歓楽街の主
車の中でラルフ達の到着を待つ間、シドは凹んだままだった。
建物を倒壊させるという失態を起こしたという事もあるが、自分が中央崇拝者と同じ思考に成りかけていたと言われたショックが大きかったようだ。
「だいぶ凹んでるね」
<そうでしょうね。これを機に行動を見直して貰えればいいのですが>
ライトはあまり凹むという事がないシドが初めて沈んでいるのを見て少し心配になる。
<これも成長するには必要な痛手でしょう。あまりに長引くようなら喝を入れる必要があるでしょうが>
「そうだね」
1時間程時間が経ち、ライトの情報収集機が接近してくる車の存在を感知する。
シドも同じように気付いたのだろう。
項垂れていた頭を上げ、車の方向に視線を送る。コチラに向かって来ているのはワーカーオフィス所属の車両の様だ。
「ラルフさんが来たみたいだね」
「そうだな」
シドは車を降りラルフ達を迎える。ライトは車の荷台へ移り、サイボーグ男の様子を窺った。
未だ気絶したまま意識は戻ってきてい無い様だ。
<・・・生きてるんだよね?>
<はい、生命活動が停止する威力は出していません>
<ライト、荷台の扉を開けてくれ>
シドからの要請を受け、ライトは後部扉を開く。
開いた扉からワーカーオフィスの職員が乗り込んで来て、サイボーグ男へ銃を向けた。
「この男か?」
ライトに職員の1人がそう尋ねてくる。
「そうです」
「わかった。運び出せ」
男がそう指示を出すと、2人の職員がサイボーグ男が車外へ運び出していく。
「大罪人の確保、ご苦労だった」
男はそう言いライトに敬礼をすると、そのまま車から出て行く。
彼らと入れ替わりでシドと男性職員が車の中に入ってくる。
あの職員がラルフなのだろうとライトは当たりと付けた。
「初めまして。私はワーカーオフィス所属のラルフと言います。この都市に滞在中はスラムバレットの担当官させていただいております」
ラルフはそういい、丁寧にお辞儀を行う。ライトも頭を下げ、挨拶を返す。
「スラムバレットのライトです。こちらこそよろしくお願いします」
「ライト様ですね。ご活躍はこちらにも届いておりますよ」
ラルフは人好きのする笑顔をライトに向けた。
「それで、このエリアを管理している組織とは連絡は取れたんですか?」
「はい、直ぐにでも会うことが出来ます」
「わかりました。シドさん、行こう」
「・・・・・わかった」
「・・・・もう、シャンとしなよ。ドーマファミリーに乗り込んでいった時のシドさんはどこ行ったのさ」
「あの時とは状況が違うだろ?謝りに行くんだからさ・・・・」
対人経験の薄いシドは、こういう事には慣れていない。ライトは自分がしっかりしないと、と気合を入れなおす。
「それではご案内いたします」
ラルフは車から出て行き、2台来ていた車の1つに乗り込むと車を発進させた。
ライトは後部の扉を閉めると、車を発進させ、ラルフが乗り込んだ車の後をついていった。
前方を走る車が停車し、ラルフが車から降りてくる。
目的地に到着したのだろう。シドとライトも車を降り、組織のホームと思われる建物に目を向けた。
「変わった建物だね」
「あれ、木造か?」
<見た目だけの様ですね。様式は皇国家屋と言われている様式に近いでしょう>
目の前にある建物は、3階建になっており屋根は瓦と言われている資材を使っている様だ。
全体的な見た目は木材で構成されている様な見た目をしており、地下シェルターで見た武蔵野皇国の建物に似ている。
「ここが玉藻組のホームです。繋ぎは私の方でさせて頂きます」
ラルフが先陣を切り、門の所に立っている門番へと話しかけた。
「ワーカーオフィスのラルフ・ローレンスです。ボスへの面会を希望しているのですが」
ラルフが話しかけた門番は「少し待て」と言い、インカムでどこかへ連絡を取る。
数秒すると確認が取れた様で「入れ」と言われ、3人は門を潜る。
門を潜り、石畳の道を歩いて扉の前に着くと、そこにも組織員がおり扉を開けて中へ促してくる。
建物の中へ足を踏み入れると、全ての建材が木材に見えるように加工されていた。
<これホントに木材じゃないんだよな?>
<はい、そう見えるように加工されているだけです。素材は一般的な建物と変わりありません>
