第八十八話・後 ≪クロエ・ルゥ・ヒューイット≫
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姫様は勿論、私もこの事に関しては一切話してはいない筈です。その目的を知る者の殆どは、サブリナで活動中。ここで知る者は、私とヴィクトリア様含め数名。そして、姫様の許可無く他人に話すのは、固く禁じられています。
「な、何故……っ!?い、いえ、何の話ですか……?」
私の動揺を余所に、グレン様は何て事の無いように言葉を続けます。
「だから、姫様の目的ですよ。サブリナを一大都市にするのが目的ですよね。そう、言うなれば……多種族混成巨大都市・サブリナって所ですか?」
そう笑顔で言うグレン様に、私は恐怖しました。
多種族混成都市・サブリナ。その言葉は、確かに姫様の目的を的確に表しているように思えました。
しかしここで気にするべきは、誰がグレン様に姫様の目的を話したのかという事。姫様からは、話したという事は聞いていません。私は当然、ヴィクトリア様も話してはいないでしょう。そもそも、配下の者で許可無く姫様の計画をベラベラと話す、そんな愚か者はいない筈です。
他に知っている者と言えば、陛下でしょうか。しかし、姫様は『誓約を交した』と、そう仰られていた筈です。他言しないという誓約を。もし、その誓約に穴があったのなら、見直しの為にも確認する必要が出てきます。
「……陛下に教えて貰ったのですか?」
「違いますよ。勿論、姫様でもありません。と言うか、誰かに聞いた訳じゃありませんから」
違う事にホッとし、続く言葉に驚きました。
「では、どうやって……」
「盗み見ました」
「は?」
「屑共の調査に入る前に、朝から姫様の書類の手伝いしていましたよね。その時盗み見ました。見せて貰えなかった書類も、姫様が手元でペラペラしていましたからね。視力を強化すれば、造作も無い事です」
グレン様の言葉を理解できません。この方は何を言っているのでしょうか。
「盗み見?視力を強化?何を言っているのですか?そもそも、魔力の動きなんて……」
視力の強化。身体強化の応用でしょう。緻密で精密な魔力操作が出来る者の中には、肉体の部分的な強化が出来る者が居る、というのを聞いた事があります。視力の強化もそういう事なのでしょうか。
「私の保有魔力量は少ないですからね。最小の魔力で、最大の強化が出来る様に鍛練しました。その結果の『身体強化・極』です。おかげで夜目も効きますし、耳の方も……そうですね、ここからリナ達の寝言が余裕で聞こえるくらいには良いです」
「っ!?」
ま、周りが静かであればってのが条件に付きますけどね、というグレン様の小さな声は、耳には入れで理解が出来ません。
「だから、視力・聴力は基本常に強化していますよ」
「ま、まさか……盗み聞きも!?」
先程もまるで見聞きしたかのように、話していました。計画に関しても、盗み見だけでは無く盗み聞きもしていたに違いありません。サブリナに関する報告書を見ただけで、これほど的確に計画を予想できる筈がないのですから。
「嫌だなぁー。そんなはしたない真似しませんよー。あっはっはっはっはっ」
「………」
そのわざとらしい態度に、思わずジト目を送ってしまいました。
「……本当にしてませんよ、そんな真似は。私が見せてもらえなかった書類のほぼ全てが、魔族に関する事でした」
「っ!」
本当に盗み見られていたようですね。
「それも、排除しようとか、そういうものじゃ無く、保護だったり友和だったりに関する事。そこから、殿下は魔族に関して悪感情を懐いていない事が分かります。夜魔族に関して報告した時も、悪感情は見せませんでしたからね」
「……姫様は種族による差別を嫌っていますから」
「みたいですね。騎士団に獣人部隊や魔族部隊もいるようですし。報告書を盗み見て分かるのは、これ位でしょうか」
獣人部隊の方は兎も角、魔族部隊はトップシークレットなのですがね。
「……それだけで、多種族混成都市などと言う言葉が出てくるとは思いませんが」
「後は、殿下の立場ですね。殿下が城に住んでいないのには、王位継承権の破棄と言う意味もありますよね。そして、サブリナと言う都市の特殊性。それらを含めて考えると、自ずと見えてきますよ。殿下は、サブリナの一領主となって、種族に拘らない『居場所』を作るつもりなんだ、ってね。理由までは分かりませんがね」
まさにその通りでした。姫様がそう思う様になった経緯までは分かっていないようですが、一切の訂正箇所はありませんでした。
グレン様の頭の中は、一体どうなっているのでしょうか。あれだけの戦闘力をもちながらそれを完璧に隠し、その上頭の回転・洞察力なども一級品。正直に言って化け物です。22歳で、そこまで成れるものなのでしょうか。
