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第七話 感情の『味』

 南都の上皇を封じるために派遣された岑守たちではあるが、元々国司をはじめとする地方官吏の仕事は、その地に住まう民たちと、中央との橋渡しの為に行われる。


 空海のもたらした情報により、近江守、藤原貞嗣ふじわらのさだつぐは、急遽、襲われたというその村へ、幾人か人員を派遣することにした。


 もちろん、そんなに人員を割けるわけでもなかったが、『討伐』も、念頭に置いて──。


近江介(・・・)のお前が、わざわざ直接指揮をとるとは……」

「それだけ、人手不足なんですよ……」


 亞輝斗はニンマリと笑い、岑守に持ちかける。


「オレも、一緒についてっていい?」

「伊吹の山神との約束は、どうするつもりなのです?」


 岑守の鋭い言葉に、思わず鬼の顔が引きつった。


「それがよぉ……ココだけの話だが……」


 言いづらそうに、手をもじもじとさせている。


「うっかり相手の人相を聞くのを、忘れていたというか……」

「………………」


 岑守が、呆れて頭を抱えたことはさておき。


「そ、そんなわけで、それっぽいヤツ探すついでだ! ほら! このとおり!」


 手を合わせて懇願する鬼に、しかし……と、岑守は考えた。


 六尺六寸(二メートル)を軽く超える大男。それだけでもやたらと目立つのに、輝く長い金髪と、赤い瞳。

 髪をまとめて頭巾を被ればなんとかなるかもしれないが、それにしても、細く長い二本の角が、邪魔をしてしまう。


 しかし、明らかに深刻な人手不足の中、彼の申し出は、喉から手が出るほど欲しく、ありがたいモノであった。


「……そういえば」


 ふと、岑守は、彼の師に関する、一つの逸話を思い出す。


「君は、役行者の一番弟子……なんですよね?」


 おう。と、亞輝斗は肯定し、うなずいた。


「お師匠さまから、『姿を消す術』みたいなものを、教えてもらっていないのですか?」

「あ、うん! できるぞ! 久しく使ってなかったけど!」


 ふむ……と、細い目をさらに細め、岑守はうなずいた。


「決まり。ですね」

「おう!」


 軟禁生活から解放され、喜ぶ鬼に対し、岑守は、よろしくお願いいたします。と、深々と頭を下げた。



  ◆◇◆



 昼を過ぎてすぐ、空海の案内を先頭に四半刻(三十分)ほど歩いて、現地の村に到着。


 ぽつぽつとまばらに点在する、小さな村。

 家が燃えたのか、煤けた匂いが、周囲にまだ充満していた。


「……大丈夫、ですか?」


 斬られた者、黒く焼け焦げた者。

 老若男女問わず、村の半分近くの者が死んだという惨状に、岑守は姿を消した亞輝斗を気遣い、問いかけた。


 広野から亞輝斗の様子を聞き、あまり褒められた状況では無いものの、盗み聴きで、息子への彼の告白を聞いた。


「ありがとよ……」


 姿は見えないが、意外と近くから声が届く。

 ただ、声の調子から、彼の機嫌は、ひどく悪いことが察せられた。


「言い方は悪いが、この村に、特に目立った金品や宝があるとは思えない」


 食べ物を狙った、略奪……だろうか? という岑守に、「それもあるだろうが……」と、亞輝斗は訂正した。


「……相手は、殺すこと(・・・・)自体が、目的だろうな……」


 何? と、岑守は眉を顰める。


「感情の残渣だが、夜盗たちの、美味そうなニオイ(・・・・・・・・)がする」


 人間の感情を、味覚で判断することが、鬼の習性なのか、はたまた亞輝斗自身が特殊なのか、岑守は理解でき(わから)ない。


 けれども、当の本人は特に気にした様子も無く、「これだけ時間が経っても、まだ残ってるってことは、よほど強い感情だったんだろうよ……」と、言葉を詰まらせた。


「亞輝斗?」

「これは、自分たちを捨てた、大人()に対する、怒り、憎しみ、悲し……み……」


 亞輝斗の声が震え、途切れかけた。

 不意に、岑守の手に、何かが降れる感覚がする。


「すまない……すまない……」

「いや……大丈夫だ。それで、君の気分が、落ち着くならば」


 右手を、力強く、握られる感覚。

 分別を理解し、肉体は大きくなろうとも、亞輝斗のその本質(・・)は、やはり子ども(・・・)なのだろう。


 生き残りの人間の証言によると、犯人は成人前後の若い者たちであるという、空海の言葉。

 亞輝斗の証言を加えるならば、口減らしか虐待か──理由は不明であれ、親から捨てられた子どもたちが集まり、盗賊と化したのだろう。


 構成された年齢が若すぎる、という点については少し異例ではあるが、話自体はそこまで珍しいモノではない。


 けれど。

 空海のもたらした。もう一つの証言。


「その首魁は、金の髪(・・・)に、金の瞳(・・・)の、子どもだったそうです」


(共感、しないほうが無理でしょうね……)


