第八十八話・前 ≪クロエ・ルゥ・ヒューイット≫
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「地獄で永遠に贖い続けろ」
そう言って、グレン様はキャメロン様、いえキャメロンを細切れにしました。その太刀筋は、私でも捉える事が出来ませんでした。
「か~~っ!この世界に来てから、また一段と強くなったよなー。お父さん嫉妬しちゃう!」
そう私の隣で話すのは、グレン様の父親。陛下が従える暗部の長、ゲッコウ様です。
先日、夜魔族に関する報告で、グレン様と陛下の下を訪れた際、陛下に暗部の長を紹介され、グレン様には父親だと紹介されました。意味が分かりませんでした。
詳しく話を聞くと、どうやらグレン様より半年ほど早くこの世界に迷い込み、公務からの帰路に就いていた陛下とお会いになったらしいのです。グレン様と再会したのは、初めて陛下に呼ばれた、あの時と言っていました。グレン様はもしかしたら暗部の出なのでは、と思った事もありましたが、そんな事はありませんでした。暗部との、陛下との繋がりが強いのは、父親の存在があったからだったようです。
それにしても、半年で暗部の長ですか。ゲッコウ様もグレン様同様規格外のようですね。
「……ああ、お前達も来たか」
暫く肉塊を眺めていたグレン様の目が、こちらに向けられるます。剣を振るい、血が飛ぶ。そのまま剣を仕舞うと、こちらに歩いて来きました。
その傍らには、さも当然のように夜魔族の長・ヘレン様が寄り添っています。その光景に何故か胸が痛みました。
「……今しがた、ゲッコウ様の空間魔法で」
「そうか。便利な魔法だな」
そう言って、グレン様は再び肉塊を一瞥します。
僅かな沈黙。
「……これが俺だよ、クロエ。それでも俺に協力するかい?」
「例の計画を聞いた時から、協力すると決めています。姫様を守るために、私も貴方様と共に、汚れた道を歩きましょう」
一歩間違えれば、今回得た信頼も全て、グレン様は失う事になるでしょう。それほど危険な事をしてでも、姫様を、そして屋敷の女性達を守ろうとしておられるのです。それを知って、知らぬふりは出来ないでしょう。
「そっか……。ありがと」
「っ!ひ、一つ懸念が」
笑うグレン様の顔から慌てて視線を外し、ヘレン様を睨み付けます。
「ヘレンが、どうかしたか?」
「私はその方を信用出来ません」
「?何故だ?」
本気で理解して無さそうなグレン様のその姿に、頭に血が昇る。
「その方は、グレン様を殺そうとしたんですよ!いえ、アレは死んでいてもおかしくなかった!それなのに!どうして、そんな女を傍に置いておけるのですか!?」
その時、私は何も出来ませんでした。目の前で血を流すグレン様に、何も出来ませんでした。ユニーク魔法を使い、止血が出来ました。ユニーク魔法を使い、グレン様を連れて逃亡する事も出来ました。だけど私は、胸に心臓に穴を開け、血を流すグレン様を前に、ただ呆然とパニックを起こしていただけでした。
ヘレン様は危険です。グレン様を殺し得る力があるのですから。
「酷い言い草じゃのう。じゃが、反論も出来ぬ」
「馬鹿言え。あの時とは状況が違うだろ。クロエ、その答えは簡単だ。ヘレンを信用しているから。それだけだ」
「しかし、その女がもし裏切ったら……っ!」
「その時は、ヘレンが死ぬだけだ。俺は死なん」
「っ!」
グレン様は、そう堂々と答えます。言っている事は何の根拠も無い事。しかし、思わず信じたくなる何かが、そこにはありました。
「そう心配するな」
グレン様の顔が、堂々としたものから、揶揄うようなものになる。
「っ!?」
「俺は、お前が思っているより強い。隠している手札も十枚以上だ。だから、そう心配するな。くくっ、案外可愛い奴だよな、お前は」
「~~~っ!?し、失礼します!姫様にも呼ばれているので!ゲッコウ様、お願いします!!」
どうして、この方はいつもいつも……っ!
