第八十話
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情が深いのだろう。だから、こうしてギリギリまで躊躇った。幼い頃から知っているから。ヴィクトリアの想い人だから。一応婚約者だから。国の為に働いてきた、その姿を知っているから。だから、いつまでも思考を鈍らせていた。
先程は不和の為に凡人と評したが、実際はそんな事無い。彼女は非凡だ。それは、今も見せてくれたし、これまでも何度か見てきた。だから、一度覚悟を決めれば、もう余計な心配はいらない。それが俺の気に入った、アリシア・フォン・カーネラだ。
「キャメロン、私は貴方を信用出来ない」
「っ!?」
息を呑むのはヴィクトリア。キャメロンは、黙って姫様を見つめている。
もし、ここで俺が間に入っていれば、奴はヴィクトリアにこう突き付けただろう。『幼馴染の俺とポッと出の奴隷の男、どちらを信じるのか?』と。しかし、間に姫様が入ればそれは出来ない。流石のヴィクトリアも、姫様とキャメロンなら姫様を選ぶはずだし。たぶん。
「自らの潔白を証明したいなら、一度縄に付いて大人しくしてなさい」
「……キャメロン、大人しく捕まってくれ」
ほらね。しかし、その表情は痛ましい。
「っ!それなら!父を捕らえる事で、身の潔白を証明しましょう!!」
父親が捕まれば、芋づる式にお前も捕まるだろ。それとも、それを隠れ蓑にしての時間稼ぎで逃げるつもりか?どちらにせよ、滑稽としか言いようがない。
「くっくっくっくっ」
「何が可笑しい!?」
「だって、これが笑わずにいられるか?良い事教えてやるよ、大罪人。ダリル・コナーは、既に捕らえてある」
「は?」
何を言われたのか理解できない、そんな顔になるキャメロン。
「30分ぐらい前か?近衛騎士団長・オスカー・ルゥ・ガルシアによって、大罪人ダリル・コナーは捕縛済みだ。知ってるだろう?オスカーが演習で外に出てるのは。」
「……!?」
理解できなかった言葉が、時間を掛けて浸透していく。完全に理解したキャメロンは、唖然とする。
「今頃尋問タイムだ。色々喋らされているんじゃないか?保護した女性の話と合わせてね。俺達から逃げられても、次は国が追ってくるぞ?」
「くっ……」
最初から逃げ場は無い。弁解の余地も無い。と言うより、最初からキャメロン・コナーは捕まる以外の道は無い。
それを理解したのだろう。悔しそうに呻く。他に道があるとすれば、俺達を殺し今すぐ遁走する事。
「最初から、お前に逃げ場所なんて無ぇんだよ。大罪人」
「っ!奴隷風情がぁぁぁ!!」
弄ばれていた事を理解し、激昂したキャメロンが槍を手に襲い掛かってくる。
と、目の前に影が割り込む。姫様だ。
「っ!?」
「姫様!?」
「きゃっ……!?」
キャメロンが息を呑み、ヴィクトリアが焦り、姫様が小さな悲鳴を上げる。
別に姫様は、俺を庇おうとして前に出て来た訳じゃ無い。俺に引っ張られた為、その勢いで前に出て来たのだ。そう、俺は引っ張った。姫様を盾にする様に、俺の前に。キャメロンとの間に。
「貴様何を考えているっ!?」
キャメロン槍を防ぎながら叫ぶ、頼もしきヴィクトリアさん。
「え?だって、今守る気なかったですよね。私の事」
「当たり前だ!!」
「だから、姫様を盾にすれば守ってくれるかな~って」
「きっ……こっ……!?」
俺の余りの言い分に、言葉が続かないヴィクトリア。自分でもクズ過ぎる思う。
「死ね」
「っ!?」
こちらのコントには全く意識を向けず、キャメロンは容赦なく俺を殺しにくる。
「……トリア、そこを退け。まずはそこの奴隷を殺す」
「キャメロン……」
「お前達は後だ。その奴隷は行動が読めん。何かされる前に殺す」
もうする事無いけどね、今の段階では。後は、ヴィクトリアに捕らえてもらうだけだ。
「……姫様も殺すつもりなのか」
「当然だ。俺は逃げる。お前達を殺してでもな。幸いアテもあるしな」
「……そうか。キャメロン・コナー、お前は私が捕らえる」
