ドーマファミリーでの話し合い
「ボス、今シドってヤツがホームの前に来てます。どうしますか?」
ドーマファミリーの本拠地で、その最上階にある部屋 その場所で部下から報告を受ける一人の女性がいた。
彼女は現在のこの組織の長であり、この辺り一帯の元締めであった。
「そうですか。一人で来たのですか?」
「いえ、キサラギが連れてきました。他のやつらは一纏めに括られていました。全員死んでいます」
「・・・・・」
「どうしますか?今なら囲んで叩けますが」
「いえ、会ってみましょうか。下の部屋に案内なさい。わかりますね?」
「・・・・・・了解しました。準備しておきます」
シドとは、少し前まで自分たちが縄張りにしているエリアに住んでいた子供だったと聞いている。
それがここ最近、ワーカーとして活動し始めたらしい。それだけなら別に珍しい話ではない。一発逆転を夢見て荒野に出ていき二度と戻ってこない者などザラだからだ。
しかし、その子供は何度も遺跡を行き来して遺物を運んでいる姿を目撃されたのだ。今はワーカー達が利用する宿に滞在していて、ずいぶん稼いでいる様子が伺えるとのことだった。
幹部の一人が、その子供に遺物を上納させようと計画しているという話は聞いていたが、状況から考えるに失敗したのだろう。恐らく力づくで脅しにかかり、返り討ちにあったというところか。
「・・・・・他の3人も集めなさい」
少し考え、幹部全員を集合させることにした。彼女の勘が言っている。ここで対応を誤るととんでもないことになる。最悪、組織が消滅するほどに・・・
理性は何を馬鹿なと思うが、今の地位まで上り詰めた彼女は自分の勘を信頼していた。
シドはドーマファミリーのホームに来ていた。
気絶していたキサラギをしばき起こし案内させたのだった。自由市で自分が殴り倒した連中も、そのまま放置するのも気が引け一緒に運んできた。彼らの生死に関心が無いためロープで雑に縛り引きずって来たのだった。
ホームの前には見張りがおり、シドに気づいて誰何するが、シドはそいつらの対応をするつもりはない。
ここで撃ちあいになっても一向に構わなかったが、一応話し合いの余地があるかと思い、キサラギに組織のトップへの橋渡しを任せていた。
キサラギは見張りに話を付け、シドをある部屋に案内する。
「・・・・ここで待ってろ」
そう言い、キサラギは部屋の外に出ていく。
シドはこの建物の中を空間把握で探りながらイデアと話をする。
<さて、ここまで来たけど。どうなるかな?>
<わかりません。相手のトップがどのような人物であるかで対応が分かれるでしょう。もし戦闘になった時は如何されるつもりですか>
<その時は戦闘員は全員死んでもらうつもりだ。ここまで来る間に探ってみたけど、キサラギ以上に厄介そうなヤツはいなかったし、持ってる銃もあのクソザコ銃と一緒だったしな・・・あれって流行ってんの?>
<流行っているというより、スラムの自衛組織が手に入れられる一番ポピュラーな銃なのでしょう。このドーマファミリーはスラムでも中堅より少し規模が小さい組織の様ですし>
<やっぱり、それくらいの規模だったか>
<シドはこの組織の規模を把握していたのですか?>
<正確にどれくらいってのは知らなかったよ。でも、他のエリアの大組織ってのに比べるとさ、なんか小悪党の集まりって感じだったし。モンスターとやりあうよりは簡単かなと思ってたんだよ>
<それだけでこの組織と戦争しても良いと判断したのですか?>
<いや。この組織からワーカーが出たとか繋がってるって話は聞いたことなくてな。そういうのって組織の宣伝に結構使われるんだよ。だから、この組織は遺跡で大っぴらに活動できるヤツはいないって思ったんだ。俺を襲った連中もさ、余りに動きが悪かっただろ?たぶんビルが戦っても勝てたと思うぞ。アイツ、強い銃を持ったら結構戦えると思うんだよな>
<なるほど、一応の判断基準は持っていたのですね>
<うん。でも、ちらちらと奇襲されると万が一があると思ってさ。ここで話を付けるか潰すかするべきだと思ってね>
そうすると左右の部屋に人が入ってくる気配を感じる。全員武装しており、なにかあれば突入するつもりなのだろう。
シドの空間把握はこの2か月ほどでかなり成長していた。それこそ近距離にいる者ならおおよその戦闘力を推察できるくらいにまで成長していた。
