エピローグ
かくして。
南都の上皇は、剃髪して仏門に入り、尚侍は毒をあおって自殺することで、『薬子の変』と呼ばれる一連の騒動は、終息を迎える。
一時、物々しい雰囲気になったものの、特に異常の無かった近江国の面々は、すぐにまた、配置換えが行われることとなった。
坂上広野はしばし、近江国に留まることとなったが、小野岑守は四日後、内蔵頭に任ずる命令が下った。
即ち、小野親子は、近江国から都へと、戻ることとなる。
「手紙、書くから!」
騒動が落ち着くまで国府に滞在していた最澄と外道丸、そして、直接お願いすることで、晴れて、彼の元に身を寄せることになった義覚。
別れ際、竹生はそんな二人の手をがっしりと掴んで、ブンブンと縦に振った。
ちなみに、死した子どもたちは丁重にあの山に埋葬し、生き残った子らも、外道丸同様、最澄が比叡山にて引き取るとのこと。
「手紙って……オレ、文字、読めないし、書けない……」
「これからたくさん勉強することになるから、じきに嫌でも読み書きできるようになるって」
金の髪の少年は言葉少なげにうつむくが、そんな彼の兄貴分として、義覚がバシバシと、彼の背中を叩いた。
「良い、練習相手になるとおもうぞ?」
「……うん」
これまで肩身の狭い思いをしながら成長してきた故か、外道丸は戸惑ったように、それでも、少し嬉しそうに、うなずいた。
「そういえば、亞輝斗は?」
「亞輝斗様は、自分を比叡山に送り込む目的を達成したんで、たぶん一足先に吉野に戻られたのではないかと……」
ホント、行動力の塊のような鬼なんで。と、義覚はため息を吐いた。
「そっか……」
竹生はしょんぼりと肩を落とす。
お別れが言えなかったのが、少し寂しかった。
行きよりも数の少ない雑人たちと一緒に、岑守と竹生は都の、我が家へと向かった。
──が。
自分の家の周りに、人だかりができている。
それどころか、家の中に居るはずの、母と弟が腰を抜かして、入り口付近に座り込んでいた。
「どうしたの?」
「遅かったなー! 二人とも」
声の主を見上げて、ぎょっと竹生と岑守は目を見開く。
「え? 亞輝斗? え?」
「な……何故、君が此処にいるのです?」
爽やかな笑みを浮かべ、家の中から出てきたのは、件の、金髪の鬼だった。
その手には、何故か自然体で包丁を握っているので、それを見た見物人の、各所で悲鳴が上がる。
「いやー、真魚の奴に家の場所聞いてなー。……都が平安京に移転してから、吉野からだと、ホント情報に縁遠くなっちゃってさー。それもどうかなーっと、前々から思ってたんで、しばらくこっちに、厄介になろうと思って」
鬼は、赤い目を細め、にっかりと笑った。
「ほら! 夕飯、出来てるぞ!」