「ようこそいらっしゃいました。主人がお待ちです。どうぞこちらへ」
シド達がキョロキョロと辺りを見渡していると、奥から1人の女性が現れる。
案内役の様で、全員をボスの所まで案内してくれるようだ。
「シド様、ライト様。ここで靴を脱いで上がってください。ここの主人の拘りで、建物の中では履物は脱がなければならないのです」
そうラルフが説明してくれる。こんな所まで皇国の様式と似ていた。
3人は靴を脱ぎ、案内役の女性の後に続き3階の部屋へと案内される。
「こちらで主人がお待ちです。どうぞお入りください」
女性が一歩下がり頭を下げると、目の前の両開きの扉が開いた。
ラルフを先頭に扉を潜ると、そこには数人の武装した組員がおり、そのさらに奥の椅子に1人の女性が座っている。
部屋の中はうっすらと赤い照明に照らされ、女性が座っている椅子の周りは薄いカーテンの様な物で囲われている。
こちらを方向だけカーテンが開かれ、女性の姿を見ることが出来た。
その女性は金色の髪を結い上げており、眼の淵を紅色の化粧で彩っている。
肌の色は白く、口元は鈍色の扇子と言われるもので隠しており、服は赤と白を基調とした皇国様式に似た物を身にまとっている。
細められた目が3人を順番に眺めると、口元を隠していた扇子をシャンと音を立てて閉じる。
どうやら材質は金属だったようだ。
<こういうのを皇国カブレって言うのかな?>
<絶対口に出して言わないでよね>
<分かってるって>
閉じた扇子を顔の横ですこし揺らしながら女性は口を開く。
「さて?ラルフ殿。この度コチラに来た用件をお聞かせ下さいますか?」
「はい、この度はお会い頂き誠にありがとうございます。用件に付きましては、ワーカーチーム スラムバレットのリーダーからお話しさせていただきます」
ラルフはシドに視線を送り「どうぞ」と身を引く。
「ええっと、初めまして。スラムバレットのシドと言います。今回ここに来た理由なんですが、あんた達が管理してる区画の建物を倒壊させてしまった件で・・・謝罪と・・・・ええっと賠償?の話がしたいと思いまして・・・・・」
シドの言葉を聞くと女性は傍に控えていた男に視線を送る。
男は彼女に近づき、何かを耳打ちしススっと離れて行った。
「なるほど。確かに建物が一つ倒れたと報告が入っているようですね。それはお前がやったのですか?」
「・・・はい」
「どうやって?」
「刀で切りました・・・・」
シドの言葉を聞き、彼女は綺麗に整えられた眉を顰める。
「・・・・刃物で建物を切った・・・と?」
彼女はシドの言葉を信じられなかった様だ。
普通は刃物で建物を倒壊させるというのは確かに信じられない話ではある。
「刀と言うか、刀を使って真空波を放って切った・・・・ていうのが正しいかな?」
彼女は益々不審そうな表情を浮かべ、シドのつま先から頭のてっぺんまで睨み付ける。
「君の様な子供がそのような事が出来ると?」
「・・・まあ・・・・ある人に訓練を付けてもらって」
言葉を重ねれば重ねるほど不信感を募らせていく女ボス。しかし、他に言いようがないのだから仕方がない。
<なんかめっちゃ疑われてるな>
<・・・・まあ、シドさんの事を知らなかったらそうなるよね>
「その訓練とやらは誰に?ワーカーでその様な力を持つものは最前線くらいにしかいないはず」
「うーん・・・喜多野マテリアルの部門長を護衛している人ですね」
シドがデンベの事を説明すると、彼女はその目を大きく見開き声を荒げる。
「喜多野マテリアル?!・・・・・あまりいい加減な事を言うと後悔する事になりますよ?」
彼女の不信感は頂点に達しようとしていた。そこに声を上げたのはラルフである。
「シド様は喜多野マテリアルのゴンダバヤシ部門長と個人的な付き合いがあります。その護衛の方と訓練を行っていても可笑しくは無いかと」
最初から笑顔を崩さずにいたラルフはそう言葉を添えてくれる。キクチの後釜に座っただけあり優秀なようであった。
「・・・・・・・・・・・・・」
閉じていた扇子を再度開き、口元を隠しながらなにやら考え始める女ボス。
10秒ほどすると考えが纏まったのか、再度シドに視線を向けこういった。
「ならば、実力を確かめさせてもらう。私の護衛と素手で戦って貰うわ」
なにやらややこしい方向に話が進み始めてしまった。