彼らに集中し詳しい情報を探ってみる。立ち方や重心の置き方から考えて訓練を受けた者とは思えない、素人が銃で武装した程度、とシドは評価を下す。
<イデアどう思う?>
シドはイデアに自分を囲む者たちの評価を確認した。
<遺跡であった者たちと比べても一段落ちるかと。シドなら問題なく制圧できるはずです>
イデアからも自分の評価と変わらない返答を受ける。だが油断はしない。向こうは最初から自分を殺す事を視野にいれて接触してきたのだ。なら、自分も容赦はしない。
シドは意識を戦闘態勢を維持したまま、ドーマファミリーのトップが来るのを待っていた。
それから30分程時間がたち、部屋の扉が開いた。
そして4人の男女と、銃を携帯した男たちが4人入って来た。
4人はシドの前にある椅子に座り、護衛と思われる男たちはそれぞれ部屋の隅に移動しシドを警戒する。
それに遅れて、入って来たのはキサラギだった。彼は4人の後ろに立ち。こちらに向かって立った。
回復薬を飲んだのか、腫れあがっていた顔面が元に戻っている。
回復薬って結構すごいんだな・・・っとシドは場違いな感想を持った。
「それで、君はシドだったわね。私がドーマファミリーのボス ルインといいます。私に用との事でしたがどのような用件でしょうか?」
シドは真ん中に座った女性がボスと聞き、意外そうな顔をする。
「ん?あんたがこの組織のトップなのか?ドーマって言ってたから男のボスだと思ってた」
「ええ、先代から受け継いだのが私です。ファミリーの名前を変えずにいるので、初めて会う方はだいたい勘違いなさいますね」
ルインと名乗った女性は、おおよそ20台中盤の見た目で、体の起伏がはっきりした美女だった。にこやかな笑顔を浮かべているが、その切れ長の目はシドを値踏みしていることがハッキリわかった。
「へー・・・用件なんだが、この組織に所属してたライトってヤツを譲ってもらいたい。それと、今後俺達には不干渉でいてもらう」
そうシドはルインの目を見て告げた。
「ライト・・・あぁ、あの子供ですか・・・」
ルインは記憶の中からライトの情報を引っ張り出す。たしか、情報系に特化した才能を見せているとかで、この組織で保護されている子供の名前だったはず。
「そのこどm「おいガキ、テメーいい加減にしろよ」」
ルインの発言に被せるように、一人の幹部が声を上げた。
「何様のつもりだ?えぇ?テメーが要求できる立場だと思ってんのか?!」
シドはそちらに目を向け言い放つ。
「俺はトップと話に来たんだ、下っ端は黙ってろ」
そういわれ、幹部の男は額に青筋を立て椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
「この俺を下っ端だと!!!調子にのるなクソガキが!!!!」
この男はドーマファミリーの武力面を統括する地位についていた。この組織内きっての武闘派であり、実力も一番高い。故に戦闘員の統括を任されていたのだが、何事も力づくで解決するところがあり、周りとのいざこざが絶えない男だった。
そして、スラムという武力が何かと必要になる地域で縄張りを主張し続けるには、彼のような人材も組織には必要だった。しかし、彼は現在組織のトップに立っているルインをボスとは認めていなかった。
彼女は知恵を巡らせ組織を運用することに長けており、商売や取引といった方法で評価を得てボスの地位に就いた女だった。誰に対しても笑顔と言葉で懐柔・篭絡し意のままに操る事を得意とし、先代に貢献したことでボスの座を譲られたのだった。
その技術と功績そのものを否定するつもりはないが、自分の上に立つとなると話は変わる。
現にスラムのガキにこの様な場を設け、自分達幹部を引っ張り出したこと自体、ドーマファミリーを率いていくボスには相応しくないと考えていた。
男は以前からボスの座を奪い取る算段を立てていたのだ。
まずはシドの稼いだ金を奪い、自分の功績にプラスする。そして、シドを自分の手駒にし遺物を運ばせようと考え、組織の武闘派連中をシドに嗾けたのだった。
男は暴力には自信があっても知に関してはおざなりだった。なぜ、シドを襲いに行った部下が帰って来ないのか。なぜ、キサラギがシドをここに連れてきたのか。なぜ、ファミリーの幹部連中がここに集められたのか。
