怪訝そうに眉を寄せる。
しかし、自分が所属する組織の長からの指令だ。不服は言わず直ぐ首肯した。
「あの男はこの組で一番の手練れです。彼を打ち倒せたら君の言葉を信じましょう」
シドを冷たい目で一瞥し、ミンは用意された椅子に腰かける。
<あいつを倒したら俺の言葉を信じるって・・・・なんでそうなるんだ?>
<どういう意味?>
<いや、あいつは真空波なんか撃てないだろ?せめてダバイさん位の力が無いとさ・・・>
ダバイとはデンベの部下で、地下シェルターでシドやライトと訓練を行っていた喜多野マテリアル 上級兵の1人である。
<シド。スラムの1組織にあのレベルの人物がいるとは思えませんよ>
<・・・そうかもしれないけどさ。あいつたぶんキサラギよりちょっと強い程度だぞ?普通にやっても一瞬で終わると思うけど・・・・>
<なら一瞬で終わらせたらいいんじゃない?・・・殺すのは無しだよ?>
<それは分かってるって>
<ホントに?ホントに殺しちゃだめだからね?>
<分かってるって>
<ボク達は謝りに来てるんだから、ここで人死なんか出したら話なんて纏まらないよ??>
<分かってるっての!>
ライトからの再三の確認にうんざりするシド。
しかし、今まで散々やらかしてきたためどうにも信用されていないらしい。
だが、この都市に到着して直ぐ、穏便にと言っているのに開幕の飛び蹴りで1キル取っているのだ。理由が理由の為攻める気は無いがライトが心配するのも当然だろう。厨二病の事もあるし。
シドは男の前まで歩いていく。
男はシドを油断なく睨み、構えを取った。シドもわずかに腰を落とすと何時でも動ける体制を取る。
「始め!」
ミンの隣にいた男が大声で合図を出すと、男はシドに向かって一息で駆け寄り左拳をシドの顔面目掛けて打ち下ろしてくる。
シドは1歩前に踏み出し、男の拳を躱すと右拳で男の顎を左上の方向に殴り上げる。そして左手で男の伸びた左腕を掴み自分の体の方へ引き倒すと、男の体がシドの背中に乗り、綺麗に回転して背中から地面に叩きつけられた。
ドン!という鈍い音が響き渡り、男が叩きつけられた衝撃で土埃が舞う。
シドが男の顔を確認すると、白目を向いて気絶している様だった。
<死んでないよな?>
<はい、気絶していますね>
シドは体を起こすと、ライト達がいる所まで戻って行く。
ミン視点
彼女はこのスラム街の1つ、歓楽街エリアを統括する玉藻組の長である。
元々はこの町で商売をしていた1人の遊女であったが、その美貌と巧みな話術で様々な男たちを虜にし、歓楽街エリアで一番の大店に成長させた人物である。
スタッフとして集めた他の遊女達の中で、見込みがあると考えた遊女たちにその手練手管を教え込み、様々な情報を得ることに成功する。
そして、やがてはこのエリアを統括していた組織の長に見初められその男の妻として組織に入り込んだのだ。
後は自分の店で育ててきた遊女たちを使い、徐々に組織を掌握。夫である組織の長が不幸により亡くなった後は、彼女が組織の実権を手中に収めることになった。
心無い噂では彼女が先代を謀殺したのでは?と囁かれているのだが、そんな事は無い。
彼女はちゃんと先代を愛していたし、彼との間にも子供を儲けてもいる。
情報操作で組織に都合の良い状況を作り出したりはするが、義理人情に背くようなことはしていない。
それは先代が最も嫌う行いであったが故に。
昨日は何やら北区の連中が大通りの所で殺されているのが発見されたと連絡を受け、こちらに被害が及ばぬかと情報をさぐらせていた。
しかし、運悪く目撃者もおらず、管理エリアから離れていた事もあってなかなか情報も集まらない。大事になる前に不安の芽は摘んでおきたいというのに・・・・
等と考えていると、部下が部屋の扉をノックしてくる。
「何用だ?」
「ワーカーオフィスから連絡が入りました。なんでもワーカーがミン様にお目通りを願っている様です」
(ワーカーが?)
