第九十一話
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カラカラカラッと音を立てながら、料理を乗せたワゴンを押し、広く長い廊下を歩く。
「……セバスさんって、案外意地が悪いですよね」
「そうですか?」
「ルフィーナさんを止めてくれても良かったのでは?」
修羅と化したルフィーナは、容赦なく俺達を説教した。
流石に料理人として、厨房で走り回るのは見逃せなかったらしい。今回ばかりは俺もマジに叱られた。反省した。綺麗だろうと、魔法があろうと、厨房を走り回るのはダメ。ゼッタイ。
だが、俺は早々に解放された。何でも、俺は本当の料理人では無いかららしい。こじ付けだと思われる。ルフィーナの私情が入った事は否めないだろう。結果、未だにサンジェルだけが説教中である。
恨みの籠った視線を浴びながら、料理を持って退散してきた次第である。
「私めには関係の無い事ですから。ちょっとした意趣返しとでも思って下さい。貴方の計画は、老いぼれにはちと堪えますので」
そう言うセバスの目は笑っている。人がいないから良いものの、あまり不用心にそういう発言はしないで欲しいものである。分かっていてやっているんだろうけども。
計画に関しては、以前初めて会った時にそれとなく匂わせておいたし、親父にも一通り話してある。だから知っていてもおかしくは無い。
「はぁ~。ま、良いですけどね。それはそうと、それは賛同を頂けている、という認識で宜しいので?」
「我々は、黙認という形を取る事になるかと。賛同もしませんし、反対もしません。協力もしませんし、邪魔も致しません」
『我々』という事は、陛下も、という事なのだろうか。
「邪魔をしないのであれば、十分です」
「……協力はいらないのですか?」
「流石に、そこまでは望みませんよ。それに、すんなり協力なんかされたら、『だったら、さっさと自分達の手でやりやがれ!!』って、怒鳴ってしまうでしょうね」
王様の気持ちも、セバスの気持ちも、未熟ながら理解しているつもりだ。そんな酷な事は望まない。
「……そうですか」
そう言ったきり、セバスは口を噤んでしまう。割と不敬な事を言ったつもりだったのだが、ツッコまれる事も無い。ちょっと寂しいぞ。
セバスとの空間に、妙な沈黙が下りる。カラカラっという台車の音だけが、小気味良く響く。
あ、人が来る。
突き当り右の曲がり角の先に、人の気配を感じたので歩く速度を落とす。ここは王城。下手にぶつかったりすれば、大参事だ。使用人なら何とかなるが、相手が貴族だったり、それこそ王族だったりとなれば、洒落にならない。
俺は突き当りを左に行く予定なので、気配の主がこちらに曲がってくるのか、そのまままっすぐ進むのかは分からないが、ぶつかる事はそうそうない。だが、念の為、という奴だ。
「……ん?セバスかい?」
曲がり角から現れたのは、、金髪のイケメン。歳は俺とタメか、2~3上。煌びやかな衣装に身を包み、まるで王子様のようだ。そして、誰かに似ている。
「これは、アルベルト殿下」
そう言って頭を下げるセバス。その姿からは、相手に深き敬意を表しているのが分かる。
と言うか、本物の王子様だった。姫様のお兄ちゃんだ。
「何だい?いつも通り、アルでいいのに」
どうやら、なかなか気さくな人柄のようだ。
「申し訳ありません、アル様」
「うん、やっぱりそっちの方がしっくり……おや、君は?」
さも今気づいたという風に、俺に目を向け問い掛けてくる。
なので俺は、いつも通りに対応する。
「殿…下?殿下!?殿下の兄君の殿下!?申し訳ありません!!」
今更気付いたように、慌ててその場に跪く。
「うんうん、それで君は誰なんだい?」
割と失礼な態度を晒したつもりだが、そこには一切触れて来ない。
「はっ、私はグレン・ヨザクラ。卑しくも、アリシア殿下の配下として、その末席を汚させて頂いております、異世界の馬の骨に御座います」
