第八十九話
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目の前に居るのは、敵愾心剥き出しの逞しい料理人達。敵意どころか殺意も溢れている。
「ちっ……」
「けっ……」
「ぺっ……」
コナー家の一件が落ち着き始めた頃、俺の前にはどこかで見た光景が広がっていた。いや、明らかにあの時よりも酷いだろう。
今日は陛下との会食という事になっている。前回と違い、姫様達も一緒だ。大方、今回の一件の説明でもするのだろう。
そして、招かれた客のはずの俺は、城の厨房に立たされていた。
「あのー、セバス様?」
「何でございましょうか?」
「これは一体……?」
俺は、隣で好々爺とした笑みを浮かべるだけのセバスへ、疑問を投げかける。
「陛下は異世界の料理をご所望です」
「はぁ……親父達もいるじゃん」
姫様達からか、それともヴェディ辺りからか。どこからか、料理の事は聞いているのだろう。寧ろ、今まで料理に関して接触が無かったのが不思議なくらいだ。
何にせよ、一悶着起きる事なんて明らかなんだから、もう少しやりようはあったろうに。なんとなく分かって来たけど、≪賢王≫とか呼ばれる割には悪戯好きと言うか、何と言うか。謁見の時もニヤニヤしていたし。
「……おい小僧。細かくミンチにされるか、三枚に卸されるか、どちらか選べ」
どうやら、『一悶着』の原因であるこの一際ムキムキの料理人は、俺の死をお望みらしい。怒りにその声は震えている。握っているのは、肉屋で良く見る肉切り包丁。どうやら、本心はミンチがお望みらしい。
そのくせ、その視線は俺では無く俺の右腕、ルフィーナが掴む俺の右腕の袖に向けられている。ちなみに、ルフィーナはここに来てから一度も口を開いていない。そっぽを向き、ムキムキの料理人達の方を見ようともしない。
「……どちらも嫌です」
「あぁん!?」
本当に城勤めの料理人なのだろうか。チンピラと言うかヤクザにしか見えない。料理人のメンチの切り方じゃない。取り敢えず目線を逸らす。
「……ルフィーナさんどうにかして。めんどくさい」
「あ゛ぁ!?気安く俺の娘の名前を呼んでんじゃねぇよ!?それと、いい加減その薄汚い手を離しやがれ!!」
そう、この一見ヤクザ風なムキムキの男は、ルフィーナの父親。名をサンジェル。サンジェル・クックである。
「……あたいのご主人サマに、滅多な口利くんじゃないよ、クソオヤジ」
「ゴシュッ!?コロスコロスコロスコロス……」
「「「「コロスコロスコロスコロス……」」」」
サンジェルだけでなく、他の料理人の目も据わりだした。料理人の目じゃない。殺し屋の目だ。なんて恐ろしい奴らなんだろう。
事前にルフィーナから少し聞いていた話と、ここに来てからの彼等の様子から考えると、ルフィーナはここの料理人達の娘であり、癒しであったらしい。若い料理人の中には、狙っていた者もいたようだ。
俺達の関係に殺意が湧くのも当然だろう。俺としては迷惑極まりないのだが。
「はっ……!お袋に逃げられた奴が……探そうともしない奴が、今更父親面するんじゃないさね!」
「ぐはぁっ!?」
その言葉に、やや大袈裟に血を吐き仰け反るサンジェル。どうやら、複雑な家庭環境のようだ。
「探そうとしないのはダメですよねぇ~……」
「ぐっ、キサマに何が分かる……!?」
余所の家庭事情は確かに分からないけども。
「いや~、奥さんを探さないのは夫として、そして男としてダメだろうなぁ~、という事は分かりますよ?」
「ぐぬぬ……っ」
サンジェルは、悔しそうに歯噛みするとキッと俺を睨み付ける。
「ええと、何か……?」
「俺と料理勝負だ!!」
「えぇー……」
一応予想はしてたから、それ込みで時間は貰っているけど、面倒臭いなー。
「俺が勝てば、即刻ここから立ち去り、娘を解放しろ!そして、俺を侮辱した事を謝罪してもらおう!土下座でな!」
侮辱て。完全な言い掛かりだ。土下座の文化がある事にも驚きだよ。
「私が勝ったら……?」
「万に一つ、いや億に一つもその可能性は無いが、もし!奇跡が起き、小僧が勝てば認めてやる!!」
勝てば、陛下との会食の調理を任せてもらえるらしい。勝つ事が決まっている身としては、目の前の男達は道化にしか見えない。ルフィーナも、顔を背けながらニヤついている。
そんな事に気付きもしないで俺に敵意を向ける彼らは、正しく道化だった。
