赤ん坊が狙われる理由???
「トラブルがあった。他都市に渡る手段が一つ潰れてしまったのでな。また別の方法を考えなければならない」
ダーマーはそうマスターに言うが、他の方法などない。
貧弱な装備に、口座の中は空っけつ。かつ赤ん坊まで居るとなっては他都市への移動など不可能である。
そんな事はわかっているだ。だが、ダーマはどうしても諦めることは出来なかったのだ。
「あの赤ん坊はなんや?」
マスターがダーマに聞くが、ダーマは答えようとしない。
すると、奥の部屋に行っていたママが戻ってくる。
「お待たせ~。ダーマ君、あの子どないしたん?なんであんな衰弱してんの?」
ママは真剣な表情でダーマを見つめる。
その視線を受け、ダーマは仕方なしに経緯を話すことになった。
「あの子はさっきまで人売りに捕まっていた。俺が隙をついて救出し、その後この2人に助けられた」
言葉少なくダーマは説明を行うと、マスターとママは大きな声を上げる。
「「人売り?!」」
人身売買が重罪であることは周知の事実である。
もし発覚すれば大事になるのは間違いない。その様な犯罪がこの町で行われている事に驚きを隠せない様だった。
「それホンマなんか?!」
「間違いない。アジトに潜入して組員の会話から売買契約が成立しているという話を聞いた。俺はあの子を連れてダゴラ都市に移る為に運び屋を手配していたのだが・・・・約束の時間になっても現れなかった」
「ちょっと待って?あの子、ルイとイナザの子共やんな?あの2人はどないしてんの?」
「・・・・あの2人は死んだ。ルイは俺と一緒に討伐依頼を受けている最中に頭部に弾丸を受け即死。1週間前にイナザはアイツ等の襲撃を受けて殺された。俺はイナザからあの子を託されて救出計画を立てて今日実行したんだ・・・が・・・・」
ダーマはチラっとシド達に目を向け
「ドジを踏んでこの2人に助けられたんだ」
と話す。
「・・・・あの2人が死んでた事も驚きやけど、なんであの子が狙われる事になったん?」
そう言い、ママは眉を顰める。
「わからん。恐らくだが、目が赤い事が原因じゃないかと思う」
「赤?」
ライトが不思議そうに言う。
今まであった人たちはの目は、黒や茶、碧や緑など様々な色を持つ人たちがいるが、赤は1人も見たことが無かった。
<イデア、どう思う?>
<何とも言えません。しかし、現代人のDNA・・・サンプル数は少ないですが、瞳の色が赤になる要素は皆無です。古代人からの隔世遺伝なのか突然変異なのかは解りませんが特殊であることは間違いないかと>
「確かに赤い目ってのは珍しいな。俺も見たこと無いわ」
「そういった珍しい外見の人間を集めているのかもしれん。だが、何故狙われているかは関係ない。アイツは何としても俺が育てる」
ダーマはグラスを持つ手に力を籠める。
「気合入れるんはええけど、グラス割らんといてや?」
マスターにそう言われ、ダーマは少し肩の力を抜いた。
「それで、これからどうするんですか?」
ライトがダーマにそう聞くと、
「・・・・・今すぐ他都市に移る方法は無い。暫く他の地区に潜伏して金を稼ぐ」
「ダゴラ都市にいる妹さんに迎えに来てもらえばどうです?ワーカーオフィスに行けばダゴラ都市に連絡つきますよ?」
ライトの言葉にダーマは非常に悩ましい表情を見せる。
「・・・・・・・・・」
「なんだよ、喧嘩でもしてんのか?」
「いや、そう言う訳じゃない。だが、アイツがワーカーになると言い出した時、俺は猛烈に反対した・・・・だが、今俺はワーカーをやっている。それも落ちこぼれのな・・・・・それにアイツがこの都市を出て行って10年以上になる。今更どの面下げて頼めばいいのか分からない」
ばつの悪そうな表情でそう語るダーマ。
「背に腹は代えられないだろ?あの子を守るってんなら頼ればいいじゃないか。それとも、この都市に来れるレベルのワーカーじゃないのか?」
「どうだろうな。オフィスの記録ではランク40以上になっているみたいだが」
「う~ん、なら厳しいかな・・・・あの荒野を超えてくるのに40じゃな~」
