第八十四話
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こうやって泣ける内は良い。その感情が、明日を生きる糧となる事もあるから。問題は泣けない娘だ。生きるのを止めてしまった娘達。
その中の一人に近付く。
「……ころして、くろいしにがみさん」
真新しい凌辱の痕跡。キャメロンが先程ここから出て来たのは明白。何があったかも火を見るより明らか。
「悪いが、今の俺は死神じゃない」
「……そう、じゃあ、しにがみになって。おねぇちゃんに会いたいの」
抑揚の無い声で、そう告げる。目は俺の方に向けられているが、視線は俺を捉えていない。俺越しに姉の背中でも見ているのだろう。恐らく死んだであろう、姉の姿を。
「……どんなおねぇちゃんだったんだ?」
「……ふたごのだったの。だから、すてられて……」
辺境の小さな村には、やはりそういった風習があるらしい。双子などを忌み子とする風習が。それで捨てられ、巡り巡ってこの地獄に来たようだ。
指輪から、紙とペンを取り出す。そして、目の前の娘をモデルに想像で姉を描いていく。一応、絵画も学んでいたから絵はそこそこ描ける。一般人よりは、上手いだろう。
「……こんな感じか?」
幼子の目が大きく見開かれ、微かに光が戻ってくる。
「……!?お、おね……!も、もっとかみは短くて、目が――――」
弱弱しく、たどたどしい、幼子の注文通りに絵を仕上げていく。
「おねぇちゃん……!」
勝気な姉だったらしい。仕上がった絵の女の子は、勝気そうに笑っていた。
「ありがとう………っ!」
渡された姉の絵を大事そうに抱え、涙を流す。そして、俺を見やるその表情は、もう未練はないと、そんな満足気なものだった。
ここで、彼女の望み通り殺してあげるのも、彼女を救う道の一つなのだろう。だが、俺はその救いの道は選ばない。俺が選ぶ道は、もしかしたらこの娘達にとって碌なものでは無いかもしれない。生き地獄という言葉があるように、必ずしも『生』が救いとは限らない。
だが、それでも。
死を望んでいそうな娘達に、一人一人視線を配っていく。
「……五年いや四年……三年でも良い。もう少し生きてみないか?」
だって、あんまりじゃないか。こんなにも幼い娘達が、生に絶望し死を望んでいるだなんて。
「……」
そんな気は無さそうな雰囲気。
これは、俺の我儘だ。彼女達にも、人並みの幸せぐらいは知ってもらいたい。俺にこの娘達の幸せを保証できるのか、それは否だ。俺が幸せを与えられるかもしれないし、別の人間が与えるのかもしれない。そもそも幸せになんて出来ないかもしれない。そんな、無責任な我儘。
「それでもダメだって時は、俺が殺してやる。責任持って、この手で。君たちの死神となろう」
「……」
無感情に、無感動に、俺を見ていた。やがて、視線を逸らされる。『好きにすればいい』そんな投げやりなものを感じる。だが、死を望んでいた姿よりはマシだ。
そして未だに死を望む、姉の元へ行く事を望む娘に再び視線を戻す。
「……わたしは死にたいの。おねぇちゃんに会いたいの……。おねぇちゃんのいない世界で生きていたくない……っ!」
それは、魂の叫びだった。
「……でも君は生きている。おねぇちゃんが生きられなかった世界で、君は生きている。だから君は、おねぇちゃんの分も生きるべきだ。そして、幸せになれ。会いに行くのは、それからでも遅くは無い」
「……ダメだったら殺してくれるの?」
「必ず」
三年でなんて、どうにかなる保証はない。幼い頃の傷は大きければ大きい程、深く残るから。
だからその時は、俺の我が儘で生かしたその責任を、必ず俺が取る。
「……わかったの」
その瞳は僅かな希望も写してはいない。それでも、俺は生きてて欲しい。その為に出来る事は、何だってしてやる。
幼子の頭を撫で、そんな決意を新たにしながら姫様の元へと戻る。
「……取り敢えず、この娘達をここから出してあげましょう」
「……そうね」
やや呆然としている。姫様だけでは無い。騎士達も余りの光景に呑まれている。
「衰弱しているので、騎士の皆さんで抱えて運んであげてください。出来るだけ、人目に付く形で」
余りよろしくない方法。この娘達を俺は使おうとしている。
「っ!?……そう、ね。分かったわ。皆、お願い」
キャメロンの評判を、とことんまで地に落とす。一瞬目を見張るが、姫様もそれに同意する。余り取りたくない方法だが、今後流れるであろうコナー家失墜の噂の、信憑性を増す事が出来るだろう。
姫様が一声掛けると、騎士達が硬い表情のまま動き出す。
暫くその光景を眺めていると、気配が近付く。
「……おい」
声の方を見れば、何か形容し難い表情のヴィクトリアが。
「どうしました?」
「……これを使え」
差し出されるのは布切れ。何に使えってんだ?
