接触
「……なんて美しい青色……」
けたたましいビープ音と真っ赤な警告灯、全身にかかるGと救命装置の不思議な浮遊感、全身を蒸されるような暑さと焦げ臭い匂いが包む中、口をついて出たのはそんな、他愛もない一言だったのを、彼女は今でも鮮烈に覚えていた。
意識が戻った時、最初に感じたのは背中の痛みだった。明らかに体重を支えるべきではない物体を背中に感じる。おそらく、操舵ユニットの上に寝そべっているのだろう。
顔を顰めながら、彼女はゆっくりと瞼を開けた。それまで瞳に映っていた青く美しい光景は辺りにはなく、ただ真っ暗闇と、いくつか点滅する計器類があるだけだった。
「……被害状況の確認っ……」
ゆっくりと体を起こしながら、彼女は機械に呼びかけた。鈍かった背中の痛みが、だんだんとはっきり背中全体を覆い始めた。
「……被害状況……左舷エンジンユニットの損傷、7、8、11番光学ユニット全損、エネルギージェネレーター損傷軽微、そのほか計25304箇所に損傷が見られます」
船に搭載されたアシスタントAIの合成音声が、船中に鳴り響いた。その声は、むしろ不自然なくらいに穏やかで、人間的に聞こえた。
「……墜落の原因は?」
「映像解析終了……重力圏内を周回するデブリの衝突を確認しました……衝突の直前にレッドゾーンを超えたことが原因と考えられます……」
彼女は、衝撃を感じる直前、手を滑らせて操舵ユニットを触ったことを思い出した。
「……だから…慣れない船は使いたくないって言ったのに……」
この船に乗る直前の友人の笑顔を、憎々しげに思い出していた。
「…墜落してからどれくらい経つ?…」
「公転周期の同調完了……絶対時間から係数1.3で調整、微差のため今後は公転時間での案内を行います…この星の公転時間で墜落から5時間が経過しました……生体保護フローターはデブリ接触直後に正常に起動、衝撃の90%を吸収し、3公転時間前まで起動していました……」
たかだか10%の衝撃で気絶していたことに、彼女は一瞬冷や汗をかいた。
「……この船直る?」
「部品生成ブロックは損傷ありませんが、資材ブロックに損傷あり、現地惑星で利用可能な資材を収集する必要があります……ボット起動を許可しますか?」
「……言われないでもっ……して欲しかった所かな……」
ご法度の他惑星への接触。無茶は承知していた。
「起動許可として承認します……生体惑星14号のデータを参照……必要資源の獲得に、およそ6公転時間を要すると予想されます……」
彼女は、ようやっと操舵ユニットから腰を下ろし、狭い船内で立ち上がった。背中はまだ痛み、頭もぼんやりとする。痛む背中をゆっくりとさすりながら、彼女は墜落以前に見た美しい青色の惑星を思い出していた。
生体惑星14号…彼女たちの星の文化レベルに到達する可能性のある、知的生命体が存在する惑星。普段その惑星の監視任務についている友人曰く、「植物と水、そしてほんの少しの都市で作られた、自然豊かな惑星」らしい。彼女は、辺り一面に存在している植物に思いを馳せていた。
「……ねぇ……どうせこの惑星との接触が避けられないなら…私が現地で調査を行っても良かったり……しない?」
「非推奨……当該惑星には、我々と同程度の進化を遂げた知的生命体が生息しており、それらと第五型コンタクを行う可能性があります。したがって、まず星団M13の本惑星に通信連絡を行い、そこから議会を招集、草案が作成されリスクヘッジAIの審査を経てそれから……」
「いいよ…無理なのは分かった…」
彼女は肩を落とした。彼女はふと、船の内部を見渡した。船は立っているのがやっとで、ゆったりと座れる場所や、暇を潰せるような設備は一切なかった。こんな場所でおよそ六時間も拘束される様子を想像すると、ゾッとした。
「……んえっと……航行責任者として命令するっ!……今すぐ船全体のエネルギー供給を遮断、修繕完了までスリープモードで待機せよ!」
「航行責任者権限を行使する場合、適切な理由を述べる必要があります」
「……んえ〜……ん〜……げっ…現在ぃ、船は損傷状態にあり、今後いかなる被害が起こるか想定は困難であるっ……からしてぇ…ええっと……よ…余分な電源設備を利用せず、温存しておくのが最適と考える……んあ…でも、認識迷彩は切っちゃダメ……惑星住民に接触されると…面倒が起こっちゃって…」
彼女は、思いつく限りの屁理屈を並べ立てた。
「命令を承認、船体の認識迷彩以外のエネルギー供給を、船体の修繕完了まで停止します」
AIの音声が船体に響くのを最後に、船内に灯っていた細かな明かりが一斉に消えた。
「…あのぉ〜……もう電源切れたかな?…」
彼女の声が、真っ暗になった船内部にこだまする。AIの返答はなかった。
「……まだまだちょろいなぁ……さてと…」
彼女は、船の扉のハンドルに手をかけた。そしてハンドルを捻り、思い切り扉を押し開けた。
一瞬、目も眩むような眩しい光が、彼女を包み込んだ。彼女は思わず、両目を手で覆った。しかしやがてぼんやりと、彼女を包み込む光に目が慣れていった。覆っていた手をどけ、船の外に出ながら、少しずつ目を開いた。そこには、彼女が生まれてから一度も見たことがないような、自分の背丈の何倍もあるような緑色の植物が、辺り一面に広がっていた。それらの植物が風に揺られ、輝くような緑色の葉を、いくつか彼女の上に降らせた。彼女は息を呑んだ。彼女の惑星ではもはや見ることはできない、ありのままのびのびと成長する植物の姿が、そこにはあった。それらは音を立てて揺れ、落ち着く爽やかな匂いを風に乗せて飛ばしていた。それらの風は彼女の頬をなで、彼女の薄紫色の長い髪の毛を、葉と同じように揺らしていた。