第九十三話
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髪型が違う。髪色も違う。目元が違う。ほくろの位置も違う。だが、背格好は一緒だ。骨格が、輪郭が一緒だ。振る舞いを知っている。匂いも知っている。
そして何より、俺の勘が囁ている。このメイドは、母さんだと。
「げほっげほっ、な、な、な……!?」
開いた口が塞がらない。
母さんがいる事は分かっていた。親父に聞いていたから。この場にいるとは思わなかったけど。それでも、ただ母さんがいただけじゃ、こんなにも狼狽えない。
あらゆるパターンを想定していたんだ。焦れた母さんが、俺の元まで突撃してくるパターン。密かに呼び出されるパターン。今回のように、陛下に呼び出された先で再会するパターン、等々。
だから、ある日突然再会する事になっても、その時は余裕の態度で再会を喜ぶつもりであった。だが、これは無理だ。
実母のメイド服姿を見せられた息子は、一体どんな反応をするか。
ご覧の通りである。本当に開いた口が塞がらない。
王妃様のメイド兼護衛をしている事は聞いていた。だからって、こんなにもメイド服をがっつり着ているなんて、思う筈無いじゃないか。
「お、おい、グレン?お前もか?大丈夫か?」
王様同様、吐き出し咽る俺を心配してくれるヴィクトリア。反して、クロエの視線は冷たい。嘘っぽいとでも思っているのだろうか。今回は、本当なんだけどな。まあ、母さんの事は伝えてないからだろう。
姫様は王様の心配をしながら、俺に視線をチラチラ送ってくる。心配はしてくれているらしい。だが、やはり父である王様の方が心配なようだ。他の面々も、当然王様に掛かりっきり。俺の事など気にも留めていない。
親父は笑いを堪えていて。ジョゼの笑顔はより温かなものになっている。
鋭くなっていた場の雰囲気も、柔らかくなっている。それでも若干ピリついているは、時折『辛い』みたいな単語が聞こえて来ることから、咽た原因が既に判明している事にあるのだろう。母さんが、セバスに話し掛けている姿も確認した。あぁ、やってしまった。
「ふぅ~……」
落ち着こう。
母さんがいた。これは良い。想定内だ。メイド服。大分取り乱したが、大丈夫。似合ってるし。コメントはしづらいが。まぁ、するけど。可愛い。だけど唐辛子。これはダメだ。相手がよりにもよって、王様だもん。想定外。潔く謝ろう。
「……すみませんでしたぁぁぁっ!!!」
俺はその場で、綺麗な土下座を披露した。
芸術作品とも言えるレベルの土下座をしながら、事のあらましを説明した。その結果。
頭にはヒールのまま、ヴィクトリアの足が置かれている。背中には姫様が腰掛けている。俺は当然土下座のまま。彼女達の怒りを、その一身に受けていた。
「つくづく思っていたのよね。貴方の性格は、どこかいい加減な所があるって。いつかやると思ってたのよ」
「私の……ぃん配を返せ!」
「あれだけ偉そうな事言っておいて、このザマは何?時と場合を考える事も出来ないの?」
「このロクデナシのスケコマシ!!」
ヴィクトリアからはいつも通りと言うよりかは、チョット甘めのお叱りを頂く。この間の件が効いている様だ。
姫様の怒りは、ネチネチと粘っこい。これまでの俺に対する鬱憤が、一気に噴き出したようである。
王様達だけでなくメイドなど、大勢の目もある。これは良い流れかもしれない。もうちょっとだけ怒られていよう。母さんも限界そうだから、もうチョットだけだ。
あ、計画の為に必要な良い流れ、と言う意味だぞ?決して、年頃の女の子に踏まれるのも、座られるのも割といいかも、なんて思っていないからな。本当だぞ?
「まぁまぁまぁ、それくらいにしてあげたら?レンちゃ……コホン、グレン君も反省しているようだし、ね?」
しかし、そんな俺の思惑はあっさり打ち砕かれた。
ジョゼの手によって引き起こされたのだ。
「お母様……躾中なのだけど」
流石に母親には強く出られない様子。
「グレン君はペットじゃないでしょう?」
「うっ……」
尤もである。
怒りの余り、我を忘れてもいたようだ。周りの様子を見て、頬を赤らめる。
「さあ、こちらにいらっしゃい」
「え、あの……?」
連れていかれたのはジョゼの隣。当然のように隣の席に座らされた。
クロエの視線が冷たい。ジト目が辛い。姫様達の視線も怪訝なものだ。この状況をどうにか出来るはずの王様は、ただただ苦笑している。以前のような、殺意の籠った視線などは無い。何があった?
「……」
反対側の隣には、無言で母さんが座って来た。仮にもメイドが良いのか?