「お、おう」
グレン様の言葉に顔が赤くなるのを自覚しながら、逃げる様に地下牢を後にしました。
コンコンコン
「入りなさい」
姫様の言葉に扉を開き、一礼して中に入る。
呼ばれたのは、私とヴィクトリア様。しかし、彼女はまだ来ていませんでした。
「早かったのね………あら?」
「如何なさいました?」
手を休めながら顔を上げた姫様が、私の顔を見て首を傾げます。
「どうしたの?顔が赤いわよ?」
「っ!?」
しまった。もう少し時間を空けるべきでした。
「グレンと陛下の下へ行っていたのでしょう?何かあった?」
姫様は当然、地下牢での一件は知りません。私達は陛下の下へ、夜魔族に関する報告に行っていた事になっているのですから。
「グレンにでも揶揄われた?」
「!そ、それは……!」
「ふふふ、随分仲良くなったのね」
そう言う姫様の表情は、この間のような揶揄うものではありません。嬉しそうに笑っています。
「そ、そんな事は……」
「トリアは遅れてくるだろうから、先に少しだけ話をしましょうか」
ヴィクトリア様は今、右に左にと大変忙しく奔走しています。人一倍働いているのです。休憩も、余り取っていないように見えます。しかし、それで良いのでしょう。
素直には認めないでしょうが、ヴィクトリア様はキャメロンを慕っていました。だから、考えないようにしているのです。忙しく動き回る事で、余計な事を考えなくて済むように。
それでも時折、辛そうな表情をしているのを見かけます。私達では、何も出来ないのが悔しい。グレン様なら、どうするのでしょうか。
「先に少しだけ……ですか?」
それはつまり、ヴィクトリア様にはしない話をするという事。
「ええ。ねぇ、クロエ。グレンと結婚しない?」
「っ!?」
結婚?私とグレン様が?何で?
「な、なぜ?」
その疑問が、素直に口から出る。
「グレンは優秀よ。正直、私には勿体ないくらい。でも、だからって他の人になんか渡すつもりは無いわ」
それはつまり、この世界のそれも姫様に近しい人と婚姻関係を結ばせ、グレン様に柵を作るという事。そう、俗に言う政略結婚。
ですが、それは……
「勿論、強制するつもりは無いわ。貴女が良ければ、よ」
それは、そうでしょう。
このロゼリア騎士団は、政略結婚を望まない貴族の子女の集まり、と言う側面も持つ。そこの頭たる姫様が、政略結婚を強制していたら世話ありません。
「しかし……でも……」
私がグレン様と結婚。
確かに、グレン様は手放すには惜しい人材です。賢く、強く、そして見た目も美しい。特に戦っている時の表情や、姫様に説教した時の表情なんて………こほん。そうではありません。
良く考えれば優良物件です。他の人はグレン様の本性を知らないので、今がお買い得なのではないでしょうか。だけど、私は既に22歳。世間一般では、行き遅れと呼ばれます。そんな私が、今更結婚なんてしても良いのでしょうか。
やはりグレン様も、若い人が良いのではないでしょうか。≪麒麟の角≫のナンシー様とは、親密の様でしたし。ルフィーナ様など料理人の方達とも仲が良いようですし。他にも若くなくとも、ジェシカ様やフィロメーナ様それにヘレン様など、とても美しい方がいます。……ああ、胸が苦しい。
「年齢も同じだから、ちょうど良いかな、と思ったんだけど……」
「!」
そうでした。グレン様は既に成人。22歳とも以前仰っていました。確かに、私なら同じ年齢で他の方よりかは、気が合うのではないでしょうか。しかし……
「あんまり、乗り気じゃない?」
「そ、その……。グレン様がす、好きとかそう言う訳じゃありませんので……」
そう、今更恋をするような歳でもないのです。だから、好きなんて事はないはずです。グレン様も、私のような面白味の無い人間はお嫌でしょう。……ああ、本当に胸が痛い。
それに、グレン様は多分…………
「っ!?」
その可能性が、脳裏を過る。胸がさらに苦しくなる。
胸の痛みの正体は、突き止めない。そんな事をすれば、私は耐えられなくなるでしょうから。
姫様の手前、その胸の苦しさを表情や態度には一切出さず、ヴィクトリア様が来るのを待つのでした。