「ええと、この娘達の身に纏う分には、足りないようですけど」
「~~っがう!」
がう?威嚇か?
「ふふふ……」
ヴィクトリアを見て強張った表情のまま、それでも笑う姫様。それに、顔を赤くするヴィクトリア。
少し精神的に落ち着いてきたか。
「お前に使えと言っている!」
「私ですか?」
「だから!その見苦しい涙の痕を拭け!!」
そう言い、顔に投げつけられる布切れ。その布切れを退かし確認してみると、確かに乾いた涙の痕があった。
「……そっか。俺は泣いていたのか………」
先程、俺の顔を見て変な顔になったのは、俺が泣いていたからだったのか。
そりゃあ、俺だって泣く位するさ。こんな光景を見せられれば余計にな。俺の事を何だと思っているのだろうか。
少し釈然としないものを抱きながら、有り難く布切れを受け取り、涙の痕を拭き取る。
すると、ヴィクトリアの高笑いが響いた。
「フハハハハハッ!!それはさっき、私が手を拭いた物だ!!どうだ、汚い物で顔を拭いた気分は!ワーッハッハッッハッハッ!」
「……」
子供かよ。思わずそう思ってしまった。だけど、俺は感謝するべきなのだろう。
彼女の下手な笑いに、空気を変えようという思惑を感じる。俺の事を元気付けようというか、慰めようというか、そんな雰囲気も。自分だって、相当なショックを受けているだろうに。
そんなヴィクトリアを見る姫様の目は優しい。姫様もヴィクトリアの思惑に気付いているのだろう。こういう一面も、姫様がヴィクトリアを重用する理由の一つなのかもしれない。俺の認識としては、忠犬で番犬で狂犬なんだけどね。
この不器用な優しさも、仕返しが主な目的のようだし。素直に感謝するのは、やはり癪だ。少し意地悪をしよう。
「……そうですね。悪くない気分ですよ」
「フハハ…?なにっ!?」
「まるで、ヴィクトリアさんの手で涙を拭って貰っている気分ですから」
「~~っ!こ、このハレンチめっ!!」
そう言って、布切れを奪い取ると荒々しい足取りで行ってしまった。照れ隠しだろう。
「ふふふ、相変わらずねトリアは。……ねぇ、グレン。ありがとう」
「?何がです?」
「私達だけでは、ここの娘達に対してこんなに上手に対処できなかったかもしれないわ。最悪全員を……」
言葉を飲む姫様。続く言葉は想像できる。
「だから、ありがとう。そして、ごめんなさい。私は、この光景を見るまで貴方の言葉を疑っていたわ」
「……」
「信じると、そう口にしていながら疑ったわ。それに今回の件で私は、ただ流されるだけだった。こんなんじゃ、貴方に失望されるのは当然ね。それでも……それでも、私は貴方を必要とするわ。だから、これからも力を貸してくれる?」
姫様の、こういった真っ直ぐな所は嫌いじゃない。寧ろ、好きだ。だから、ここは頷くのが正解だ。だけど、―――
「すみません、まだやる事があるので。そういうくだら……難しい話はまた今度で」
「……!」
―――だけど、正解は選ばない。これからの姫様との関係には不和が必要だから。
俺のはぐらかすような、答えるのを避けるような話の逸らし方に、唖然とする姫様。そして、勘違いする。既に見限られているのでは、と。そういった類の勘違いを、してしまう。
そして、しこりが残る。
「あ、ヴェディさん。少し良いですか?」
姫様の哀しそうな顔に途轍もない罪悪感を覚えながらも、彼女に背を向け虚空に向かって話しかけた。