セバスから、胡散臭そうな視線を感じるが無視だ。溜息も聞こえた気がするが、これも無視。
「ああ、君が噂の……。キャメロンの件では妹の為にありがとね」
「はっ、感謝の御言葉有り難き幸せ!」
「う~ん、堅いなぁ。迷い人は堅苦しいのが苦手な人が多いって、聞いていたんだけどね……あれ?」
そう言うと、何か気付いたように首を傾げる。見えないが、気配で分かる。絶賛、感覚は強化中だ。
「料理?を運ぶ途中だった?」
「はっ、陛下がアリシア殿下方との会食の場を設けられまして。その際、異世界の料理を披露する事も、ご要望になられましたので」
「ああ、僕はそれに呼ばれたのか。有無を言わさず来い、だったから何事かと思ったよ」
そう言って笑う王子様は、やはり気さくな雰囲気だ。
「……」
流石に、一緒になっては笑えない。王子様自身が何とも思わなくても、傍に控える彼の護衛もそうだとは限らないから。俺も時と場合は考える。弁える。
「そうだ!目的地は一緒のようだし、一緒に行こうか?」
勘弁してくれ。疲れる。
会食の場では、疲れる事が予想出来ているんだ。今から疲れたくはない。
「申し訳ありません。私は料理を運ぶ身。それが料理をお出しする相手と一緒に登場、となると流石に不作法すぎるかと」
「気にしなくても良いと思うんだけどなぁ。ま、いっか。じゃあ、僕は先に行くよ。料理が冷めたりしたら困るだろうから、急いでね」
冷製パスタだから、既に冷めてると言うか、冷たいんだけどね。
「はっ、お気遣い有難う御座います。冷めてしまったその時は、アルベルト様のせいに……失礼」
弁えきれなかった。
王子様の顔がポカンとなっている。初対面の相手に、こんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。
「あははははははは!」
ポカンとした顔が崩れ、笑い出す王子様。良かった。大丈夫だと思ったから口を滑らしたけど、冗談はお気に召したらしい。腹を抱えて笑っている。
護衛の人も、眉を顰めるだけで何も言わない。ヴィクトリアなら、間違いなく噛みついて来ていた。これが護衛としての差だろう。この王子様の護衛として、剣に盾に徹している証拠。それだけの忠誠心を捧げている事の表れであり、それだけの忠誠心を捧げるに値する主人である事の表れである。
「いいね、君面白い!」
「はっ」
「じゃあ、先に行って待ってるとするよ!料理と君の話を、楽しみにね!」
そう言うと、今度こそ王子様は行ってしまった。
何とも気さくで、温かい雰囲気を持った人だった。確かに、仕えがいのある主人なのかもしれないな。
「セバスさん?どうしました?」
振り返ると、俺の事を気持ち悪い物でも見るかのような目で、見てくるセバスがいた。
「以前も見ましたが、貴方のその変化は不気味で、気持ち悪いですね。知らないと、違和感を……いえ、知っていても、全く違和感を覚えられない変化だから、より一層ですね。≪虚影≫ですか。本当のグレン様は、どこにおられるので?」
台車を再び押しながら、ゆっくりと歩みを進める。
「あはは、酷い言い草ですねー。良いですけど。質問の答えですが、ここにいるのが私ですよ。見た目が変わっても、中身が変わっても、仕草が変わっても。何が変わろうと、ここにいるのが私です」
「……怖い人ですね。諜報員の中には自分を偽り過ぎて、本当の自分を見失った方だって少なくないのですが」
「偽っているからダメなんですよ。何を変えても結局、元は自分のままなのですから」
変装は相手を騙すものであって、自分を騙すものでは無い。騙す為に、別の者を演じきるのだ。決して、自らを偽るものでは無い。
だから、必要なのは演技力。超一流俳優だって、裸足で逃げ出すほどの、ね。
「そんな事が簡単に言える事自体、私からすればおかしい事なのですがね」
「あはははは」
そんなセバスの皮肉を、笑い聞き流しながら、歩みを進めた。
急ごう。あんまり遅くなると怒られるかもしれない。ヴィクトリアに。




