ダーマの妹
「ふ~、食った食った。ご馳走様でした!」
「ご馳走様でした。美味しかったです」
シドとライトはママが作る料理を完食し、膨らんだ腹を撫でる。
「いや~、よ~食うたな・・・・・」
「その体の何処に入るん?」
マスターとママもびっくりである。
「・・・・・お前等、ずいぶん遠慮なく飲み食いしていたが、金は大丈夫なのか?」
「ん?そうだな。お代は幾らになります?」
シドとライトは次々と料理を頼み、マスターが注いだ酒をカパカパと飲み干していったのだ。シドが注文した酒の中には高級酒と言ってもいい物も混ざっており、かなりの金額になっていると思われる。
「あ~・・・・・・17万コールになります・・・・」
マスターが明細と共に金額を告げてくる。
「わかりました。ライセンス払いでいいですか?無理だったら車に取りに帰らないと」
「ライセンス払いでも対応しとりますよ」
マスターはシドが顔色一つ変えずにライセンスを渡してくることに驚く。そして、シドのライセンスを受け取ってさらに驚くことになった。
「ランク50?!」
「え?!」
マスターの声にママも驚きの声を上げてシドのライセンスをのぞき込んできた。
シドの年齢でランクが50に到達した者は今まで見たことが無い。2人はシドとライトは義体者なのではと疑うが、先ほど信じられない量の食事と酒をその腹に納めていたのだ。義体者ではあり得ない。
「君、凄いんやな」
「ん~、ダゴラ都市で普通に活動してただけなんだけどな~。いつの間にかこんなランクになってたんだよ」
キクチが聞けばふざけるな!と怒鳴りそうなセリフである。
「俺達の事はさておきさ、あの子はどうするんだ?」
シドはダーマに視線を送り、そう質問する。
「・・・・マスター、不躾なお願いなのは重々承知の上なんだが、他都市に渡る目途がつくまであの子・・・・・エミルを預かって貰えないだろうか?」
ダーマは真剣な表情でマスターとママを見る。
「俺があの子を連れ出した事は組織に知られている。俺と一緒に居ては危険は免れない。それに、子供を連れたままで金を稼ぐのは非現実的だ・・・・・頼む」
ダーマはカウンターに頭が付きそうになるほどに下げ、2人に協力を頼んだ。
「・・・・・構わへんけど、稼ぐ当てはあるんか?」
マスターはダーマに聞き返す。
「他都市に移動する言うても大金がいるぞ。護衛費だけでも数十万コールは下らんからな」
「何とかする」
「その装備でか?」
「・・・・・」
ダーマの装備は完全に駆け出し装備である。武器に至ってはハンドガン一丁であり、他のワーカー達に混ざって行う巡回依頼ですら真面に行えるとは思えない。
「それならあのゴロツキ共が持ってた銃があるぞ」
そこでシドが声を上げた。
「アイツ等が持ってた銃は回収してある。知らないタイプの銃だったけど、そのハンドガンよりましだろ。マガジンもあるから全部やるよ、それを元手に稼いできたらいい」
「・・・・いいのか?」
「元は今日の飯代くらいになればいいかな?って程度の気持ちで拾って来たんだよ。それならダーマが使えばいいさ」
「恩に着る」
ダーマはシドとライトに対しても深く頭を下げる。
「・・・それでも、ここを襲撃される可能性は無いんですか?アングラな組織なら来ないとも限りませんよね?」
「大丈夫や。ここは玉藻組って組織が管理しとる。荒くれモンの集まりやけど、筋の通らんことは絶対にせーへんから安心やで。ルールを守って遊ぶもんにとってはええセキュリティになってんねん」
「そうだ・・・アイツらがここを探り当てる可能性も少ないだろう」
「・・・・そうでしょうか?」
ライトは考え顔で腕を組む。
しつこいがこの世界で人売りは重罪だ。見つかれば命も尊厳も剥奪されることになる。
その様な罪を犯す者たちが道理など考えるだろうか?
それに、奴等はどこにあの子を売ろうとしていたのだろうか?
売ると言う事は買い手がいるはずだ。その辺のチンピラが物珍しいと言う理由で子供を買おうとするはずがない。何かエミルの特異性に気付いた者がその身柄を手に入れようとしていると考えるのが普通だろう。
そうすれば、いずれこの店にエミルが匿われている事はバレてしまうのではないだろうか?
とライトが考えていると、ライトの頭に念話が届く。
<ライト、ライト>
<イデア?・・・何?>
<その赤ん坊。エミルの護衛は私に任せてください>
<・・・・・>
何やら車の中で無聊を囲っているイデアが名乗りを上げて来た。
<イデアは外に出せねーだろ。ワーカーオフィスでちゃんと登録してからじゃないとさ>
<私をその店舗に運ぶときはカバーを掛けて運べば問題ありません。それに、登録前ならシド達と行動を別にしても怪しまれることも無いでしょう。マスターやママもずっとエミルに関わっていられる訳でもないと思います。ここで一番の適任は私であると判断します>
そうかもしれない。
そうかもしれないが、旧文明のオートマタをこの店舗に連れて来ても良いのだろうか?
