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第三話 命の水

「ひーまー!!!」


 板の間をゴロゴロとだらしなく転がる鬼に、義覚少年の冷たい視線が突き刺さる。


「まぁ、捕まった時点で最悪怪しすぎて処刑(・・)とか覚悟はしてたんで、命まではとられなかったので、そこだけで御の字(・・・)としましょう」


 そう言うと、義覚は座った状態で背筋をピンと伸ばし、静かに目を瞑る。

 冷静を通り越し、極めて悲観的な義覚に、亞輝斗はため息を吐いた。


「義覚ー……ンな所で瞑想しても、全然()とか、聴こえねーだろ……」

「やらないよりはマシですよ。ぐーたら師匠」


 あぁ、吉野の山が恋しい……といじけだす鬼を無視し、義覚は精神を研ぎ澄ませ──。


「どうかしましたか?」


 薄く目を開け、柱の陰から覗く少年をチラリと見た。


「えっと……父上から、暇つぶしの話し相手になってあげなさいって言われたんですが……」


 お邪魔だったみたいで……と、竹生が、小さいながらも、しっかりとした返事を返した。


「うん、暇。めっちゃ暇。これ以上もなく暇……」


 外に出たい……と、鬼が情けない声をあげた。


 先ほど土地神に感謝され、崇められていた時の状況とは一転し、涙目の情けない様子の赤い瞳に見つめられ、竹生は何と言っていいものか──とりあえず、思わず言葉を失う。


「えっと、今はお仕事で駄目ですけど、夜になったら、広野様が、あなたと手合わせがしたいって……」

「本当か!」


 がばッと鬼が、勢いよく起き上がった。


「いよっしゃぁぁぁぁぁ! 頑張る。頑張って夜まで耐える!」

「ゲンキンなんだから……」


 煩すぎて集中なんてできるはずもなく、ため息を吐く義覚。

 そんな彼の隣で、竹生はいそいそと姿勢を正し、そして、二人に深々と頭を下げた。 


「改めまして、ありがとうございました」


 竹生の行動に、亞輝斗と義覚は、思わず、ポカンと顔を見合わせる。


「よくよく考えてみたら、助けてもらって、お礼、言ってなかったと思って……」


 あの時の事か。と、ようやく二人は気がついた。


「いやいや、気にすんなって」

「そうそう。亞輝斗様のおせっかいは、いつもの事です。気にしない気にしない」


 しかし、竹生の言葉に、二人は再び、言葉を失う。


「僕を、生き返らせてくれて、ありがとうございました」



  ◆◇◆



 正確に、事の状況を伝えるならば。と、鬼は静かに語りだす。


「お前は確かに瀕死だったが、死んじゃない」


 竹生は年齢以上に大人びて冷静で、とても聡い子だと、義覚は思った。


 どうやら前後の記憶が少しあやふやなようではあるが、それでも混乱することなく、自身が身に纏っていた|すっぱり斬られて血まみれの衣服《状況証拠》から、自分に何が起こったか冷静に分析して、想像して、そして、予測をたてている。


「さすがのオレだって、死人を生き返らせる(すべ)なんか、持っちゃないさ」


 亞輝斗は荷物の中から、小さな竹筒を取り出す。


「今は全部お前に使っちまったから空っぽだが、この中には『命の水』が入ってた。ウチの()が管理してる霊水で、飲めばたちどころに病気が治り、ぶっかければどんな傷も塞いじまう」

「そんな、大切なモノを、僕なんかに……?」


 いいのいいの。と、亞輝斗はぶんぶんと首を振った。


「オレな、目の前で子どもが死にそうなところなんて、見たくないんだよ」

「そりゃあもう、亞輝斗様の子ども好きというか、子どもに対する過重加護っぷりは凄まじく筋金入りで。亞輝斗様本人が言い出しっぺのクセに、自分が里を出るときも「比叡山までついていく」って駄々こねてききませんでしたし、君を見つけたあの時も、その竹筒に入ってた三分の一くらいの量で充分だったのに、半狂乱で全部ぶっかけてましたもんね。亞輝斗様」


 義覚にあっさり暴露され、鬼は赤面して黙り込んだ。


「で、たぶんその、お前も気づいてるかもしれないけど、お前が視える(・・・)ようになったのも、その『命の水』のせいだ」


 時々、あるんだよな……副作用。と、鬼はため息を吐いた。

 本当は、視えない人間は、視えないほうがいいんだが……と、申し訳なさそうに、頭を掻く。


「ヒトならざるモノは、色々だ。オレみたいに人間に対して好意的なモノもいれば、此処の土地神みたいに、中立を貫くモノもいる。そして……」


 突然、亞輝斗は立ち上がると、何か(・・)から、庇うように義覚と竹生を抱え、そして、赤い目を光らせて、空中をギロリと睨んだ。


「そいつみたいに、ヒトに、害を与えるような奴とか」

「心外だな。善童鬼(ゼンドウキ)よ」


 突然、天井がバリバリと音をたてて崩れ、何かが降ってきた。


「我は人間嫌いというわけではないぞ? むしろ大好きだそ?」

伊吹(いぶき)ぃ……屋根に穴あけてんじゃねーよ」


 誰がなおすんだ誰が。と、亞輝斗があきれ顔で睨む。

 煙る埃が落ち着くと、そこに居たのは、とぐろを巻いた、巨大な蛇だった。


「亞輝斗様。このお方は?」


 義覚の問いに、亞輝斗は淡泊に答えた。


伊吹大明神(いぶきだいみょうじん)。まぁ、そんなに親しくは無い。が、古い知り合いだな……」


 喜怒哀楽のはっきりした亞輝斗にしては、少し顔が引きつっているような、妙に煮え切らないような表情をしているような気がするのは、気のせいだろうか……。


 そんな彼の様子を気にすることなく、大蛇はマイペースに口を開きつづけた。


「アレはたしか、善童鬼……お前が生まれる前の話だったか。我に会いに来てくれた、小碓(オウス)という名の若者がいてな。遠路はるばる訪ねて来てくれて、あまりにも嬉しくて、我は美しい、雪と氷で歓迎したモノだ」

「……要するに、価値観が合わねーんだよ」


 ボソリと亞輝斗がつぶやいた。


 伊吹大明神本人は心の底から歓待したつもりなのだろうが、小碓命(オウスノミコト)こと日本武尊(ヤマトタケルノミコト)にとっては、初の完敗にて死因である。


「で、お前何しに来たんだよ。伊吹山(お前の領域)は、もっと北だろうが」


 嫌そうに顔をしかめる亞輝斗に、大蛇は鎌首をもたげて、大きくうなずいた。


「そうそう。このあたりの土地神が、よほど嬉しかったのか、我のところにも自慢に来てな」

「……アイツか」


 竹生の耳に、チッと、亞輝斗の舌打ちが聞こえた。


「お前に……否、お前たちに(・・・・・)、頼みたいことがある」


 突然、部屋中に靄が立ち込めた。

 急に室内の温度が下がり、ぶるりと、亞輝斗が体を震わせる。


 しばらくすると靄が晴れた。

 大蛇の姿かたちは消えて、その代りに、白髪の青年が、亞輝斗に向かって、頭を下げて座っている。


「我の、息子(・・)の、事だ」


 顔をあげた青年の、冷たい金色の瞳が、三人を見据えていた。

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