全てが頭には無く、シドを唯のスラムのガキとして扱った。そしてそのガキに下っ端扱いをされ一気に堪忍袋が破裂したのだった。
「ルインがトップだって言うなら、その下っ端だろうが。立ち上がるな暑苦しい」
シドの物言いで男はさらに激昂する。
顔を真っ赤にし、全身を震わせシドを脅す。
「・・・・・てめぇ~、自分がどういう状況か分かってね~ようだな。俺が指示を出せばウチの構成員が雪崩れ込んでくるんだぞ・・・」
「そうだな、扉の前に3人。左の部屋に5人。右の部屋に7人。この部屋の4人と合わせても今日俺が殺した人数より少ないぞ。この人数でいいのか?」
「・・・・!」
シドの言った人数は当たっていた。コイツは此処に来てからこの部屋から出ていない。それは部下からの報告で知っている。それなのになぜ配置した人数がわかったのか・・・
「あんたが左手に持ってるスイッチを押せば攻撃してくるのか?確かにそうなったら大変だな。俺も本気で暴れる必要が出てくる。できれば穏便に済ませたいと思って此処に来たんだけどな」
これも当たっていた。男が襲撃のタイミングを知らせる為の装置までシドには筒抜けだった。
理解できない状況に怒りと混乱で頭がパニックを起こす。だが、自分はドーマファミリーの幹部である。スラムのガキを相手に直接手を下すのはプライドが許さない。そんな矜持が男の暴走をあと一歩のところで抑え込んでいた。
しかし、シドがそのプライドに止めを刺す。
「わかったか?お前じゃ役不足なんだよ。わかったら大人しく座ってろ」
その一言で男の理性は崩壊しシドに右手を向け、隠されていた義手のギミックを発動させる。
右手が開き、中から銃身を覗かせシドを撃とうとした。
「死ね!!!ガキがっ!!!」
男が撃つより先にシドが銃を抜き、MKライフルの威力に匹敵する弾丸を3・4メートルという至近距離から男に撃ち放つ。
轟音と共に男の上半身は消し飛び、血と肉片が壁や天井に飛び散る。弾丸は男のみならず後方の壁を粉砕し、大穴を開けて彼方に飛び去って行った。
ファミリー随一の武力を誇った男が一瞬で消し飛び、幹部たちは固まるしかなかった。
ボスのルインを除いて。
シドは、音を聞いて扉の向こうや両隣の構成員が飛び込んで来ると思い警戒していたが、しばらく待っても動く気配がない。この部屋に居る4人やキサラギも動きを見せなかった。
その結果をもって、銃を降ろす。が、ホルスターに仕舞うことはせずに話を進める。
「これでアホは去ったな。こんなことは最後で頼むぞ。俺は穏便に話を付けに来たんだからな」
シドはそういうが、組織の幹部を一人殺したのだ。本来なら穏便もクソもない。
しかし、ドーマファミリーにシドに対抗する手段がないことは明らかであった。
幹部たちはこの時、組織の消滅を覚悟した。
しかし、
「そうですね。お手数をお掛けして申し訳ありません。以後この様なことは無いようにいたします」
ボスであるルインはそうシドに返答する。もう幹部たちは事の成り行きを見守るしか術はなかった。
「それで、ライトをこっちに譲ってほしい。どうすればいい?」
「そうですね・・・こちらから手を出したとは言え、構成員達と幹部を一人殺されています。そのライトと言う少年とそれらの補填を行って頂ければと思いますが・・・」
「・・・・金か・・?いくら払ったらいい?」
「そうですね・・・とりあえずは」
「俺がここにいる連中に打ち込む弾薬代より安かったら考えてもいい」
「・・・・・・・」
また空気が張り詰め、その場にいる者たちは表情を固くする。
「では、200万コール程でしょうか?」
幹部たちの表情はさらに引きつった。この建物にいる全ての人間を殺すのにそれだけの弾薬費がかかる訳がない。
「・・・・高いな」
シドはそういい、銃を持つ腕に力を籠める。だが、ルインの表情は崩れなかった。
「この金額について説明させてもらいましょう。シドにもメリットのある話だと思いますので、それを聞いてから決めていただければと思います」
「・・・・ふむ」
<イデア、どう思う?>
<聞いてみる事をお勧めします>
<騙そうとしてるってことはないか?>
<彼女のバイタルは緊張はしていますが、人を陥れようとしている物ではありません。とりあえず最後まで聞いてみてはいかがでしょうか?>