それから約一時間後。
目の前では、またしてもどこかで見た光景が広がっていた。
「ぬぅ……」
「く……」
「馬鹿な……」
「う、うま……くっ……」
作ったのは冷製パスタ。暑くなってきたので、涼し気な料理が良いだろう。会食にも、これを出すつもりだ。パスタが無いので、麺はそれっぽく作ったなんちゃってパスタだが、元を知らないから別に良いだろう。その内パスタを研究し、地球のレベルに近付ける猛者が現れるはずさ。
一時間ではパスタは作れないが、会食では冷製パスタを出す事が決まっていたので、屋敷で作り置きし完璧な保存が可能な、例の指輪に収納しておいたのを使った。本当に便利な指輪である。
「美味しいですか?」
「ぐぬ……ま、まあまあだな。もぐ……」
では、手と口を動かすのを止めたらどうだろうか。説得力皆無である。
「はんっ……素直に認める事も出来ないのかい!?そんなんだから、お袋は出て行ったんだよ!!本当に、器の小さい男さね!」
「ぶふぁっ!?」
わ!?汚いな。口から飛ばすなよ。
「ええと、私の勝ちという事でよろしいですか?」
ちなみに、サンジェルが作ったのは、アツアツのステーキである。地竜と言う名の、ワイバーンより上位の魔物の肉を使った、ステーキである。地竜は、ワイバーンよりも市場に出回る事が少ない。そんなのがあるとか、流石王城。金に物言わせた結果だ。
素材としては超一級品だが、調理となるとやはり、地球の知識を持つ俺に軍配が上がる。手際は良かった。焼き加減なども完璧だ。だが、焼いて塩コショウ・ハーブで味付け・香り付けしただけの料理に負けるつもりは無い。
「ぐぅ……そ、そうだな……がはっ……はぁ、はぁ……キサマの勝ちだ……ごほごほっ……認めてやる……っ!………ぐはっ!」
血を吐くほど嫌か。鬱陶しかったが、一周回って面白くなってきたな。このおっさん。
「では、料理は私が担当させてもらいますね!ルフィーナさん、手順は見ていましたね?」
「ああ、ばっちりさね」
流石、優秀だな。
「じゃあ、頑張ってください!」
「はいよ……その、上手く出来たら……」
モジモジしだすルフィーナ。何が言いたいかは、分かっている。
「はい、一杯褒めてあげますよ」
「~~っ♪」
「「「「「がはぁっ!!!?」」」」」
ルフィーナの可愛い姿に、サンジェルを初めとする料理人達は血を吐いた。
いい加減汚いぞ。ここは厨房だ。衛生面に気を付けやがれ。
「~~♪~~~~~♪~~~♪……」
「………………………………………」
「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺……」
「怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨……」
「恨恨恨恨恨恨恨恨恨恨恨恨恨……」
「嫉嫉嫉嫉嫉嫉嫉嫉嫉嫉嫉嫉嫉……」
「妬妬妬妬妬妬妬妬妬妬妬妬妬……」
鼻歌を歌いながら、調理するルフィーナ。
それを静かに見守る俺。
その背後で怨嗟の籠った言葉を吐く、サンジェル達料理人。
我関せずと、その全てを見ているだけのセバス。
「はぁ~~……」
中々にカオス な、空間である。
「おい、小僧」
怨嗟の呟きが止む。
「……はい?」
先程とは打って変わって、真面目な表情のサンジェル達。
「約束通り、俺達はお前の事を認める」
「ああ、はい。ありがとうございます?」
「ふんっ、すかした奴だ。気に食わん!良いか?もし、娘を悲しませれば許さん!」
「ほへ?」
何の話だ?
「俺は確かに家庭を顧みない、禄でも無い父親だった。だが、娘に対する愛情は本物だ」
「あ、あの……?」
マジで何なの!?これってアレだよな!?なんか可笑しな方向に話が進んでいるぞ!?
「娘が泣くような事になれば、俺が……いや、俺だけじゃない。ここにいる全員でキサマを殺す。人として死ねると思うなよ!しっかり料理して、魔物の餌に「あ、あの!!」……なんだ?」
「……な、何の話です?」
何となく分かっているが、一応聞いてみる。流石に捨て置けない。勝手に話を進められても困る。
「何って。キサマと娘の結婚の話だろうが。言っただろう?認めるって」
「んなっ!?」
思っていた通りでした。サンジェルのみならず、他の人の目も本気。って言うか、血走っていて怖い。
会食の料理担当を決める話は、いつの間にか結婚の話になっていました。




