シドは厨二病?
人売り達が入り込んでいた建物を倒壊させ、その場から逃げ去ったシド。
最初はライトがいる区画の方へと走っていたが、途中から別の方向に逃げ込んでいた。
<シド、方向が違います>
イデアの忠告も無視し走り続け、速度を落とし足を止める。
<・・・・なあイデア>
<すでにライトには連絡しています。諦めてください>
無慈悲に告げられる言葉に、シドは頭を抱えて蹲った。
「うおぉぉぉ~~~~・・・・・・」
シドの頭の中では高速で言い訳を構築しようとしている。
(どうする?建物をぶった切って倒壊させた・・・・・・・なんて言ったらいい?人売り達の襲撃を受けた、それを返り討ちにした・・・・・・勢いあまって建物を・・・・・・行けるか?)
行けるわけがない。
シドの戦闘能力なら普通の戦闘で十分にお釣りがくる相手だった。
瞬閃と名付けた技を使ったのは、単にシドが試したかったからである。それは誰よりもシドを間近で観測しているイデアが良く知っている。
シドの性格を把握しているライトがその事に気付かない訳がない。
「あああぁぁぁぁ~~~~・・・・・」
今回の事は言い訳のしようがない。
シドはイデアに助けを求める。
<イデア、なんとかならないか?>
<何ともなりません。諦めて怒られてください>
普通なら怒られるでは済まない状況なのだが、あの場所はスラムであり、都市の管理外での出来事である。それにあの建物には一般人の気配は無く組織の人間しか存在しなかった。
その為イデアはシドが高速居合切りを行うときに力づくで止めなかったのである。
<クソ!他の区画には入って来ないんじゃなかったのか?!ダーマめ!嘘ついたな!>
<他者に責任を擦り付けるのは良くありませんよ、シド。それに、襲われた事に対する苦情なら一部正当性は確保できますが、建物を倒壊させたのはシド自身です>
イデアから突き付けられる正論にぐうの音も出ないシド。
「ぐうぅぅ~~・・・」
ぐうの音はでた。
しかし、問題は解決しない。
<さあ、ライトと合流しましょう>
<・・・・・・>
頭を抱え地面に突っ伏したままのシドは動こうとしない。
<このまま地面に顔を付けていてもどうにもなりませんよ?弾丸の積み込みが終わればライトの方からこちらにやってくるのですから>
<・・・・・・・・・・・・・・・・・>
数秒後、シドは渋々ながら地面から体を引き剝がし、とぼとぼとライトが居る方向に歩き始めた。
サイボーグ男を引き摺りながらぼんやりと考え歩いていると、愛車であるT6が近づいて来る気配を感じとる。
シドの肩がビク!と揺れ、道の先へと視線を送った。
武蔵野皇国製の大型オートマタにすら恐れず立ち向かったシドはここにはいない。
ただ問題を起こして怒られるのを恐れた1人の少年の姿があるだけだった。
シドの目の前で車が停車し、運転席側の扉からライトが下りてくる。
ライトの顔は、不自然な程の笑顔だった。
「お疲れシドさん。早く乗りなよ」
「・・・お・・おう」
乗れば逃げられない。・・・・いや、最初から逃げることは許されないのだ。
シドは助手席側の扉から車に乗り込み後部座席にサイボーグ男を放り込むと、ライトは車をUターンさせて走り始める。
無言
車内の中は車が道を走る走行音とライトがサイボーグ男を解体する音しか響いてこず、シドは居たたまれない心地になる。
だが、自分から切り出す勇気が持てない。
何とも言えない空気感に胃に穴が開きそうだった。
昨日一夜を過ごした歓楽街の駐車場に停車し、ライトが声を出す。
「さて」
その一言でシドは縮み上がる。中央崇拝者のアジト殲滅時にライトに説教を食らった事がトラウマになっているらしい。
「イデアから聞いてるよ。昨日の人売り組織の襲撃を受けたんだよね」
「う・・・うん」
「命が掛かってた場面だから全力で戦うのは間違ってないと思うよ?・・・でもね、あの斬撃を放つのはどうかと思うんだよ」
「・・・・・・いや、あそこまでの事になるとは思って無くて・・・・」
「そうなの?あの・・・・あの!デンベさんに傷を負わせた斬撃なのに???」
「・・・・」
シドが訓練ルームで瞬閃を放った際、それを受け止めたデンベは腕に切り傷を負う事になったのだった。
「コンクリート壁に簡単に穴を開けるシドさんの蹴りを受け止められるデンベさんの腕を傷つけた斬撃を、スラム街の建物が耐えられると思う?」
「・・・・・ごめんなさい」
「新しい技を使ってみたい気持ちは分からなくはないけどさ。時と場合ってあるでしょ?ボク達の力は人じゃなくてモンスターに向けないといけないモノじゃないの?」
「・・・・重々承知しています」
「承知しているのに、どうしてこうなるの?」
いつにも増してのねちっこさである。これは相当頭に来ている様だ。
一般人に被害が出るかもしれない状況での戦闘行為。それも、周りの被害を考えないシドの攻撃は一歩間違えれば都市を敵に回しかねないモノだったのだ。
「ちゃんと周りの被害の事を考えないと。この街は建物が密集してるんだから考えなしに暴れたら関係ない人まで巻き込むことになるんだよ?取り返しのつかないことになる前にちゃんと考えて行動しないと」
「・・・はい・・・わかりました」
「キクチさんに報告しないといけないかな~」
「あ、俺達の担当変わったらしいんだ」
