第八十八話・中 ≪クロエ・ルゥ・ヒューイット≫
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ヴィクトリア様の様子がおかしい。
あれから程無くしてやってきたヴィクトリア様は、どこかぎこちない様子でした。部屋に入って来る時は躓き、姫様への報告は噛み噛み。どこからどう見ても、おかしな様子なのです。そして何より……
「トリア、どうして貴女の顔も赤いの?」
「ううぇ!?」
奇妙な声を上げるヴィクトリア様。
それはもう、誤解のしようがない程に、真っ赤です。顔だけでなく、耳まで。羞恥から来るものでしょう。
そうなってくると、相手が気になってきますね。以前でしたら、キャメロンが有力だったでしょう。しかし、アレはもういません。となると、自ずと決まってきます。
「……グレン様ですか?」
「んにゃっ!?ち、違うぞ!べ、別にあいつとはにゃ、何もなかった!た、ただ、ここに来る前にはにゃ、話をしただけだ!」
噛み噛みのそんな言葉を素直に信じる人は、この場にはいないでしょう。ああ、胸がざわつく。
「……どんな話を?」
「どんにゃ!?そ、それは……~~~っ!?」
何を思い出したのでしょうか、ヴィクトリア様の顔が更に赤くなります。その様子はまるで乙女です。……何でしょう、ムカつきます。
「ふふふ、これならトリアでも良いかもね」
「……姫様?」
それは、私にした話をヴィクトリア様にもするという事でしょうか。ああ、なんか嫌だ。
「ねぇ、トリア。グレンと結婚しない?」
「ふぁ!?」
「彼ほどの男を手放すのは避けたいの。他の人に渡すのもね。だから、この地に私の下に縛り付けたい。勿論、無理強いはしないわ」
グレン様が陛下の前で行った宣言。アレが、姫様の琴線に触れたのでしょう。それで期待が大きくなっているのではないでしょうか。
「け、け、けっ、……~~~っ!?あ、あああの男と!?む、むむむむむ無理です!!」
そう叫ぶと、胸についた無駄な脂肪を掻き抱く。イラッとしますね。
それにしてもどこまで想像したのでしょうか。今までのが比にならないくらい赤くなっています。以前から思っていましたが、ヴィクトリア様はムッツリスケベ、という奴ではないのでしょうか。想像力、というか妄想力が逞し過ぎます。
「そう……。なら、ルフィーナ達が良いのかしら」
「ク、クロエはどうなのだ!?」
「私は……」
「クロエには、既に断られたわ」
このままだと、ルフィーナ様達がお相手となるのでしょうか。あの方々はグレン様を慕っているので、案外お似合いかもしれません。私には胸もありませんから、グレン様が私を女として見る事は無いでしょう。
私はあの時『メイド』になりました。そして、これからも『メイド』として生きていきます。今更『女』になる事はありません。
皮を被りましょう、『メイド』の皮を。仮面を被りましょう、『メイド』の仮面を。そうして、この数週間で揺さぶられた『女』を再び『メイド』で封じ込めましょう。
私は、クロエ・ルゥ・ヒューイット。アリシア殿下に仕える、ただのメイドに御座います。
姫様達との話が終わる頃には、既に日が落ちていました。夜風が気持ちいい。最近は暑くなってきたので、余計に気持ちいいですね。
本当なら、姫様の傍にいなくてはならないのでしょうが、今はヴィクトリア様もいるので少しだけ抜け出してきてしまいました。
「あれ?クロエさん?」
後ろから声を掛けられました。グレン様です。言葉が丁寧なのは、人の目があるからでしょうか。
それは兎も角、何故でしょう。服も髪もぐちゃぐちゃです。暗いのではっきりは見えませんが、顔には引っ掻き傷のようなものも見られます。
「……それは、どうしたのですか?」
「あはははは。少しリナ達と揉めまして。ちょっとおイタが過ぎたので、全員分のプリンを目の前で平らげて見せたら、思いの外逆襲が激しくて。いやー、最近の娘は強いですねー。あっはっはっはっは」
