第九十二話
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セバスの手によって、会食会場の扉が開かれる。
扉の先には、煌びやかな世界が広がっていた。
「ほぇ~……」
素である。もう一度言おう。素である。素で、感嘆の吐息を漏らした。
男共はどうでも良い。いつも通りだ。王様っぽい服に、騎士団長っぽい服。後はローブ姿で、王子様はさっき見た。
特筆すべきは、女性陣。
姫様の衣装はいつもより煌びやかなものとなり、そしてヴィクトリアやクロエまでもドレスに身を包んでいた。
姫様が纏うドレスは明るい緑色。ハニーゴールドの長い髪が良く映える。彼女が姫である事を、改めて認識させられた気がする。
ヴィクトリアは燃えるような赤いドレス。いつも通りポニーテールに纏められた髪と、纏う雰囲気から、ドレス姿の騎士と言った風だ。帯剣と言うか、帯槍もしているし。
クロエが纏うのは、水色のドレス。こちらもいつも通り、髪はシニヨンに纏められている。そのせいかドレス姿のメイド、と言う印象が拭えない。
後は……ジョゼ。うん。姫様と同じ緑色。こちらはやや薄めだ。でも、姫様と同じ色の髪が綺麗に映えている。そして、向けられる笑顔が眩しい。
改めて言おう。皆綺麗であると。いつもと違った魅力を、彼女達から感じる。故に息を漏らした。感嘆の息を。この光景を見て、平静でいられる男は、即刻病院へ行く事を勧める。男としての機能に、問題ありだ。
それにしても、どうして皆が皆着飾っているのか。この間の謁見でも、姫様以外は普段通りだったのに。姫様は流石に立場があるから、今日みたいに着飾ったドレスだった。しかし、ヴィクトリアは正装ながらも騎士服だったし、クロエはメイド服のままだった。
何の違いだ?
「お待たせいたしました。料理をお持ちしました」
疑問を一先ず頭の片隅に追いやり、一礼して中に入る。
「うむ。済まなかったな。招いておきながら、料理まで頼んで」
「いえ、私の世界の料理を披露出来るのです。これ以上に無い、光栄な事かと」
「そう言って貰えると助かる。さあ、お主も座ると良い。後は、メイド達にやらせよう」
そう言うと、控えていたメイド達が一斉に動き出し、手際よく俺の持ってきた料理を並べていく。
俺は、言われた通りに席に着く。何故か、姫様とヴィクトリアの間だ。
姫様は王様と、ヴィクトリアはオスカーと、クロエは王子様とそれぞれ向き合い、親父は一人で端。俺はと言うと、残るジョゼと向き合う事になる。正面の笑顔が眩しい。ジョゼが暴走しない事を祈るばかりである。
「では、頂くとしよう」
その言葉を合図に、クロッシュ(料理に被せられる、ドームカバー)が取られ、料理の全貌が明らかになる。
「おぉ……」
「綺麗だ……」
そこかしこから、見た目に関する感嘆の声が上がる。トメトと呼ばれる、トマトに似た野菜をベースにした冷製パスタは、他にも野菜を入れ、彩を豊かにしている。地球で言えば、夏野菜に当たるのだろうか。暑くなってきたこの時期の野菜は、冷たくして食べるとより美味しい。
「む……」
「これは……」
しかし、見た目に驚いたのも一瞬。やがて皆が、ある事に気付く。
「おいっ!グレン!冷めてしまっているぞ!」
ヴィクトリアが小声で怒鳴るという、器用な真似をする。流石に、この場でいつもの大声を出す事はしないらしい。
「申し訳ありません。実は、料理を運ぶ途中さる御方に捕まりまして……」
料理の冷たさに気付いた皆の顔を見ながら、項垂れて言う。
「なっ!?」
声を上げるのは、王子様。アルベルト殿下だ。驚いた顔でこちらを見てくる。あの冗談を、ここで持ち出してくるとは思っていなかったのだろう。
ふっふっふっふっふっ。面白いと言ったじゃないか、だったら徹底的に面白くしなくては。俺は王族だって弄るぞ?
正直な所、正面からの光が眩しすぎて、何か緩和剤が欲しいのです。出来るだけ正面から、気を逸らしたい。
「誰だ?使用人達には通達しておいたから、そのような事はせぬ筈だぞ」
「それが……アルベルト殿下なのです」
「んなっ!?」
言葉は濁さないぞ。はっきり実名公表だ。
気さくで軽い感じの王子様の表情が、面白いものなっている。うん、楽しい。そして、微笑ましいものでも見る様な、ジョゼの視線が痛い。
「私は見ての通りこの美貌です。恐らく、女と間違えたのでしょう。殿下が『君は誰だい?』と、軽い感じにお声を掛けて来られまして……」
「ち、ちが!違うよ!?僕は……!」
突如発生した、謂れのないナンパ疑惑に、慌てふためく王子様。
「セバス?」
そんな王子様を相手にせず、王様はセバスに聞く。頼むぞセバス。
「……確かにアル様の方から声を掛けられていました」
ナイス!