ヴィクトリアもようやっと、覚悟を決めたようだ。槍を構える。その構えは、今までのように相手に槍先を向けたものでは無く、槍を背中に回し半歩引いた構え。その姿は、驚くほど様になっていた。
恐らく、これがガルシア家に伝わる槍術の本当の構え。そして、これが彼女の本気。キャメロン・コナーは、それだけの相手という事。俺の見立てでは、キャメロンの方が実力は上だ。腐っても、第三騎士団団長。その実力は本物のようだ。
両者が、魔力を纏っていく。
「っはぁぁあああ!!」
ヴィクトリアが掛け声と共に、鋭く踏み込む。背中に回してあった槍を鋭く回し、穂先による下からの切り上げ。難なくそれを躱したキャメロンが、反撃に出ようとするも回転した槍の石突き部分が、再び下から迫る。
「ちっ……」
堪らず、下がるキャメロン。ヴィクトリアはそれを追い、反撃の隙を与えないように猛攻に猛攻を重ねる。
「おお!流石、ヴィクトリアさんですね!!」
「……」
無邪気に声を上げてみるが、返事は無い。皆、姫様までも。このままでは勝てないと分かっているからだろう。一見ヴィクトリアが押しているように見えるが、キャメロンは余裕を持ってそれを捌き・躱し、隙を窺っている。
「……くっ」
ヴィクトリアの槍捌きに焦りが見え始める。攻め切れない事に焦りを感じたようだ。
「……ふっ」
「ぐっ」
焦りにより、僅かに生じた隙に付け入られる。
攻防が逆転する。そして、それは同時にヴィクトリアが窮地に立つ事を意味する。
キャメロンの槍捌きが激しさを増す。ヴィクトリアはそれを槍で捌いていく。急所への突きも、足払いも、その全てを槍で捌き、躱さない。いや、躱せないのだ。
ヴィクトリアの背後には俺達がいる。下手に躱せば、踏み込まれて位置が変わる可能性がある。そうなったら、俺と姫様は真っ先に狙われるだろう。俺はどうでも良いだろうが、彼女にとって姫様は命に代えても守る存在。もし姫様に何かあれば、動揺・激昂して大きな隙を作る事になる。そして、ヴィクトリアは討たれる。瞬く間に俺達は壊滅だ。彼女自身もそれを理解しているから、決して躱さない。
他の騎士達もいるが、彼女達では守り切れないだろう。決して弱くは無いが、その実力差には開きがある。彼女達では容易く蹴散らされる。
こうなってくると、クロエを屋敷に置いてきたのは失敗だったかもしれない。一応ギルの監視のつもりだったが、それは暗部にでも頼んでおけばよかった。
「……ぐっ!」
ヴィクトリアが傷を負い始める。掠り傷だが、多くなれば集中力等にも支障が出る。どうにかしないと。
「ああ!?で、殿下!?マズくありません!?」
「……」
「ヴィクトリアさん、負けてません!?マズいですよぉ!」
「……黙ってなさい」
戦いの事など何も知らない風に、大げさに慌てふためいてみる。返って来たのは、冷たい声。その表情は、険しい。盲目的に信頼している訳では無く、勝って欲しいとそう願い、祈り、共に戦っているようにも見える。決して目を離さない。
コロコロと態度を変えて、今の俺ってかなり滑稽じゃないか。今更止めるつもり無いけど、変人・奇人のレッテル貼られそうだ。
「で、でも!?と、というか何で一対一で戦ってるんです!?相手は大罪人ですよ!?皆で纏めて掛かればいいじゃないですか!?」
「……」
「ダメなんですか!?ヴィクトリアさん、死んじゃいますよ!?」
俺の言葉に騎士団の面々が、互いに顔を見合わせ迷いだす。俺の言葉は間違っていないから。
そして、躊躇いがちに足を踏み出したその瞬間、ヴィクトリアの怒鳴り声が聞こえてきた。
「手出し無用!!くっ……、キャメロンは私の手で……っ!はぁっ!」
そう言われたら、もう騎士達は動けない。彼女達はヴィクトリアの率いる部隊。姫様の命令ならば動くだろうが……。
「……」
その気配は無さそうだ。このままじゃ負けそうなのに。
俺が介入する訳にもいかないし。姫様とヴィクトリアだけなら良かったが、跪いていた使用人達も安全圏でオロオロしていて、これだけの人がいると俺の実力は晒せない。晒したくない。
仕方ない別のモノを晒すとしよう。