「話せ」
「ありがとうございます。まず、この組織のメンツについてですね」
「メンツね・・・・」
「はい、武力構成員を20名以上殺傷され幹部も殺されました。たった一人の子供のワーカーにです。この話が広まれば、このドーマファミリーは他の組織に吸収され、消えてしまいます」
「・・・・それで?」
「それを防ぐための方策の一つ、ですね。表向きはそのワーカーと話を付け、賠償を得た と他の組織に示す為です。
その変わりにこちらの構成員の一人をシドに渡す交渉を行った・・・と」
「・・・・・・・」
「そして、ここからが本題なのですが、今この組織は遺物の闇販売店を開こうとしているのです。 その200万コールはその店への投資と考えていただければ。これが、シドのメリットの話になりますね」
「なぜそれが俺のメリットになる?」
「投資額によって、店の利益から還元金を受け取れる。それと、今シドはワーカーオフィスに遺物を持ち込まず、流れの商人に換金を頼んでいますね?」
「・・・・」
「その流れの商人がこの都市を離れた場合、遺物の売り先を確保しておく必要があるのでは?」
「それがその闇市である必要は無いんじゃないか?」
「確かにここである必要はありませんね。ですが、出資者から持ち込まれた遺物を安く買いたたく。そのような事はしませんよ?
他のどこの者とも分からない商人よりは信用性があがるのでは?それに、店の売り上げが上がれば利益から還元されます。シドのデメリットを上げるのであれば、ワーカーランクの上昇には役立たないとい点でしょうか」
「・・・・・」
<イデア、どう思う?>
<特に破綻はありません。他の思惑もあるようですが、この場で見せる様な相手ではないと思います>
<そうか、乗って大丈夫か?>
<問題ないと思います。それに、こちらがもともと懸念としていた襲撃については解消されますので、メリットの多い話と思ってよいと思います>
「・・・・分かった。200万だな」
そういい、シドはテーブルの上に現金で200万コールを置いた。金での取引になる可能性も考えてミスカの所の端末で現金を用意してもらっていたのだ。
テーブルに置かれた札束を見て、ルインは安堵の表情を見せた。
「穏便に話がついた・・・・そう思っても?」
「あぁ。これからもよろしく頼むぞ。・・・・・生かしておいてよかった。ぜひそう思わせてくれ」
「はい。お任せください」
そういい、ルインと連絡コードを交換し、シドは部屋を出ていく。
シドがホームから立ち去ったと報告を聞き、その部屋にあった緊張が解ける。
ルインは上を向き、今度こそ安堵に息を吐く。
「ふーーー・・・・。本当に危機一髪といったところね・・・」
「本当です。まさかあんな子供が、バブラを・・・」
幹部の一人はバブラ・・・シドに殺された幹部の残骸を見て顔をしかめる。
「あの~、ボス・・・もしかして、私があの少年の相手をしなければならないんですか?」
遺物販売店の責任者に決まっていた女性幹部がルインにそう確認をとった。
「そうなりますね。不安ですか?マイン?」
「・・・正直に言って恐ろしいです・・・」
「まあ、ほとんどは私が応対することになるでしょう。彼が遺物を持ち込んだ場合のみでいいと思いますよ」
そう言われても安心はできなかった。
「とりあえず、バブラが抜けた穴はどうすんです?」
「そうですね・・・キサラギ、あなたが入りなさい」
そう言われキサラギは焦る。
「は?!俺ですか?!」
「そうです、今回の騒動の首謀者はその命を以て責任を取りました。では、その原因となるものを連れてきて、首謀者の右腕だったあなたが後を継ぐのが最も合理的です。できますね?」
そう問われ、キサラギは嫌とは言えなかった。断れば組織からの追放は間違いない。
「・・・・わかりました。精一杯やらせていただきます」
いずれはその席に。そう思っていた座に就いたのだが、喜ぶことはできなかった。
万が一またシドと揉めれば、その前線に立つのは自分なのだから。
一番座りたくない席へと変わったその場所に強制的につかされ、キサラギは胃の痛みを感じていた。
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