ワーカーが自分に会いたがるというのは珍しい。
企業の上役連中がミンと酒を飲みたがることは珍しい事ではないが、ワーカーが来るというのはここ数年1度たりとも無かったことだ。
「どの様な用件で?」
「なんでも、問題を起こしてしまったらしく、本人達が直接謝罪したいと言っている様です」
「・・・・・・・・・」
一々その様な事で時間を取られるのは癪だ。
だが、この歓楽街の客の多くはワーカー達でもある。そう頻繁に会う訳にも行かないが、ワーカーオフィス経由で面会を申し込まれては仕方がない。
「わかりました。会うと伝えなさい」
「わかりました」
ミンはどの様な連中がやって来るのだろうか?と考え彼らが来るのを待った。
そして、そのワーカー達が目の前にいる。
ワーカーオフィスからの付き添いでやってきていたのはラルフ・ローレンスという男。
敏腕な職員としても有名で、防壁内の企業にも非常に顔が効く人物として知られている。そして件のワーカー達は。
まだ子供だ。
パッと見ただけでも20歳は超えていない。
自分もワーカー達を客としてもてなした事など何度もある。彼らは一様に暴力的な気配を撒き散らし、粗野な雰囲気を纏っている物だ。
だというのに、彼らにそんな気配は微塵も感じられない。
ワーカーよりゲイバーに言った方が稼げるんじゃないのか?と思える様な容姿である。
どの様な用件で来たのかと問えば、縄張りの建物を1つ倒壊させたのだと言う。
側近に確認を取ると、午前中確かに建物が1つ倒壊していると報告があった様だ。
(そんな事か・・・・)
正直な話どうでもいい。
ここはスラムだ。自然に倒壊する建物も無きにしも非ずである。まあ、素直に名乗り出た事は評価するべきか、と考え方法を尋ねると、刀で斬ったと少年は答える。
何をバカなと再度確認を取ると、喜多野マテリアルの上級兵から教わったなどと言い出す始末。
益々信じる事が出来なくなるが、ラルフはこの少年が喜多野マテリアル 部門長と知り合いであると言い出した。
(あり得ない)
喜多野マテリアルはこの都市群を統括する6大企業の1つだ。
その部門長が1ワーカーと親交を結ぶなど冗談としか思えない。だが、ワーカーオフィスが嘘を付くというのも考えにくい。
そこで、この組で一番の手練れと戦わせてみることにした。
場所を訓練所に移し、私兵の訓練を見ていた男。ギーズに声を掛ける。
彼は歴戦の戦士だ。
先代の頃から長を助け、他の組織からの攻撃の際には最前線で指揮を取って来た男。ワーカーとは言え素手で戦うならば十分に戦える実力は持っているだろう。
開始の合図がなされ。ギーズが少年へと殴りかかる。
その体の重量から、少年が吹き飛ばされるのではと思ったのだが、少年は逆にギーズを投げ飛ばし地面へと叩きつけてしまう。
(ほう・・・)
予想と反した結果に目を丸くするが、まだまだこれからだろうと考えた。
しかし、少年は体を起こすとスタスタとコチラに戻ってくる。たった1度地面に転がしただけで勝負が決まったと考えているのか?と思い、ギーズに目を向ける。
しかし、ギーズは倒れたまま身じろぎすらしなかった。
側近に目をやりギーズの様子を確認させに走らせると、直ぐ近くで少年たちの会話が聞こえてきた。
「な?ちゃんと手加減できたろ?」
「胸を張る事でもないでしょ?右アッパーからの投げ技か~・・・あの人暫く起き上がれないだろうね・・・」
(手加減?!)
ワーカーとはモンスターと戦う場合銃器を使う為、素手での戦闘がお粗末な場合が多い。だというのにこの少年は素手での戦闘でもギーズを手加減して倒すレベルにあるというのか?
驚きの表情で再度ギーズに目を向けると、完全に気絶している様で4人の部下が彼を担いで医務室へと運び出す所だった。
あの様な少年が何故そんな力を持っているのか?
喜多野マテリアルの上級兵と共に訓練を行っていたという言葉に信憑性が出てくる。
この後の対応をどうするかと考えていると、少年が声を掛けてきた。
「これで信じてもらえました?」
まだあどけないと言ってもいい少年の顔を見つめ、暫く動けなかったミンであった。