第八十一話
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俺はおもむろに、服を脱ぎ始めた。
姫様は気付かない。ヴィクトリアだけを見ているから。一部の騎士達も気付かない。姫様を守るように立っているから。気付くのは、俺より後ろにいる騎士だけ。
ギョッとした表情で俺を見ている。
「「「……!」」」
声にもならないようだ。口をパクパクさせている。まだ上だけだぞ?この程度でそんなに興奮してどうするよ。男に免疫無さすぎだろ。
そんな反応を気にせず、服を脱いでいく。ほぉれ、上は脱ぎ終わったぞ。次いで、ズボンに手を掛ける。
「んなっ!?」
「はぁあ!?」
「お、お、おま……おあ!?」
そして、俺は全裸を晒す。
鍛えてある俺の体は、ベルハルトのように筋骨隆々なムキムキなものでは無いが、強靭且つしなやかで引き締まっている。芸術性では無く機能性を突き詰めた体の為、バランスの良く筋肉の盛り上がりも小さい、細めの体だ。それは、当然武に通ずる者が見れば分かる。
だが、今の俺の体は見ただけじゃ分からない。彼女達には、太ってはいないけど筋肉の無い貧弱な体、そう見えている事だろう。
俺の体には、特注の人工皮膚が貼ってある。医療用では無く、変装用だ。
年寄りに変装する場合、シワシワな肌がいる。女に変装する場合、つるつるの肌がいる。特殊メイクだと、どうしても不自然さが浮き彫りになる。その為の人工皮膚。俺の細胞から作られているそれは、変装用の為貼って剥がせるタイプだ。本来なら使用は数回限定。しかし、魔法のあるこの世界なら気にせず使える。
つまり、今は筋肉を隠す為の人工皮膚を貼っているという訳だ。それは、筋肉による体の凹凸を隠す事が出来る。水にも強い為、早々剥がれる事は無い。事実、孤児院での入浴にも耐えている。
「ふぅ~」
開放感が俺を包む。
「「「……っ!?」」」
「ひっ……!?」
俺の吐いた息に反応し、こちらを向いた騎士達が声にならない声を上げ、それを訝しんだ姫様が俺の姿に小さい悲鳴を上げる。
戦っている二人以外の注目が集まる。一糸纏わぬ体のあちこちに、ジロジロと視線が集まる。興味津々らしい。お約束的に、目を覆った指の隙間から覗いている者もいる。
普通なら羞恥が襲うだろうが、俺はちっともそんな事は無い。今は隠れているから分からないが、この体は両親から貰い二十年間鍛えてきた、努力の結晶そのものである。恥ずべき所など一切ない!
「フハハハハハッ」
気分が高揚してきた俺は、腕を組み偉そうに笑ってみる。姫様や騎士達は、俺の蛮行・凶行に目が点になっている。
ヴィクトリアは、俺達の様子に気が付かない。それだけ追い込まれ、窮地に立たされ、余裕が無いから。しかし、キャメロンは違う。ヴィクトリアとの攻防に神経を尖らせていても、優位に立っている分精神的余裕がある。その上立ち位置は、俺を視界に入れる事が出来る真向いだ。
当然、視界に入ってくる。
「っ!?キ、キサマァァァァッ!!!」
「くっ、行かせるか!!」
全裸姿の俺に再び激昂し、無理矢理にでもヴィクトリアを抜けようとする。しかし、そんな事を許すヴィクトリアでは無い。
姫様を守る。恐らくその一点のみで、意地でも通すまいと立ち塞がる。
「どけぇぇぇっ!!ヴィクトリアァァァァッ!!」
「っ!?な、なんだ……っ!?」
油断なく隙なく立ち回っていたキャメロンが、一転して隙だらけの荒々しい攻撃に出た事にヴィクトリアが驚く。それでも、堅実に小さな隙に飛びつく事無く、決定的な瞬間を狙ってその荒々しい攻撃を捌いていく。
「ふむふむ……ほれ、ほれ、ほれ」
腰を振り、腰を回す。挑発だ。その動きに合わせて、ぶらぶらな一物が跳ねる、跳ねる、跳ねる。皆の視線も集まる、集まる、集まる。
流石に、そこをじっくり見られるのは照れる。恥ずかしくはないが。
「クソガァァァァ!!!」
恐らく、これほど馬鹿にされた事が無いのだろう。俺の挑発に、美味い具合に乗ってくれる。
「よし……ほれほれほれ~」
トドメと行こう。
俺は後ろを向き、キャメロンに向かってケツを付きだす。俺の後ろにいた騎士達、俺の尻ばかり見ていた騎士達の視線が、股間に集中する。
それを気にせず、軽快にお尻を振ってやった。
「殺すぅぅぅぅっ!!!!」
「はぁっ!隙ありっ!?」
「ぐがっ……!?」
俺の挑発に決定的な隙を晒したキャメロンは、それを見逃さなかったヴィクトリアに石突きによる正確な打撃を顎に受け、意識を失い崩れ落ちた。
