第八十五話
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心が壊れてるのもそうだが、ここにいる娘達は身体も壊れている。栄養失調は言うに及ばず、比較的年齢の高い娘達に関しては最悪、妊娠の可能性もある。精密な検査と手術が必要だ。
だが、この世界には恐らく、地球の様な医療技術は無い。少なくとも今日まで、見た事も聞いた事も無い。治癒魔法があり、魔法薬があり、薬草等もある。科学的な医療技術は、発展していないだろう。
だが今回の場合は、地球の手術技術がいる。
その為に声を掛けるべきは、一人。
「暗部の長の方に来てもらいたいのですが」
「長なら既に向かいました」
「!そうですか」
悔しいが、流石親父。この状況も予想していたか。
俺も親父も、ある程度の医療技術は身に付けている。仕事柄怪我する事も多い為、場合によっては自分で自分を手術したり、医者がいない場合などは、代わりに手術を担ったりする必要があったのだ。
無論、免許は持っている。裏ルートで取得した、偽名の免許だが。素性がばれる事の無いようにするためだ。法には触れているかもしれないが、致し方ない事。そもそも、殺し屋自体無法者な存在である。気にしても仕方がない。
そして、親父に頼むのは当然妊娠した娘の処置。本来なら俺もやるべき事なのだろうが、今の俺の立場は『頭は働くが、戦闘面は期待できないナヨった奴』だ。手術なんて出来ないキャラだ。だから、ここは親父に任せる。
「ここの娘達か?」
「っ!?」
「!?うわぁぁぁぁ!?」
突然現れた、フードの男に皆が驚き警戒する。ついでに俺も大袈裟に驚いておく。実際、いきなり現れたから少し驚いた。予想していたから、俺は少しで済んだけど、彼女達は相当驚いたようだ。
いきなり俺の隣に現れたのは、やはり空間魔法によるものだろう。どんな原理かは知らないが、羨ましい。あー、忌々しい。
「び、びっくりしたぁ~……。お久しぶりです」
「ああ。それで、ここの娘達だな?」
「ええ。念の為全員一通りの検査を、と考えてます」
「……そうだな。分かった」
お互い、服の下は鳥肌が立っている。親父に丁寧な言葉を使うのも、息子に丁寧な言葉を使われるのも、普通に気持ち悪い。
その為この会話は短く、親父はすぐに姫様の方へ向き跪く。
「お初にお目に掛かる、アリシア王女殿下。私は陛下に仕える、暗部の長。ゲッコウと申す者です」
「暗部の長……。その格好は無礼でなくて?脱ぎなさい」
「申し訳ありません。しかし、我ら暗部は陛下の影。いかに王女殿下の前と言えど、このローブは脱げませぬ」
顔が割れていれば、暗部として活動するのに支障が出る可能性がある。
「それもそうね。それに、私が陛下の配下に命令は出来ないわね。無理を言ったわ」
「いえ、殿下の寛大なお心に感謝します」
他の理由を上げるとすれば、俺と血縁関係があるとばれるから。親父の変装技術もそこそこのモノだが、俺には及ばない。それに、今は例の顔が分からない魔法ローブの為、変装はしていないだろう。もし、ローブの下の顔を見られれば、一発で俺との関係性がばれる。お互い日本人迷い人の特徴、『黒髪、黒目』なのだから。
「それで、何の用なの?グレンも用があったみたいだけど」
「この娘達は、教会の方へお連れ下さい」
ここで言う教会は、この王都にあるエレノア教の教会を指す。孤児院も教会ではあるが、規模が違う。王都の教会は、エレノア教教会本部がある聖エレノア教国から、正式に派遣されたエレノア教徒によって建てられている。詳しくは知らないが、派遣された人も相応の地位にある人物だ。
そして何よりエレノア教徒の為、光属性の魔法が使える。そう、治癒魔法だ。故に教会は病院、この世界で言う治療院としての側面も持つ。
「そうね。屋敷に連れ帰って、暫くは私達で面倒を見ようと思ったけど、それが良いかもしれないわね。『花の都』にも連れて行くのでしょう?」
「ええ。それが良いかと」
『花の都』。それは、人口の95%が女性という、一見男にとっては夢のような都市。しかし、その実態は夢どころか現実を見せつけられる場所である。多くの男達が、夢を求めて訪れ、現実に心を折られる都市なのだ。
