ワクワクのシド ゴンダバヤシの施設見学
翌日、朝食を済ませるとゴンダバヤシ一行とキクチはセントラルに連れられて施設の見学に向かい、シドは直ぐにトレーニングルームに向かい体を動かしていた。
準備運動と言うには激し過ぎるのでは?と思うほどシドは空中を跳ねまわって自分の調子を確認している。
その様子を眺めながらライトはイデアと今日の模擬戦の事を話す。
<デンベさんってそんなに強いのかな?>
<強いと思いますよ。今のシドでは勝てませんね>
<そんなに?・・・・なんか想像つかないな~>
イデアはシドが勝てないとハッキリと断言する。
ライトとしては今まで個人でシドより強い人物を見た事が無かった。あのヤシロですら身体拡張を行っているライトが優位に戦えるだろう。
本気の殺し合いになれば経験に勝るヤシロに軍配が上がるだろうが、手も足も出ないということは無いと考えている。
だが、シドと素手で戦えば手も足も出ないだろう。
圧倒的な身体能力と時間圧縮技術。その上発電といった固有能力まで持っているのだ。
身体能力をブーストする電光石火だけで無く、シドは体に帯電したまま格闘戦を行うことが出来る。その電圧はそこらのスタンガン等とは比べ物にならない電圧だ。
迂闊に触れてしまえば痺れる所か感電死してしまうだろう。
それに生体シールドの生成も有る。強度もDMDが発生させていたシールドに匹敵する程に成長しており、手や足に様々な形で発生させ攻撃に使用してくる。
人間の拳で破壊できる強度とは思えない。
ライトがシドと格闘戦を行おうとする場合、高速で動き回るシドの攻撃は全て避け、絶縁体に包まれた手や足で生体シールドを貫通できる威力の攻撃を当てなければならない。
(ムリでしょ・・・)
そもそもの身体能力に差があり、シドの動きを視線で追うのもやっとなライトでは、どうやってシドを攻略すればいいのか分からなかった。
「ライトー!いつもの頼む!」
シドがライトにそう声を掛けてくる。
「はいはい・・・」
ライトはA60を腰から引き抜き、シドに向けて撃ち放った。
連射機能で放たれた複数の弾丸はライトが発生させたシールドによって弾道が曲げられシドに殺到する。
シドはその場で回転しながら全方位から飛んで来る14発の弾丸を両手でつかみ取ってしまう。
この施設のバーチャル訓練を行ってからシドの実力は上がっており、今ではA60から放たれる実弾くらいなら生身の状態でも防げるようになっていた。
身体能力もそれに準じて上昇しており、身体操作や時間操作のレベルも格段に上がっている。
どんどん人からかけ離れていくシドであった。
「よし!絶好調だ!!」
シドは笑顔を浮かべながら手に握り込んでいた弾丸を地面に落とす。
<弾丸を素手で止めるってどうなってるの?あの手のひらの硬度が鋼以上って事だよね?>
<シールドを上手く利用しています。弾丸の回転と運動エネルギーを中和するように発生させ衝撃、貫通力を殺していますね>
<それって物凄く複雑な計算が必要じゃない?>
<シドは感覚で行っています。ライトも訓練を行えば可能では?すでに弾丸を送り返す事くらいは出来ますよね?>
<出来るけどさ。それとこれとは全く別物でしょ?>
<まあそうですね。しかし、シドもライトもまだまだ若年です。成長の余地は十分残されているでしょう>
「何コソコソ話してんだ?」
準備運動は終わったのだろうか。シドがライト達の元まで歩いてくる。
「いや、これの弾丸を受け止めるっておかしいと思ってさ」
ライトはA60を振りながらシドに思っていたことを言う。
「手のひらにシールド張って良い感じに衝撃を受け流せばいけるぞ?お前も弾丸曲げられるんだから受け止めるくらいできるだろ?」
無理である。
ライトの場合は自分がどのタイミングで何処に撃ち込みたいのかを決めてから弾丸を曲げるシールドを発生させているのだ。
どのタイミングで撃ち出され、どのコースを飛んで来るか分からない複数の弾丸を弾くならともかく、手のひらに全て受け止めて掴み取るなど不可能だった。
「1発2発なら練習すれば出来るかもしれないけど、あれは無理だよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ・・・・デンベさんって今のシドさんより強いんだよね?」
「と思うな。全力で胸を借りることにするよ」
シドは楽しそうに笑いながらそういう。
「早く昼になんねーかなー」
体の筋を伸ばしながらシドは昼からの模擬戦に思いを馳せた。
御一行視点
ゴンダバヤシ達は午前中を使い、このシェルターの設備などの見学を行っていた。
交渉が纏まらない内から警備関係の見学までは許されなかったが、生活レベルを保つための施設等は見学を許可され、セントラルに案内されながら施設内を回っている。