「そうなの?」
シドはワーカーオフィスでラルフに言われたことをライトに伝える。
「・・・それならそのラルフさん?にちゃんと報告しておいたほうがいいんじゃない?」
「・・・そうだな」
シドは端末を取り出し、ラルフから受けとった通信コードへ繋げる。
数コール後、ラルフが通信を開いた。
『先程ぶりですね。どうかしましたか?』
「ええっと・・・スラムに戻ったら人売り組織の連中に襲撃されて・・・」
『人売り!?それは確かですか?!』
「はい、昨日その組織に追われていた人を助けたんですけど。その時の事で逆恨みされたみたいなんです」
『それで、シド様は無事でしょうか?組織の者達は?』
「俺は無事です。組織の連中も1人確保しているヤツを除き全員殺しました・・・・・それで、その時の戦闘で建物を一つ切り倒しちゃって・・・どうしたらいいですかね?」
『情報源は確保されているんですね。場所を教えていただければ直ぐに回収に向かわせます・・・それと、建物を切り倒した?とは?』
「そのままです。戦闘中勢い余って建物を切り倒してしまって・・・・弁償とか・・・・」
『スラム街での戦闘行為に都市運営企業は基本的に関与しません。建物に関する事はその区画を縄張りとしている組織との話し合いで解決する必要があるでしょう。どの区画での戦闘ですか?』
「都市の南東方向です」
『それならば歓楽街を仕切っている組織ですね。こちらの方でコンタクトを取ります。人身売買組織の人員回収に合わせて私もそちらに向かいますので、その時に』
「わかりました。今いる場所は送りましたんで、よろしくお願いします」
シドは通信を切り一息つく。
後はラルフが組織との仲介して話を付ければ取り合えずこの問題は終了だろう。
後は、話を付けるのに必要な交渉材料だろうか。
「弁償・・・幾らくらいかかるかな?」
「スラムの建物だからそこまで高くないと思うけどね。組織の体質によっては自分の縄張りでよそ者が暴れるのを嫌う所もあるんだよね・・・」
「ふっかけられるかな~~?」
「どうかな・・・それにしても、イデアはどうしてシドさんを止めなかったの?イデアなら出来たよね?」
<可能か不可能かという事であれば可能でした>
「じゃーどうして?面倒事になるのは分かってたでしょ?」
<はい。しかし、シドの能力を考えれば致命的な損失は受けないと判断し、早めにシドに自覚させる必要があると考えました>
「自覚?」「自覚って何を?」
<はい、シドはある精神病を発症していると考えます>
「「精神病?!」」
<今のところは軽微な症状ではありますが、早めに自覚させ対処しなければ重症化する危険がありました>
イデアはシドが精神病を発症しているといい、それの対処のために面倒事が発生する事も厭わずシドの暴挙を止めなかったと言い出す。
「・・・・精神病ってどんな?」
ライトは心配そうにイデアに聞く。
<病名は厨二病と言います。再生期中後期に渡って広まった病気で、主に10代の少年少女が多く発症しました。疾患したほとんどの人達は精神が成長するにしたがって治癒していきますが、一部の重症化した人達は不治の病と化してしまいます>
イデアが言う厨二病とは、アニメやゲームのキャラクターに憧れを抱き自分と重ねてしまう事によって現実と想像世界の境界が曖昧になってしまう病気であるとの事だ。
まだ科学技術が発展していなかった再生期初期の段階では疾患者は稀であり、そこまで重視されていなかった病だったのだが、中期になりホログラムやバーチャル空間の飛躍的な発展によって深刻化する事になる。
そして爆発的に広がった理由が、武蔵野皇国から発信される良質なサブカルチャーの発信であったとされ、地下シェルターでのシアタールームの様に、現実世界と変わらないレベルで展開される想像世界にどっぷりと浸かってしまったために深刻なレベルで世界に広まったのだという。
10代の少年少女に発症者が多いのは、精神面での成長期であり多感な者達がそういったリアルなアニメやゲームに触れた場合、現実世界との境界線がよりあやふやになってしまうらしい。
今のシドは初期症状に分類させるらしく、早めに失敗を経験させ現実世界と非現実世界の線引きを自覚させる必要があったようだ。
<終末症状になれば、妄想に憑りつかれ己を英雄視してしまい支離滅裂な行動に出てしまうようです>
「・・・それって中央崇拝者みたいな感じ?」
<そうですね。彼らは自分達の主張を妄信し、自分達を英雄視しているように見受けられました。広義の意味で彼らは厨二病疾患者と言えるでしょう>
シドはイデアに中央崇拝者と同じような存在に成りかけていたと言われ震えあがる。
アニメに直ぐ感化される性質を見ると、その素質が無いとも言い切れない。
<今回の事で症状は緩和されるでしょう。しかし、今後も注意が必要です>
「・・・・・・わかった・・・・」
シドは普通に怒られるよりもシュンとしてしまっている。
中央崇拝者と似た思考回路だと言われたことがショックだったようだ。
「まあ、まずは組織との話し合いだよね。それと、あのサイボーグの人の引き渡しとね」
ライトは荷台の方へ目を向ける。
そこにはライトによってサイバーパーツを分解され、辛うじて生命維持装置だけが残された男が拘束されて転がっていた。