「さぁ、食べましょう?」
その言葉には、逆らい難い威圧感が含まれていた。
「はい、あ~ん」
「……」
「あ~ん!」
「……」
以前よりも強制力が半端ない。ジョゼも然る事ながら、母さんの無言の圧力も堪える。
「あ、あ~~んぐぅっ!?」
恐る恐る口を開けば、両方から遠慮なくスプーンを突っ込まれた。殺す気なのではなかろうか。
ちなみに、メイド達は追い出されている。ジョゼの手によって。『後はサヨだけで十分です』この言葉がすんなり通った。親父も母さんも、高い信頼関係を築き過ぎである。
「……お母様みっともないです。止めてください」
「母上、流石にそれは……」
姫様と王子様が、苦言を呈す。しかし、そんなものに耳を傾けるジョゼでは無い。
「次は私の番ね?」
「……」
どうやら母さんもらしい。黙って綺麗な口を開けている。
困った俺は親父に目を向けるが、未だ笑いを堪え助けるつもりは無いようだ。オスカーは静かに目を瞑っている。ユーゴも我関せずと、三皿目を食べている。
セバスには期待できそうにもなく、クロエはゴミでも見る様な目で俺を見ている。ああ、懐かしい視線である。ヴィクトリアは殺気すら纏い、姫様と王子様は『調子に乗れば殺す』。そう視線が物語っている。王様は苦笑しながら、取り替えてもらった冷製パスタに舌鼓を打っている。
味方はいないらしい。
「あ、あ~ん……」
「あ~~「母上!」「グレン!」まぁまぁ、なあに?大きな声を出して」
姫様達が声を荒げる。そこでようやく、ジョゼの意識が姫様達に向く。
「母上、流石にそれは洒落になりません。立場を考えるべきです」
「グレン、調子に乗り過ぎよ?」
既に『あ~ん』どころか、子作りを求められた仲だとは言えない。しかも、王様達がそれを知っているなんて、尚の事言えない。
「調子に乗っているのは貴女じゃないの?アリシア」
「え?」
姫様の目が点になる。何を言われたのか、理解出来なかったらしい。俺も戸惑っている。
「そうね、アルの言葉には耳を傾けても良いかもしれないわ。聞くつもりは無いけど」
一瞬にして、王妃の顔になるジョゼ。しかし、その手は何故か俺の手に添えられている。当然、反対の手には母さんの手が。
「だけど、ね。アリシア、貴方の言葉に耳を傾けるつもりは無いわ。私もレンちゃ……グレン君もね」
「な、なぜ……?」
茫然といった表情で、言葉を漏らすアリシア。
「グレン君は今回何をした?コナー家の闇を暴いたのよ?貴女達が出来なかった事を、この短期間でやり遂げたのよ?『宴』に限って言えば、他の貴族達も関わりがある者もいたようだから、大手柄と言っても過言じゃないわ」
「それは……そうだけど」
「なのに貴方は何?主として褒める事も、褒美をあげる事もせずに」
「っ!!」
痛い所を突かれた、そんな顔になる姫様。
俺は気にしてないが、外聞が悪い事には違いない。
「それどころか、トリアちゃん達まで着飾らせて」
「「っ!?」」
自分達にまで飛び火するとは思っていなかったのか、ヴィクトリアとクロエの体が小さく跳ねる。
「大方グレン君に女と意識させて、あわよくばとでも思っての事なのでしょう?自分の配下として、縛り付ける為に。」
「「「!!」」」
ああ、そういう事。だから、今日に限って着飾っていたのか。クロエには超遠回しに、そのつもりは無い、って伝えたつもりだったんだが、伝わってなかったのかな。遠回し過ぎたか?
「なんて器の小さな娘なのかしら。そんなつまらない事はせずに、自然と付いて行きたいと、そう思わせるような大きな器を示しなさいな」
「っ!」
姫様は図星を突かれたようで、悔しそうに唇を噛んでいる。
超見直した。ただのミーハーじゃ無かったのか、ジョゼ。今なら優しいハグが出来る気がする。
「それに、グレン君は寂しかったのよ?」
は?
「異世界にたった一人で迷い込んで」
いやいやいや、親父の事も母さんの事も知ってるよね!?何言ってんの!?
「それでも、自分を見出してくれた貴女の為に頑張っているのよ?」
止めて!?王様達の目も点になっているよ!?
「嘘吐いたり、馬鹿やったりするのも、ちょっと甘えたくなっただけじゃないの、ね」
最後の『ね』は、笑顔と共に俺に向けられた。
「え?違いますけど……?」
流石に、これをハイとは言えない。ジョゼの語る、グレン・ヨザクラの人物像が恥ずかしすぎる。許容限度を超えている。そのキャラは受け入れ難い。ハグも撤回だ。
「……」
「……」
「……」
「……」
俺が即否定した事で、奇妙な沈黙が下りる。
パァァァァンッ
その沈黙は、小気味よい音と共に破られた。そして、俺の視線が横に流される。音の正体は、俺がジョゼに頬を張られた音だった。