そう言って、グレン様は頭を掻いています。その姿は、夜魔族を圧倒しキャメロンを惨殺した姿とは、似ても似つきません。まるで別人です。
「……楽しそうで何よりです」
「クロエさんはどうしたんです?こんな所まで来て。確か、姫様に呼ばれていたのでは?ヴィクトリアさんも一緒でしたっけ。その様子だと終わったようですけど」
そう言って、グレン様は辺りを見回します。釣られて私も見回しました。暗くて良く分かりませんが、花が沢山咲いている場所のように見えます。
やがて気付きました。私はどうやら、孤児院の娘達が毎日世話している、花壇に来ていたようです。いつの間にかこんな所まで。少々ボーっとし過ぎましたか。
「……考え事をしていました」
「殿下に何か言われました?そう、例えば……私の今後の扱い、とか?コナー家の一件も一段落ついた頃なので、タイミング的にも丁度良いでしょう」
「っ!?」
「お、その反応当たりですか?」
それはもう分かっていたかのように、しかし当たっていたのがさも嬉しそうに、グレン様は言いました。
「…………」
私とグレン様は、協力関係にあります。しかしだからと言って、何でもかんでも話すわけではありません。特に、先程の姫様との話は内緒にしておくべき事でしょう。その為、これ以上は答えるつもりが無いと、そういう意思表示として口を堅く閉じます。
しかし、グレン様はそんな私の様子に微笑みながら、尚も続けます。
「そうですね……私なら………。まずは政略結婚について考えますね」
「っ!?」
まさにその通りだったので、その言葉に私は驚き息を呑みました。
「その様子から見るに、まずはクロエさんとヴィクトリアさんが候補に挙がったんですか?まあ、姫様に近いですからね」
「……断らせて頂きました」
私はつい答えてしまいました。グレン様の反応が見たくて。
「でしょうね。ヴィクトリアさんは言わずもがな、クロエさんの雰囲気も硬くなっていますし。初対面の頃を思い出しますね。まあ、クロエさんがどんな態度を取ろうが、私は気にしないので今まで通り接しますけどね。あっはっはっはっは」
「っ!?」
そんなグレン様の言い様に、封じ込めた筈の『女』がざわつく。そして笑い声を上げながらも、一切笑っていないその目が、私の心を覗き込むように向けられ、私は意味も分からず動揺してしまいます。
「あはは。それで話を戻しますけど、お二人が断ったという事は他に候補が上がったんですよね?順番で行けば、ルフィーナさん達かな。ルフィーナさんの父親は、大層な親ばかだって話ですから大変そうですけどね」
「……」
楽しそうに、面白そうに、グレン様は言葉を続けます。
「ここの騎士団の性質上、強制とかも出来ませんから余計大変でしょうね」
「知っていたのですか!?」
「当然。身を寄せた所の事を全く知らないなんて、愚かにも程があるでしょう?確りと調べていますよ、色々とね」
色々。その言葉は、私の不安を煽ります。この騎士団には、政略結婚を嫌った貴族の子女の受け皿の他にも、様々な一面があります。その中には、姫様を初め一部の者しか知らない事もあるのです。もし、それを悪用されるような事があれば一大事です。
「……それを知って、どうなさるおつもりですか?」
どこまで知っているかは分かりませんが、最悪の場合は私が……。
「どうもしませんよ?一応の備えです。知らないっていうのは、後手に回ってしまう可能性がありますから。それに、姫様の目的を考えると、知っておいた方が良いでしょうし」
でしょうね。
この数週間、近くでグレン様を見てきた者としては、そんな事をするとは思えません。大層な嘘つきで高い演技力から考えて、断言するのはやや恐ろしいですが、大丈夫でしょう。これで騙されていたりしたら、私は『人』を信じられなくなります。
そして、グレン様の能力は高いので、姫様の目的に大いに役立つ事でしょう。まだ姫様はグレン様の本性を知らないので、当分は裏で……っ!?今、グレン様は何と仰いましたか?『姫様の目的を考えると』?
何故、グレン様が姫様の目的を知っているのですか?