「流石です!ヴィクトリアさん!!」
歓喜の声を上げ、ガッツポーズをして飛び上がる。周りの視線は、未だに股間へ。
「はぁ……はぁ……ふ~。……殿下、終わりぃぃっ!?」
姫様達は、俺が腰を振り始めた頃から、距離を取るように廊下の端へ。当然、振り返ったヴィクトリアの目に一番に入るのは、全裸の俺。
「さぁ、今の内にキャメロンを縛っておきましょう!!」
「キ、キ、キ、キサ、キサ、キ、キサマは……何をしとるかぁぁぁっ!!!?」
「あふんっ!?」
ヴィクトリアの石突きが、正確に俺の股間を撃った。
身体強化は、防御力も高める。勿論、鉄みたいに硬くなるとかそんな事は無いが、衝撃を通し辛くなったりはする。
俺はその瞬間、股間にだけ身体強化・極を施した。そこの痛みは耐えられるものでは無いから。だが、世は無常だった。
「ぐぉぉぉぉ……っ!?」
想像を絶する痛み。脂汗が吹き出しているのが、自分でも分かる。男の急所は、例え強化しようと急所のまま。誓おう。俺はもう二度と、二度とこのような愚行は犯さない。
「……殴り殺されるか、刺し殺されるか、どちらかを選べ。ゴブリン」
底冷えするような、ヴィクトリアの低い声。とうとう人ですら無くなり、ゴブリンにまで降格しました。
殺されるのは勘弁なので、痛みに震えながら姫様を見やる。タスケテ。
「はぁ、トリア。止めなさい」
「!?し、しかし姫様!こいつは……!」
「貴方がキャメロンに勝てたのは、グレンのおかげよ。グレンが全裸になって挑発しなかったら、貴方は負けていたかもしれないわ」
「!?」
かもしれない、ね。負けていた、と断言はしないのか。はっきり言ってやった方が、今後の為になると思うんだがな。
「分かってるでしょう?キャメロンの動きが、最後だけおかしかったのは。ああ……貴女達は、キャメロンを縛ってなさい。トリア、やり方はアレだけど、貴方は感謝するのが筋よ。……本当にどうかと思うけど」
「ぐぅ……!」
苦虫を噛み潰したような表情になるヴィクトリア。忌々しげに俺を見てくる。
「いやん、えっちげぼらぁっ!?」
「こんなのに礼を言わなくてはならないのですか!!?」
「……必要無いわね」
「ふんっ」
「……本当に貴方の事が分からないわ」
憮然とした表情の姫様と勝ち誇ったような表情のヴィクトリアは、それっきり俺を見もしなくなった。冷たい人達だ。他の騎士達も、ゴミを見るような眼でこちらを見てくる。コナー家の調査によってそれなりに上がっていたかもしれない俺への評価は、今や地よりも深い事だろう。
痛みも引いてきたので、洗浄魔法で手を綺麗にし服を着る。股間を鷲掴みしたからな。痛みの余り夢中で。清潔にしておかないと。
「ちょっと待って!!」
着替えの最中に、騎士の一人が声を掛けてくる。
「どうしました?」
「その、貴方の体に奴隷紋が見当たらないのはどうして?」
それは、自ら俺の体を隅々まで見ました、という事を公言する発言。それは彼女自身も理解しているのだろう。顔が真っ赤になっている。良く見れば、目を覆った指の隙間から見ていた娘じゃないか。
「「「「!」」」」
その言葉に、他の騎士達が驚く。姫様とヴィクトリアはやや慌てている。一応秘密だしな。奴隷紋を消せる事は。
「私奴隷じゃないですもん。何で奴隷だなんて話になってるんでしょうね。私は元々、マフション商会の従業員ですよ?自ら奴隷になんてなる訳無いじゃないですか」
「え……?でも……」
余程の事が無ければ、自ら奴隷になる者はいない。
驚く騎士達。俺に対する認識を間違ってたと思っているのだろう。
こうしておけば、噂払拭の一助となる。他の人に広めてくれる事を祈っておこう。後は追及されないように、話を逸らす。
「そういえば……ヴィクトリアさん!」
「……何だゴブリン擬き?」
あ、擬きに戻った。いや、良い事ではないけど。フルネームで良いから、またグレンと呼んで欲しいものだ。
「怪我してますよね、これを……」
手にしているのは、高級魔法薬。掠り傷ばかりなので、魔法薬で良いのだろうが、ここはグレードを上げ謝意を示す。
「近寄るなっ!!」
「へ?」
絶叫、という言葉が正しそうなヴィクトリアの叫び。戸惑う俺を余所に、槍を背中に回し半歩引いて構える。先の戦いから読み取るに、超攻撃的な構え。他の者も姫様を守るように立ち、各々の武器を構え俺に向けてくる。
その目は、敵意に染まっていた。