やはり、私はグレン様が怖くなったのでした。
翌日。久方振りに父に呼ばれました。それも王都の自宅にです。
宰相として、城に詰めている事が多いので、初めての事です。こうして、真っ昼間に呼ばれる事も。
「お前から見てグレン・ヨザクラはどういう男だ?色々と知っておるのだろう?」
やはり、グレン様に関する事ですか。
「……正直分かりません」
「そうか。お前もか」
父も同様のようです。その顔に浮かぶのは苦笑い。テカった右頬が僅かに上がります。
「陛下やオスカーも信用しておる。ワシも悪い奴だとは思わんのだがな」
「私もそう思います」
「……」
「……」
お互い言葉が続かない。父は、グレン様の事で頭を悩ませているようです、難しい顔で考え込んでいます。
「……クロエよ、グレンと契りを結べ」
「っ!?」
心臓が激しく鼓動を打つ。
「アレは手放すには惜しく、敵に回したら終わりだ。それは避けるべきだろう」
「ひ、姫様にも、同じ事を提案されました」
父を相手に隠し通せるとは思ってないが、それでも動揺を押し殺す。
「そうか。で、どうした?」
「……こ、断りました」
「……そうなのか?」
それは、心底驚いたと言った風な顔でした。
「……わ、私は姫様のメイドで、若くも無「だが、好いておるのだろう?」っ!?」
言葉を被せてきた父は、柄にもなく父親の顔をしていました。
「アレなら構わん。『迷い人』であるなら、身分差など無いに等しい」
「……~~~~っ!?し、失礼します!!」
それ以上は聞いていられなくて、私は逃げる様にして父を、屋敷を後にしました。
心臓の鼓動が激しい。まるで、暴れているかのようです。
父は確信を持って、私がグレン様をその、す、好きだと、言ってきました。宰相たる父も、子飼いの情報屋がいるので、私の様子など筒抜けなのでしょう。
姫様も、当初は私だけに結婚の話を持って来ていました。断った時も、意外そうな顔をしていたように思います。
傍から、見ればそう見えるのでしょうか?
「私が、グレン様を……?」
す、好きなのでしょうか?
グレン様といるのは楽しいです。当初からは、考えられないくらい好意的だと思います。キッカケは、あの時の説教だったかと思います。
口調を変え態度を変え、姫様を説教する姿は、不覚にもときめく程カッコ良かった、というのが正直な感想です。あの時から、グレン様を見る目が変わった事は事実なのです。そして、あの姿が姫様だけに向けられているのが、途轍も無く嫌でした。
軽口を叩くのも楽しくなりました。他の女性と仲良くしている姿を見ると、胸が苦しくなります。守ると言われ守ってくれた時は、胸が高鳴りました。そして、距離を置かれるのが、避けられるのが、嫌われる事が、怖い。
ああ……やっぱり、私はグレン様が好きなようです。強くて、カッコ良くて、おちゃらけていて、怖くて、謎で。私の初恋は、そんなグレン様のようです。
この感情に気付くのが嫌でした。だから、ずっと目を逸らして来たのに。父の、あの豚のせいです。
『メイド』な私は、『女』にはなれません。私は何処まで行っても、最終的に優先するのは姫様でしょうから。そんな愚かな私は、グレン様の相手には相応しくないでしょう。
孤児院の前では、グレン様達が遊んでいます。素敵な笑顔です。
恋をするというのは良いものですね。世界が輝いて見えます。少し前のヴィクトリア様も、こんな世界を見ていたのでしょうか。
私は、グレン様と添い遂げる事は出来ないので、今後も苦く辛い思いをする事になるでしょう。それでも、この恋を楽しみましょう。初めての、そして最後の恋を。
遊んでいたグレン様達が、孤児院の中に戻って行きます。
「あ……」
中に戻る直前、グレン様が振り返り、私に向かって会釈しました。
そんな些細なやり取りに、胸が高鳴ります。グレン様にとっては、ただの挨拶でしょう。私の事など、何とも思っていない事も分かっています。それでも、嬉しいのです。
そして、こうして意識し始めたからこそ、気になり始める事もあるのです。
「ハ……っ!?」
グレン様はまだ見えています。だから、咄嗟に口を噤みました。聞こえるかもしれませんから。
脳裏を過るのは、夜魔族との戦闘の後の事。ヘレン様による治療を終えたグレン様を、看病していた時に聞いた言葉。
追うように、探すように、渇望するように。うなされていたグレン様が、言葉を漏らしました。その時の光景は、思い出すだけで胸が締め付けられます。この想いを自覚したからこそ感じる、この苦しさ。あぁ、胸が痛い。
やがて、グレン様の姿が孤児院の中に消えます。それから、たっぷり一分。念には念を押して、口にします。恐ろしくて、直接聞けないその問いを。
「ハルカって誰ですか……っ?」