イデアは本来なら恐怖の対象とされている旧文明のオートマタなのだ。人前に出ないとは言え、それを仕事場に連れ込むことを許可してもらえるかどうか・・・・
<う~ん・・・・どうする?シドさん>
<・・・・・よし、聞いてみよう>
「ダーマ、エミルの事なんだけどさ。イデアが護衛を受け持つって言ってるんだけどどうする?」
シドはイデアからの提案をダーマに伝える。
「イデア?・・・・・あのオートマタか?」
ダーマはシド達の車に乗っていたオートマタの事を思い出す。興味深げにエミルの顔を覗き込もうとしていた。
「喜多野マテリアル案件の報酬で貰ったんだ。ダゴラ都市のワーカーオフィス所属の担当官も知ってる。戦闘能力も頑丈さも折り紙付きだ。子供の扱いまではどうかわからんが安全性は保障するぞ」
嘘は言っていない。
セントラルの存在を知らない者からすると、喜多野マテリアルから報酬として譲り受けた物だと勘違いするセリフだった。
当然シドがそこまで考えたわけでは無い。
ただモノグサな性格で、説明を端折り倒した結果である。
「喜多野マテリアル?!・・・・・そうか、ランク50にもなれば彼の企業から依頼を受ける事もあると言う事か・・・・」
違う。
シドがキクチとゴンダバヤシを巻き込んだだけである。
彼らは今てんやわんやの大騒動の最中であった。
ライトはシドの説明に不備がある事は分かっていた。しかし、訂正してもややこしくなるだけなので大人しく口を噤む。
「・・・わかった。マスター構わないだろうか?」
「喜多野マテリアル製のオートマタが来るんか?それはこの店の防犯強化にもなりそうやな」
ははは、と笑うマスター。
シドが彼らの勘違いに気付き訂正しようと口を開こうとすると、
<シド、ストップです>
イデアから口の制御を奪われ強制的に黙らされた。
<なんだよ>
<勘違いされたままの方がいいよ>
<そうです。私のボディーが旧文明製と知られれば混乱が大きくなります>
<・・・・それもそうか>
「まだ閉店しないですよね?今の内に運んできます」
シドは一旦料金を精算し、ライトをその場に残してイデアの回収に向かっていく。
シドが車にたどり着き、セキュリティを解除した後車の中へ入って行く。
そして、そこに居たのは全身をカバーで包み込み、準備万端のイデアであった。
<バッチコイ!>
<・・・・なんなの?そのテンション>
エミルのお世話係を担当できるとやる気満々のイデアである。
<さあ、早く運んでください>
<・・・・了解>
シドはカバーに包まれたイデアを抱え、クラブ88へ戻って行く。
シドはクラブ88に戻り、マスターとママの2人にイデアを紹介する。
カバーを外され宙に浮いたイデアは2人にお辞儀をし自己紹介を行った。
「お初にお目にかかります。シド専属オートマタのイデアと申します。以後お見知りおきを>
目の前をふよふよと浮くイデアを物珍しそうに観察するマスターとママ。
「これはご丁寧に」
「よろしくおねがいします」
イデアに釣られてお辞儀を返すマスターとママ。
「それでは任務を開始したく思います。エミルはどこにいますか?」
「ああ、こっちやで」
ママはイデアを引き連れ、エミルがいる部屋へと消えていった。
「・・・・・いや~、なんかスゴイもんやな~。おとぎ話の魔法で作られたみたいやんか」
マスターは呆然と感想を述べる。
その感想は間違ってはいないだろう。イデアは外も内も旧文明製なのだから。
見た目が愛嬌のあるフォルムをしているので警戒心を掻き立てることは無かったらしい。これが、キョウグチ地下街遺跡で戦った様なオートマタならこう簡単に話は進まなかっただろう。
性能はアレより上の様だが。
まあエミルの安全性が向上することは良いことだ。これで心置きなく全員が各々の活動を開始できるというものである。
「それじゃライト。お前は明日弾薬の補充に行ってくれるか?俺はワーカーオフィスにいってダーマの妹さんに連絡を取ってみるからさ」
「わかった。出来る限り多めに購入しておくよ」
「頼んだぞ。それとダーマ。妹さんの名前と出来ればIDを教えてくれないか?」
シドはダーマに顔を向け、妹の情報を聞く。
このままダーマが金を稼いでダゴラ都市に向かうのは現実的ではない。エミルの危険性を考えれば直ぐにでもダーマの妹と連絡を取り迎えに来てもらうのが得策であった。
「・・・・・・そうだな。答えてくれるかどうかは分からないが・・・・・・」
未だダーマは葛藤がある様子である。
「変なプライドは捨てろよ。ランク40の味方が付いてくれるんだから喜ばしいこったろうが」
「・・・わかった。妹の名前はドンガだ。流石にIDまでは覚えていない。しかし、ダゴラ都市で活動しているワーカーでドンガの名前は1人だけだ。勘違いされることは無いだろう」
ダーマの口から以前チームを組んだ漢女の名前が飛び出してきたのである。