「いや、あれはBBQのせいでいでしょ?あれが無かったら普通についてると思うよ?」
シドは腕を組み、ミナギ都市まで来るのにランク40台では難しいと考える。それに対してライトは難しくなった原因を突っ込んだ。
通常、この都市に移動しようと思ったらランク25以上の物が3名以上いれば移動は可能だ。極力モンスターとの遭遇を避け、夜は動かずに車のエネルギーも切り隠密に徹していれば襲撃を受ける事もまずない。
この2人が苦労したのは間違いなくシドのBBQが原因である。
「何があったん?」
ママの質問にライトが答える。
「こっちに向かってくる初日の夜に、サバイバルセットを広げてBBQをやったんですよ。そしたらそれに引き寄せられたモンスターが大量に襲って来たんです」
「・・・・なにやってんの?」
「よう生きとったな」
ママもマスターも呆れ顔で2人を見る。
「もうしねーよ!お前だって旨そうに肉食ってたじゃないか!」
「まあ、焼いた肉に罪は無いよね。それにボクはシドさんのせいだなんて言ってないよ?」
確かにライトはシドのせいとは言っていない。シドはぐぬぬと口を噤むことになった。
「・・・ママ、俺達腹減ってんだけど。何か食わせてくれないか?」
空腹が限界に来たのかシドはそうママに言う。
「ああ、ごめんごめん。直ぐ作るから待っててな」
ママは保冷庫の中から食材を取り出し調理を始める。
マスターは新しい酒を取り出し、シドとライトに注いでいった。
「ビールがアカンのやったらコレはどないや?」
目の前に出されたのはウィスキーに氷を浸し、炭酸水で割った飲み物だ。
絶妙なタイミングで提供させる飲み物にシド達は手を付ける。
「この2人は夫婦でこの店を切り盛りしてるんだ。あまり客は来ないがな」
「ほっとけ」
ダーマとマスターのやり取りにクスリと笑いながらライトはグラスを手に取る。
琥珀色の液体に泡が立ち上り、カウンターに埋め込まれた淡い照明の光に当てると非常に美しい。
グラスに口を付け舌の上を転ばせると、上品な甘さとアルコール特有の仄かな香り、そして炭酸の感触と少しの苦みが合わさって非常に美味しく感じることが出来た。
「・・・・美味しいですね」
ライトは素直にそう言うことが出来た。
「ビールより強いから気―つけて飲みよ」
マスターは嬉しそうに顔を綻ばせライトに注意する。
アルコールの分解速度はイデアが管理しており、いくら飲んでもほろ酔い以上になることは無い。だが、マスターの言葉は酒を楽しむ者に対する慈愛を確かに感じさせた。
「は~い、一品目おまちど~さん」
ママは手早く調理した料理をシドとライトの前に出してくれる。
出て来たのはつき出しとは違うパスタ料理だ。豚肉とキャベツのざく切りを混ぜ合わせた焼きそばと言われる料理である。
シドは早速皿を引き寄せ口に運んだ。一般的なソースでは無く塩焼きそばと言われる物だろう。豚肉とキャベツと麺の3種類しか使っていないのに驚くほど美味い。
味付けは塩と胡椒だけでは無く、他にも何か使われているのだろうか?とシドは食べながら考察する。
「これ美味いですね。塩と胡椒と・・・・・・豚のうま味だけじゃないですよね?」
「あ、わかる?具材と一緒に焼いて最後の蒸らしの時に合わせ出汁入れんねん。それでぐっと美味しくなるんやで」
ママは別の料理を作りながら嬉しそうに説明をしてくれる。
「味変にはこれ使ってみ」
そう言いながらスパイスの入った瓶を出してくるマスター。
「これは?」
「七味唐辛子言うてな、チリペッパーを主に7種のスパイスを配合したヤツや。美味いぞ~」
シドはすでに7割食べ終わった焼きそばに七味唐辛子を振りかけて食べてみる。
するとピリっとした辛みと、僅かな酸味や爽やかな香りも感じられ、焼きそばの味がさらに高まった様な気がした。
「おお!美味いですね!」
「そうやろ」
「この人チリペッパー食べられへんのやけどな」
料理をしながらマスターに突っ込むママ。
「そうなんですか?」
「そうやねん。辛いの食べたら汗が止まらんようになるんよ」
「そんなん言わんでええねんて」
先ほどまでの重たい空気を跳ねのけ、穏やかに食事の時間が始まったのであった。