防壁内・・・に入れなかった
ダゴラ都市に移動する為に7番地区の空き地で運び屋を待っていたダーマと、それに付きあっていたシドとライトだったが、いくら待っても運び屋は現れなかった。
怒りに震えるダーマを説得し、第2防壁を超えるために車を走らせ漸く門にたどり着く。
「ここを超えたらまずは飯だな。その後にワーカーオフィスに行けばなんとかなるだろ」
「そうだね~。何気に飲食店に入るのって初めてじゃない?」
呑気な2人と違ってダーマの焦りは強い。
このままではこの先の生活すらままならなくなるのだ。しかし、今自分達をフォローしてくれるのはシドとライトしか居ない。ダーマは逸る心を抑え込み沈黙を貫いていた。
『乗員の確認を取りたい』
門に備え付けられたスピーカーから無機質な係員の声が聞こえてくる。
「チーム スラムバレットの2人と、この町の住人が1人に赤ん坊が1人だ」
『通行コードの提示を』
係員からの指示が流れ、シドは端末にダゴラ都市から発行された通行コードを入力する。
『・・・・・・・確認が取れた。このコードで通行が許されるのはスラムバレットの2人のみとなる。他の2人の通行は認められない』
「ん?もう1人はワーカーだ。ワーカーオフィスに用事がある」
『その者の通行コードを提示してくれ』
再度通行コードの提示を求められ、シドとライトはダーマに振り向く。
しかし、ダーマは無言で顔を横に振り、通行コードを持っていないと示した。
「ああ~~・・・・持ってないらしい。オフィスで確認したいことがあるからちょっとだけ通してもらうって出来ないか?」
『無理だ。コードを持っていない者を通すことはできない』
確認を取ってみるもコードを持っていない者の通行は断固拒否の構えだった。
<マジか~>
<どうするの?>
<私たちだけで門を超えワーカーオフィスに行くという手もありますが、彼らを放置するのは推奨できません>
「わかった。ちょっと考えてまた来るよ」
シドは係員にそう言うと、車を反転させて少し離れた所に停車させる。
「どうするの?」
「門を超えられないんじゃな~・・・・」
シドとライトはダーマに目を向ける。ダーマは険しい顔をしながら口を開いた。
「・・・俺達はここで降りる。お前達だけなら門を超えられるだろう。俺はもう一度方法が無いか考えることにする」
ダーマはそう言うと立ち上がり、車から降りようとした。
「待て待て、今のままじゃ無理だろ。どこかで腰を落ち着けて飯でも食いながら話そう」
「これ以上世話はかけられん。ここまで連れてきてもらえただけで助かった」
「お前だけならそれでいいかと思うけどさ。赤ん坊がいるんだぞ?そのままにしといたら死んじまうぞ」
シドの指摘にダーマは腕の中の赤ん坊に目を向ける。
「その通りです。赤ん坊のバイタルは段々と悪化しています。このままでは命に係わるでしょう」
今まで大人しくしていたイデアもそう声を掛けてくる。
「何処か落ち着ける場所は知りませんか?飲食が出来る所が望ましいです」
「・・・・・・・・一軒だけ心当たりがある」
その後、ダーマの案内で10番地区という所まで車を走らせた。
そこは所謂歓楽街と言われる場所の様で、第1門を潜ってすぐの街並みとはだいぶ違っている。
建物は比較的綺麗に整えられており、明るいネオンの看板がそこかしこに輝いている。道には多くの人達が行きかっており、店の従業員だろうか、頻りに通行人に話しかけている者達もいた。
「歓楽街か~」
「治安って意味だとどうなんだろ?」
「・・・・ここの治安はある程度担保されている。銃撃戦などしようものならこの辺りを縄張りにしている組織が飛んで来るだろう」
「へ~。ダゴラ都市とはだいぶ違うな」
「あそこのスラム街に歓楽街なんかないしね」
シド達は歓楽街の中を突き進み、ワーカー専用の駐車場に車を止める。
「ここならバカ共に車を弄られる事は無い・・・・その分料金は高くつくが」
受付で支払った料金は1日1万5000コール。
ダゴラ都市ならもう少し払えば宿に泊まれる料金だった。しかし、今のシド達からすれば何のことは無い金額ともいえる。
車のセキュリティを掛け、ダーマの後をついて歩いていく。
15分程歩いただろうか、大通りに面した煌びやかな雰囲気は薄れ、雑多な雰囲気が漂い始めた頃、ダーマは一件の店の前で足を止めた。
「ここだ」
シド達はその店の看板を見上げると、クラブ88と書かれていた。
「クラブ?」
「飲食店じゃ無さそうだけど・・・・」
「スナックだな。だが、料理も提供してくれる。この町で信用出来そうな店と言えばここしか知らん」
ダーマは店の扉を開け中に入って行く。
シド達もダーマに続き、店の扉を潜って中に入って行った。
店内は意外にも落ち着いた雰囲気になっており、カウンターと3つのボックス席で構成されている。
カウンターの奥の棚にはかなりの種類の酒が置かれており、その前に2人の店員が立ってこちらを見ていた。