「ここが植物系食料生産プラントだ」
セントラルに連れられこの施設の食料を生産しているプラントの見学に赴いていたゴンダバヤシ達だったが。ゴンダバヤシ達の前に広がっているのは広大な畑にしか見えなかった。
「・・・・生産プラント?」
キクチは思わずといった様子で言葉が口から洩れる。
ゴンダバヤシも似た心境であるようで、驚きを隠せていない。
「ここで生産されている植物系食料は、畜産の餌や種の採取などに回される一部を除いて生鮮食材として保管される。果樹エリアの方は20周期単位で年老いた樹木を取り除き新しい若木に入れ替えている」
セントラルの説明を聞く6人の目の前には、空中を飛び回り畑の管理を行っているドローンが複数存在した。
収穫を行うドローンや作物の発育状況を監視しているドローン等、多くのドローンがその役目を果たしているのが分かる。
「土耕栽培とはな・・・・野菜なんかの生産プラントは水耕栽培か肥料ブロックへの植え付けが主流だと思っていたが・・・・・」
ゴンダバヤシは現代の生産プラントとは違い、ある意味で非効率とも言える生産方法を取っている事に疑問を抱く。
「それらの栽培方法は効率的だろう。病気の発生や害虫の心配も少なく、必要な面積も小さくて済むからな」
「なら何故その方法を取らない?」
「野菜や果物も生物だ。ただ光と水と栄養を与えれば良いという物ではない。出来る限り生息している環境に近づけ、各々に望ましい環境を整えてやった方が品質も良くなる傾向にある」
「その為にこれだけ広大な畑を用意していると?」
「空間拡張を行えば面積は十分に確保できた。それぞれの特性に合わせた気候を再現した別のエリアもある。畜産と魚介類の養殖も同じだ。出来るだけ自然な状況を作り出し、その上で品質を上げる栄養素を取られる環境を作り出している」
セントラルの説明を聞いたゴンダバヤシは険しい表情を浮かべ黙り込む。
(こいつぁヤベーを通り越してるな。これが唯の避難シェルターで簡易的な遺物の製造能力を持ってるってだけでもその辺の企業が群がって来るってのに・・・・・・・)
このシェルターは現代から見ると魔法の領域にある技術の塊だった。
この広さの空間拡張を行い、さらには複数のエリアまで同時に管理を行っている。
セントラルの口ぶりだと、それぞれの生物に合わせた環境を作り出し、それを本物の自然と見紛うレベルで再現しているのだろう。
東方や北方の培養肉プラントなぞ児戯に等しい。
このプラントの技術を喜多野マテリアルが手に入れれば、大陸での力関係が大きく変わるのは間違いない。
現代で、高品質な食糧というのは貴重だ。
食料の殆どは生産プラントで大量生産され、安全性は厳密に管理されているが味に関しては2の次であるのが実情だ。
自然に栽培された野菜や家畜の肉等は西方でしか手に入らない。
比較的西方に近い南部や北方西部等は比較的安価に手に入れる事が出来るが、輸出される量はそれほど多くは無い。
自然等皆無な東方は合成食糧が主流で、プラントで生産された生鮮食材でも高級食材の部類だった。
その状況がこの遺跡の存在で大きく変わる可能性が有る。
下手にこの存在を広めると他の企業が戦争を仕掛けてきてもおかしくないレベルだ。
食料の生産というだけでこれだけの技術を使っているのだ。兵器群になればどれだけの物か飛び出すか想像もつかない。
シドとライトは2人で警備マシーンを破壊したと聞いているが、唯の実力テストに最高戦力を投じる様な事はするまい。
セントラルに聞いた話では、ここは旧文明の国家間戦争に備えて建設されたとの事だった。
ならば、ある程度の迎撃態勢が整えられていて然るべきである。軍用施設では無いとも言っていたが、それを鵜呑みにする訳にも行かない。
戦力で押さえつけるのは非常に危険だとゴンダバヤシは判断する。
当初の予定通りに交渉を行い、小規模ずつ技術提供や研究者の受け入れを行って貰うのが安全だろう。
この施設の技術は社外秘扱いにし、本社での幹部会議に掛ける必要性を強く認識した。
「これで食料系は終了だな。次は生活必需品の生産だったか?」
「ん?・・・ああ、そうだな」
正直、食料生産プラントでもお腹いっぱいなのだが、交渉役として、そして喜多野マテリアルの重役として、見ておかない訳には行かない。
「見学できるならお願いしたい」
「了承した。ではこちらだ」
先に進んで行くセントラルについていきながら、ゴンダバヤシはチラっとキクチに目を向ける。
キクチもこの施設の重要性と危険性を理解したのだろう。
眉間に深い皺を作りながら自分達の後ろをついて来ていた。
(そりゃ~あんな顔にもなるってもんだよな。こんな案件を放り投げて来られるとよ)
セントラルの背中を見ながらゴンダバヤシは明日の交渉の方向性と、その後の事について頭を回転させるのだった。