『花の都』は、カーネラ王家の名の下に、完全自治が許された都市である。その理由は上記にある、女性達の境遇にある。この都市の女性達の殆どが、性的被害者達なのだ。
先代国王の王妃、故ローズ・フォン・カーネラは心を痛めた。欲に塗れた貴族、盗賊、粗野な冒険者等に、欲望の捌け口として使われる女性がいる事に。しかし、いかに王妃と言えど、それら全てを救う事は出来ない。事前に察知し、守る事も出来ない。
ローズは悩んだ。そして、決断した。それなら、せめて被害に遭った女性達だけでも救える環境を整えよう、と。多くの困難が立ち塞がった。それでも、成し遂げた。出来上がったのは一つの都市。ここに、被害に遭った女性達を保護し始めたのだ。そして、男は徹底的に排した。
故に、兵士も女のみ、騎士も女のみ、商人も平民も貴族も、そして領主も女のみだった。この都市には入れる男は、様々な厳しい条件をクリアした者のみ。暮らすとなると、さらに厳しい条件が課せられる。しかし、そこは被害者女性達にとって楽園だった。同じ傷・似た様な傷を持つ者が隣にいて、共に励まし合い、支え合い生きていけるのだから。
やがて、そこは男達の理想郷と言われるようになる。欲に支配された男達が、足を踏み入れようと蠢きだす。しかし国が守り、そして彼女達自身で守っている。苛烈に、鮮烈に。30年の時を経てその都市は、さながら城塞都市のようになった。女性を守るための都市だ。
次第にその都市は、『花の都』と呼ばれるようになる。
男達が夢を見て、そう呼んだ。女達がローズを讃え、その名が意味する薔薇にちなんで、そう呼んだのだ。
「……神殿への連絡は?」
「まだです。お願い出来ますか」
「分かったわ。トリア行くわよ」
「はっ」
そう言って姫様達は、この部屋を出て行く。その直前、姫様が振り返り俺を見つめる。
「……貴方はどうするの?」
「私はここに。まだ、この方に用がありますので。あ、キャメロンは置いていってくださいね。私が引き摺って晒し者しながら連れて行きますので」
「……そう。なら任せるわ」
小さい声でそう言って、今度こそ姫様達は出て行った。
地下の部屋に残るのは、俺と親父のみ。監視もいない。ちなみに、キャメロンはずっと気絶している。階段を引き摺って降りたのが堪えたようだ。
「はぁ~~……。じゃあ、親父。あの娘達の事任せるな」
「ああ……王女サマと何かあったのか?」
「……ほっとけ」
今のやり取りだけで気付かれたようだ。
「くくくっ、そうかい。相変わらずだな……それで、あの娘達は全員生かすんだな?」
「ああ、悪いな。本当なら俺も、いや、俺がやるべきなんだろうが」
「気にすんな。あの時、と一緒だ」
「そっか……そうだな」
昔、一度だけ親父と仕事をした事があった。とある宗教の、高い地位にある者の秘密裏の暗殺。そいつは、汚職の限りを尽くしていた。そして、そいつの屋敷の地下には、ここと同じような光景が広がっていた。
俺達は今回のように女性達を保護した。知り合いの経営する孤児院に預け、その時も決断した。まだ生まれてきていない、その小さな命を奪うと。被害女性達の望みを叶え、俺の我儘で彼女達に生きてもらうために。
しかし、問題があった。女性達の救出に気を取られている間に、例の屑に感付かれ逃げられたのだ。そこで、俺達は二手に分かれた。俺は屑を追い、親父が手術を担当した。
また、親父にも背負わせてしまった。
「だけど……すまん」
「言っただろ。あの時も、そして今回も。お前が決めた事に、俺は賛同した。だから、この咎は俺とお前のものだ。二人で背負っていくべきものだ、と。だから、俺がやるんだ。それに、息子に頼られるのは、父親として良いものだぞ?」
そう言って、片目を瞑る親父。いや、顔は見えていないのだけど。その姿が思い浮かぶ。
「……ふん、クソオヤジが」
生まれてくる赤子に罪は無い。勿論妊娠したあの時の娘達にも、罪なんてあるはずは無い。罪があるのは、醜い欲に忠実だった屑共。
その赤子の命を奪う事で、俺達が背負うのは罪では無く咎。罪なき者の命を奪い、俺達は重い咎を背負う。理解してくれる人もいるだろう。それでも、これは咎だ。結局は俺の我儘によるものだから。だから、背負っていく。
曲がりなりにも正義の味方である俺が、背負うべきものなのである。




