クラスのマドンナを拾った
バイトからの帰り道。店長が作ってくれたサンドウィッチを片手に、自宅のほぼ真ん前にある公園に寄った。
早いもんで、もう冬で11月。寒さが身に染みるが、今日は雲一つない夜空だ。星でも見ながらサンドウィッチを食べようと思い寄った感じだ。
幸い家はすぐ目の前。寒さに耐えられなくなったらすぐに駆け込めば良い。
そう思って時期外れな天体観測を楽しもうとしたのだが、生憎先客がいたみたいだ。しかも俺が通ってる学校の制服を着た女子。
一瞬俺と同じで天体観測でもしてるのかと思ったが、顔は俯いてるし、寒さで身体を震わせてるし……もしかして家出少女?
「……くちゅ!」
可愛いくしゃみ。なんて考えてる場合じゃないか。
「こんな時間にどうした……んですか?」
もしかしたら先輩かもしれないので、慌てて敬語を付け足す。
俺の声で顔を上げる女の子。その顔には、見覚えしかなかった。なぜなら……
「……………紗良斗……くん?」
「あ。天重さん喋れるんだ」
うちのクラスのマドンナ的存在である、天重鳴海だったからだ。まぁマドンナじゃなくても、別クラスならともかく、同じクラスともなれば顔くらいは覚えているものだが。
顔と名前が一致してる女子が彼女くらいしかいないのだ。
「?」
天重さんは表情を変えることなく、首を傾げた。
喋れることにちょっと驚いた俺の発言に対しての反応だろう。
「ごめん。天重さんっていつも人と話す時は首を縦横に振ることしかしてなかったから、てっきり喋れない病気なのかと思ってた」
なんとも綺麗で可愛らしい声だった。
「……クラスの自己紹介の時に喋ってました。あと普段も喋るときは喋ってます」
「あーね。そういえばそんな声してる人いたね。忘れてたわ」
「???」
「それよりさ」
前置きはこのくらいにしておかないと、天重さんが凍え死んでしまうので、本題に移る。
「さっきも聞いたけど、天重さんはどうしてこんなところにいるの?しかもこんな時間に。家出?親と喧嘩でもした?」
「……(ふりふり)」
首を横に振る天重さん。
「じゃあなんでここに?もう9時過ぎてるよ」
「……家の鍵」
「ん?」
「家の鍵を、家の中に忘れて……ですが、両親が帰ってくるのは、いつも日付が変わる前辺りなので、その…」
そこまで言って、恥ずかしそうに俯く天重さん。
まぁ最後まで言わんでも完全に理解は出来る。ちょっとしたミスが招いた不幸か。俺もそれよくやるから、気持ちはわかる。
「あーね。理解した。俺も家の鍵をよく家の中に忘れるよ。じゃあ天重さんの両親が帰ってくるまで、うちにいる?」
「え?」
「ここで黄昏てたってことは、家はすぐ近くなんだろ?俺んちは目に見えてるそこだし、ちょうど良いと思うけど」
「えっと。その……」
天重さんが悩む素振りを見せる。まぁ他人の家にお世話になるのは気が引けるよな。
でもこのまま放っておいたら彼女は凍え死んでしまうかもしれないし、少なくとも風邪は引くだろう。
「それに夜も遅いし、女の子がこんなところに一人いたら、暴漢に襲われるぞ」
「!? (コクコクコクコクコクコク)」
その事を想像して恐ろしくなったのか、漫画とかで見るデフォルメ顔で青ざめた天重さんが面白いくらい高速に首を縦に振った。
なにそれ面白っ。
ということで天体観測は中止して急遽、天重さんを俺んちに招くことになった。
家の前に立ち、鍵を出して……ん?
「あれ?おかしいな。どこかに落とし……はっ!」
「?」
昨日家に帰った直後のことを思い出す。
そういえば俺、バイトの疲れでそのままベッドインしてしまったんだった。
その時俺は鍵をベッドの上に放り投げたまま……
「しまった。俺も家の鍵を家の中に忘れた」
「!?!?!?」
天重さんがデフォルメ顔になって絶望の表情を浮かべた。どうやってんのその面白い顔?