「セバス!?」
セバスの裏切りに、目を剥く王子様。あー、楽しい。
「お前は……」
「お兄様不潔です……」
直接批判を口にするのは、王様と姫様。他の面々は、冷たい視線を送っている。ジョゼの視線は俺に固定され、親父の視線はローブの効果で分からないが、笑っているのか肩が震えている。
「違うよ!?やってないからね!?」
「……リーディアとタチアナには報告しておく」
確か、第一王子様には妻が二人いた筈だ。今出た名前は、その二人の事だろう。
「そんな!?僕は無罪だーーっ!!」
王子様の声が虚しく響いた。
「と言う訳でして、『冷製パスタ』と言う元から冷たい料理なのです」
あの後、王子様に情けなく泣きじゃくりながら、誤解を解いてくれと縋り付かれ、廊下で鉢合わせた一件と、料理の説明を一緒にしたのだった。
王子様がこんなんで良いのだろうか。個人的には、怒ったらどうなるかっていうのが見たかったのだが。奥さんが怖いのか、本当に情けない男なのか。判断が難しい所だ。
「ふむ。では、先程の話は嘘だったのだな?」
「はい」
「お主は、我々に嘘を吐いたと?」
嘘と冗談は紙一重なモノ。受け取り方如何で、どちらにもなり得る。
「はい。事前に、料理が冷めていた時はアルベルト殿下のせいにする、と言っておきましたので」
「はっはっはっはっ!謁見の間での事と言い、お主は度胸もあるようだ!食事前の余興として、此度の一件は許そう!」
茶番劇である。王様は本気では無い。どこかハラハラした表情の姫様達の為だ。俺の説明の途中で、嘘を吐いていたと分かると、姫様とヴィクトリアそれにメイド達が顔を引き攣らせていたからな。青くなっていた者もいたし。
「ありがとうございます」
「だが、こういう場で嘘を吐くのは止めておけ。儂は今回の働きを持って、お主を信用する事に決めたが、全員がそうとは限らん。要らぬ災いを招くぞ」
「ご忠告痛み入ります」
殊勝に頭を下げておく。聞く気はないが、心には一応留めておこう。吐いてる嘘は多いし。
「では、まず食事としよう」
その言葉を合図に、皆が赤い粉の入った器を手に取り、匙ですくって冷製パスタに掛けていく。乾燥トメトを粉末状にしたものだ。トメトの風味が引き立つ。
そして、フォークに持ち替え料理を口にする。
「美味しい……」
「良い香りね……」
「これが異世界の……」
皆が、好評価な感想を口する。
ちなみに、毒見は終えている。毒見役の娘達も、目を見開いて美味しそうにしていた。
「うむ。美味し……?ぶはぁっ!!!??」
「お父様!?」
「「「「陛下!?」」」」
そんな中、王様だけは感想の途中で、口から勢いよく吐き出した。
慌ててメイド達が、王様に駆け寄る。セバスも駆け寄り、咳き込む王様の背中をさすっている。オスカー達の気配がピリつく。姫様達も立ち上がり、心配そうに見守る。
毒見したはずの料理に毒が入っていたのか!?とか、そういう警戒をしているのだろう。メイドの一人が、改めて王様の料理を確認する。汁を麺を、野菜を。
そして、トメトの粉末を口にした時、メイドの動きが止まる。
「ぁ……」
その瞬間、俺は思い出した。赤い粉末の一つは、トメトじゃなくて唐辛子だった、と。
元々は、親父の分だった。当然、悪戯。しかし、料理の配膳はメイド達の手に渡った上、王子様を揶揄った事もあり、すっかり忘れていた。
唐辛子の粉は、運悪く王様の下へ行っていたらしい。冷や汗が流れる。どうしよう。
「ごく、ごく、ごく……?」
急激に渇いた喉を潤すように、水をがぶ飲みする。その視界の端で、改めて毒見していたメイドが顔を上げ、何故か俺の方を見る。コップを煽るのを止めると、自然彼女と目が合う。
「ぶはぁっ!!!??」
メイドの顔を認識したその瞬間、俺も水を吐き出した。