 亞輝斗と同じ、鬼とは限らないが、神に属するモノである可能性は高い。


「……ん?」


 急に亞輝斗が、岑守の手から離れた。


「どうしました?」

「……岑守ぃ、ちょいと、怒らないでやってくれよ?」


 涙が少し滲む亞輝斗の声に、少し苦笑が混ざった気がした。


 岑守は姿を消したままの亞輝斗に首の後ろをつままれ、体の向きを変えられる。


「な……」

「……えへへ……来ちゃった」


 岑守の目の前に、にっこりと笑う愛息子(竹生)と、何か言いたげに両手をあげる義覚が、そこに立っていた。



  ◆◇◆



「いやぁ。さすがは野殿のご子息であり、かの副将軍、小野永見公の孫ですな。幼いのに、豪胆であられる」


 ケラケラと笑う空海に対し、岑守は無言で肩を震わせた。

 二日ほど滞在した国府の雑人や兵たちはともかく、ただでさえ神経質になっている村人の生き残りに亞輝斗の姿を見られないよう、一同は村の裏の山の手前に場所を移した。


 少し開けた場所で、なおかつ四方の内、一面は崖がそそり立っているため、もし、近づいて来る者がいれば、すぐにわかるだろう。


 そんな理由で、今は亞輝斗も、気兼ねなく姿を現している。


「………………」


 (岑守)は本気で怒ると、口数がいつも以上に少なくなる。

 ちょっとまずかったかなぁと、竹生は思ったが、それでも……。


「ぼ、僕は決して、遊びに来たわけではないのです! 父上!」

「当たり前です!」


 力説する息子に、岑守が言い返した。


 そもそも発端として、今回の乱において連れてこなくてもいいのに近江に連れてきたのは自分であるし、既に危険な目に合わせてしまったし、文句の言いどころが無いところが逆に辛い。


「その、言葉にできないというか、なんともいえない(・・・・・・・・)感じなのですが……何か(・・)、僕も役に立てることが、あると思うんです!」


 ジッと自分を見上げる小さな息子の顔は、これ以上も無く真面目でいて、真剣だった。

 思わず、岑守の方がたじろいでしまう。


「ほほう……そういえば君は、命の水を口にしたと言っていましたね」

「いや、正しくはぶっかけて、飲ませたワケじゃないんだが……」


 訂正する亞輝斗を押しのけ、空海は竹生の頭を撫でた。


「その感覚(・・)は、大切にしたほうがいいですよ。かくいう私も、其れ(・・)で、何度も命拾いしましたから」


 ネッ! と、空海は岑守の方を向いて笑う。

 岑守も以前、空海がその()に従った末、遣唐使船の遭難から難を逃れたと空海本人から聞いたことがあったので、岑守は渋い顔をしつつも、この場は引き下がることにした。


「義覚は?」

「あのねー、あの子一人でここまでとか、危ないでしょうよ」


 ヤブヘビでしかない亞輝斗の問いに対し、ふくれっ面で睨む義覚に、「よく頑張りました」と、亞輝斗は誤魔化すよう、空海の真似をして、義覚の頭を撫でた。


 まったく……と、義覚は呆れつつも、しかし、まんざらではないらしい。


「でも、確かにヤな予感はするんですよね……此処(・・)

「此処?」


 妙に限定的な義覚の言葉。

 と、同時。


 コツンッと、竹生の頭に、何か堅いモノがあたった。

 何だろう? と頭上を見上げ、そして思わず叫んだ。


「亞輝斗! 上ッ!」

「のわぁッ!」


 何者かがこちらに向かい、大きな岩を押しているのだろう。

 崖の上からその岩が、ゆらゆらと見え隠れしているのが見えた。


「伏せろッ!」


 間もなく落ちてきた岩を、飛び上がった亞輝斗が勢いよくそれを蹴る。

 人間ではびくともしないどころか、そのまま押しつぶされるような代物だが、亞輝斗に蹴られた岩はまるで毬のように飛んで行き、崖にぶつかって粉々に砕けた。


「あそこだな!」

「亞輝斗! 我々は迂回します!」


 了解ッ! と、空海の言葉にうなずくと、亞輝斗はそのそそり立つ崖を、軽々と登って行った。

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