「まぁそう慌てなさんなって。こういう時の為に、俺は針金を持ち歩いているんだ」
「?」
俺は鞄から針金を2本取り出して、鍵穴に差し込んだ。
「??」
そのまま俺は手慣れた感じで家の鍵をガチャっと開けた。実際手慣れてる。子どもの頃からよく家の鍵を家の中に忘れて、ピッキングで家の鍵を開けたりしてたから。
「???」
「よし開いた。お待たせ天重さ……うおっ」
「?????」
振り向いたら、デフォルメ顔の天重さんの背後に宇宙が浮かんでいた。
……宇宙天重さん…。面白い顔。
――――――――――――――――――――――――
「ただいまーって、誰もいないけど。あ、荷物は適当なとこに置いて良いよ」
天重さんを家に招き入れ、リビングに案内する。
暖房を点けてる間にリビングの隅っこに荷物を置いた天重さんだが……その直後、身体をガタガタと震わせ始めた。
「あ、天重さん!?……はっ!」
ああ、そうだ。天重さんはずっと寒空の下、公園で親の帰りを待っていたんだ。
そりゃまだ暖房点けたばかりのリビングじゃあ、身体が凍えたままに決まってる。
「ずっと外にいてすげぇ寒かっただろ。シャワー浴びてきなよ。着替えやタオルも用意しておくからさ」
「!?!?!?」
しかしなぜか彼女は絶望の表情を浮かべながらこちらに振り向き、両腕で身体を守るようにして警戒した様子を見せ始めた!
なぜに!?
……はっ!違う……天重さんは今、罪悪感に苛まれているんだ!
※たぶん違う。
ただのクラスメイトである自分のために、そこまでしてもらうのは申し訳ない気持ちでいっぱいなんだね。天重さん!なんていい子なんだ…。
「あっははは。気にすることないよ、天重さん。このくらいは普通だからさ」
「!?!?!?」
しかし信じられないとでも言いたげな天重さん。
……もしかして天重さん、今まであまり人に優しくされたことがない?
そういえばいつも一人で何でもこなしているイメージだし、誰かの助けを借りたことがないのかもしれないな。
「とにかく早くシャワー浴びてきなよ。そのままじゃ風邪引くぞ。あ、浴室はリビングから出て左な」
「……………は、はい…」
しばらく悩んだ末、天重さんはまるで何かに怯えるような様子で浴室に向かった。
……そこまで罪悪感に苛まれなくても…。
そういえば天重さん。学校だと全然表情が動かないし、無表情ばっかだけど……意外と表情豊かだったんだな。
「そうだ。ずっとあそこにいたなら、きっと腹も空いてるだろう。なんか作るか」
冷蔵庫の中身はと…。鮭が余ってるな。
あと卵とネギと……炊飯器に米あったかな?
……無いから炊くか。
いやいや、まずは着替えとタオルを用意してあげるのが先だな。
俺は妹の部屋に失礼して、部屋着と下着を拝借する。ちなみに妹は友達の家へお泊まりに行ってる。
部屋着などの場所を把握しているのは、妹がズボラで兄である俺に下着を見られても何とも思わないサバサバした性格だからだ。
つまり妹の洗濯物も俺が干したり収納したりしている。
シャワーの音が聞こえるが、一応ノックしてから中に入る。
そして浴室にいる天重さんにタオルと妹の部屋着と下着を置いておくことを伝えて、リビングのキッチンに立つ。
まずは冬の冷たい水にひぃひぃ言いながらお米を研いで、炊飯器へ入れる。父さんと母さんの分も合わせて。
次に鮭をオーブンに入れて、その間に卵をといでいく。
といだ卵の中に砂糖とちょっとの塩、そして刻んだネギを投入して、卵焼き用のフライパンで卵を巻き巻きしていって……ちょっと太くし過ぎたかな?まぁいいか。
あと味噌と豆腐があったから、簡単な味噌汁でも作っておくか。
早炊きにした米が炊き上がったタイミングで、天重さんがリビングに戻ってきた。
白のTシャツと黒のズボンというシンプルな部屋着だが、美少女……というより美人の天重さんが着るとなんの違和感も感じさせられない。華しか感じられない。
「……シャワー。ありがとうございました」
「どういたしまして。服のサイズは大丈夫そうで良かったです」
「……はい。概ね…」
「?」
恥ずかしそうに俯く天重さん。まだ結構気にしてるのかな?他人にここまでしてもらうこと。
俺だったらいっそのこと吹っ切れちゃうぜ。
「……いい匂い…」
「あ。たぶんお腹空いてるよな。ご飯作ったんだ。良かったらどう?」
「! ご飯……ですか?」
ご飯と聞いて、目をキラキラさせ始めた天重さん。
しかしすぐに咳払いをして、首を横に振る。
「け、結構です。そこまで厄介になる訳には……」
きゅる~。
「……………」
「……………」
今の可愛らしいお腹の音は、俺ではないぞ。
「食べる?」
「(ブンブンブンブン!)」
きゅる~。
首を激しく横に振って遠慮しようとするが、身体は正直なようだ。
俺は茶碗に米を注いで、お盆に乗せて完成した料理と共に机へ運ぶ。
炊きたての米、焼き鮭、卵焼き、味噌汁という朝食みたいなラインナップだが、それを見た天重さんはというと……
「お、美味しそう…!」
再び目をキラキラさせていた。
あともう一押しか。
「デザートにプリンもあるよ」
「!?」
天重さんは折れた。