2人とも60代くらいの男女で、男性はスーツを、女性は落ち着いたデザインのドレスに身を包んでいる。
「あら~、ダーマ君いらっしゃ~い」
女性店員がダーマに笑顔で声を掛けてくる。
「ひさしぶりやん。それにお連れさん連れてるなんて珍しいな~」
「ああ、今日知り合ったばかりだが恩人だ。酒と食事を頼む」
「はいはい・・・・荷物はこっちに・・・ってあんた何持ってんの?」
「・・・・・・・・あいつらの子供だ」
女性はダーマが抱えてる者に気が付いたらしい、ダーマが赤ん坊の事を説明すると、一瞬目を細めたが直ぐにカウンターから出てきて赤ん坊をダーマから取り上げる。
「あんたこんな抱き方したらあかんやん・・・・えらい大人しいな、寝てんの?」
「体力が弱っているのだろう。数日面倒事に巻き込まれていたから・・・」
「それ早よ言いな!!ちょっと預かるで!・・・ああ、お二人共、好きなとこ座ってくださいね~」
彼女はダーマの言葉を聞き、焦った様に奥の部屋へ行こうとする。途中で振り返り、シドとライトに笑顔を見せながら席を進めていった。
彼女が扉の奥へ消えて行くと、男性が水をおしぼりをカウンターの上に置き、3人に席を進めてくる。
「はい、ここどうぞ」
「「あ、ありがとうございます」」
ダーマは無言で席に着き、シドとライトもその隣に腰を下ろした。
「ダーマは何飲むん?」
「いつものヤツを」
「はいよ。お二人は何にされますか?」
「ええっと~・・・」
ライトはきょろきょろしながら言いよどむ。当然酒場になど来たことが無いのだから何を注文したらいいのか分からなかった。
「俺はビールで」
ライトが焦っていると、シドがそう注文する。
<シドさん?ビール飲むの?>
<おう、飲んでみたかったんだ>
<大丈夫?>
<大丈夫だろ。な?イデア>
<はい、工業用アルコールをジョッキで一気飲みしても即座に分解してみせます>
シド達の体内には治療用ナノマシンが存在しており、有害物質は完全に分解され排出される様になっている。
アルコール程度なら胃に落ちる前には無害な液体へと変える事など造作もない。
<いやちょっとは酔うって感覚を味わってみたいぞ?>
<ではほろ酔い程度に調整しましょう>
「ビールね、わかりました。君はどうする?」
「じゃ~ボクもビールをお願いします」
「わかりました」
男性店員は棚から酒の瓶やグラスを出していき、サーブの準備を始める。
「ここって飯も食えるんだよな?」
シドは虫が鳴き始めた腹を摩りながらダーマに質問する。
「ああ、メニュー等は無いがな。ママがその日の気分で作ってくれる」
「そっか」
ママとは先程扉の奥に行った女性に事だろう。赤ん坊の世話をしているのだから今注文しても仕方がない。
シドにもそれくらいの分別はあるのだ。
「食事?ママが帰って来るまでちょっと待っといてください。つき出しなら直ぐに出せますんで」
「マスター、俺にも食事を頼む」
「わかった。ちょっと待ってな」
マスターはシドとライトにビールとつき出しを3品出し、ダーマにはウィスキーをロックで渡した。
シドとライトはグラスを持ち、初めてのむビールを喉に流し込む。
ライトは今まで味わった事のない味に眉間にしわを寄せ、シドはそのままゴクゴクと飲み込んでいく。
ライトはグラスから口を離し、首を傾げながら念話を行う。
<コレ・・・美味しい?>
ライトの言葉にビールを飲み干したシドは小さいゲップを吐くと返答した。
「ゲフ」
<美味い・・・・かどうかはわからねーな。でもゴクゴク飲めるぞ。ちょっと苦いけどそれもまた良い?感じっていうのか?>
シドは飲み終わったグラスを置き、つき出しに手を伸ばす。
小皿には、根菜と鶏肉の煮物、細いパスタと野菜のみじん切りを和えたもの、ポテトサラダが乗せられていた。
この店ではフォークか箸のどっちかを選べるらしく、シドは箸を手に取りパクパクと食べ始める。
根菜と鶏肉には良く味が染みており、肉はホロホロと柔らかい。パスタは少し酸味と辛味が効いたピクルスの様な野菜が和えられサッパリとして食べやすい。ポテトサラダは酸味と甘みと塩気のバランスが素晴らしく、シドは一気に全てを平らげてしまった。
その様子を見ていたマスターはシドの前にお代わりのビールを置いて笑顔で声を掛けてくる。
「どないでした?」
「美味かったです。もっと食いたい」
素直にそういうシドを見やり、マスターは笑みを浮かべてつき出しのお代わりを入れてくれた。
「おいマスター。そんなに食わせてたら無くなっちまうぞ?」
ダーマはその様子に忠告する。
「まだようさんあるし、他に客もおらんからな」
「コイツ等もワーカーだ。恐らくかなりの量を食べるぞ」
「ほうか。ならママに頑張ってもらうわ」
マスターは笑みを浮かべたまま、ライトが食べ終えた器を下げ、新しい皿にお代わりの乗せライトの前に置く。
「ほんで?赤ん坊連れてどないしたんや?お前、近々別の街に移る言うてなかったか?」
マスターに見据えられ、ダーマは顔を顰めるのだった。