第七十九話
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キャメロン・コナーは俺を見ると一瞬表情を険しくし、姫様を視界に収めると立ったままで頭を下げる。騒ぎだと分かった時点で警戒していたのだろう。その手には槍が握られ、纏う雰囲気は鋭く尖っている。
しかし、その格好はとてもラフだ。薄手のシャツに薄手のズボン。そして、薄っすらと汗をかいている。その様は、何かの最中に慌てて着れるものを着て出て来た、といった風体だ。槍の鍛練でもしていたのだろうか。
「下種が……!」
「「っ!?」」
そんな訳ないだろう!!。
小声と共に僅かに漏れた、怒りと殺気に傍にいた二人が反応し、驚いた顔でこちらを見てくる。
「殿下。これは一体何事です?余りにも物騒では?」
こちらの様子に気付かないキャメロン・コナーは、にこやかにされど適度な距離を保ちつつ警戒しながら問う。
「……キャメロン、『宴』って何?」
俺の様子に訝し気な様子の姫様だったが、一先ずは置いておいてくれるらしい。ありがたい。うっかり、色々と漏れちまった。
「……宴ですか?騎士団でも任務後に開いたりしますが、それが?」
一瞬目を鋭くするが、何事も無かったかのように当たり障りのない返答をするキャメロン。
「違うわ。コナー家で行われている『宴』の事よ」
「申し訳ありません。何の事か……」
まどろっこしいな。やり方が温い。
まだ、どこか信じ切れていないのだろう。今の問答如きで、ホッとした空気が流れ始めている。俺とギルの話を聞いておいて、ほんと甘い奴らだ。
「殿下、どいて」
「あ……」
「お久しぶりです、キャメロン様。レシピの方は満足いただけましたか?」
やや雑に姫様を退ける。
この騒ぎの中心にいるのが俺だという事を、キャメロンも理解したのだろう。俺が前に出て来た事で、その立ち姿に一切の油断が無くなった。
「……ああ。グレン、だったな?あの日、食べた物とは程遠いがな。だが、日に日に近付いてきている。おかげで、今では食事が楽しい」
「そうですか。それは良かった」
互いに笑みを浮かべる。
「ところでなんだが……」
「どうしました?」
今一度、俺達の事を見渡すキャメロン。
「この騒ぎは、お前が主導か?」
「ええ、そうですよ」
「ほう。お前も、宴がどうとか訳の分からん事を言うのか?」
「いえ?言いませんよ、そんな事」
「ちょっ!?」
後ろで、俺の発言に慌てる姫様。
姫様達は分かっていない、若しくは勘違いしている様だが、ここに来たのはキャメロン・コナーに対して確認を取りに来た訳じゃ無い。
「……違うのか?」
『宴』の事など既に確定している事だ。今更本人に聞くまでの事では無い。
「はい、違いますよ。私達がここに来たのは、貴方様が先程出て来た部屋を調べる事です」
「っ!?」
キャメロン・コナーを捕縛し囚われた女児の救出、そして現実を姫様達に見せつける事が目的だ。
「あ、詳しく言うと、その部屋の窓の外に目立たないようにあるレバーを引く事で、先代コナー侯爵の絵の裏の壁に現れる、これまたレバーを引く事で開く、机の下にある地下へ続く扉の先を調べる事ですね」
「なっ!?……何の事だ」
ここまで詳しく知られているとは思わなかったのだろう。誤魔化そうとしているが、その驚嘆は隠せていない。
「あ、そういうの良いです。見ての通り、強引にでも調べさせてもらうので」
「なっ!?殿下!王族だからと、このような行いが許されるとでもお思いか!!この行いのどこに正義がある!!トリアも何をしている!?お前は殿下の蛮行を諫める立場の者だろう!?」
「っ!?わ、私は……」
ああ、こいつヴィクトリアの想いを分ってやがる。その上で、利用してやがる。下種が。
なんて思ってみるが、自分の行動を顧みると似た様な事をしている気がする。なので、今の罵倒は無かった事にしよう。
「貴方様が真っ当な貴族なら、そうかもしれませんね。でも、残念。お前は、大罪人だよ」
「「「っ!?」」」
俺の口調の変化にキャメロンのみならず、ヴィクトリアを初めとする騎士達も驚く。姫様も驚いているが、以前も見ているせいだろう、それほどでは無い。『また……』とか呟いている。
「『宴』の事なんて今更聞かねぇよ。それは、俺の中では既に確定の事実なんだ。だから、退け。そして、大人しく捕まれ。大罪人」
「くっ……!口を慎め奴隷風情がっ!」
そう吐き捨てると、キャメロンは槍を構える。
「はははっ、無実を主張するなら大人しく捕まっておいた方が良いぞ。抵抗するという事は、やましい事があるという事なんだからな!」
「ぐっ……!調子に乗るな!俺がここで捕まれば、殿下に悪評が立つ。無実の婚約者を疑い、力ずくで捕縛したとな!」
「立つ訳ねぇだろ。だってお前、大罪人だもん」
「くっ……。大罪人、大罪人と……!ギル!この奴隷を摘まみ出せ!!」
当然、ギルはこの場にいない。キャメロンの怒声は、空しく響くだけだ。
「ギルなら、殿下の屋敷で保護しているぞ」
「っ!?な、なんだと……!」
「とあるスラム街で、質の悪そうな男達に絡まれていたからな。こちらで保護しておいた。どうも、精神的に参っていたのでな。手厚く歓待中だ」
今はクロエの監……保護の下、プリンなどを食べている頃だろう。実際、確認の後はやつれていたようだからな。まぁ、プリンなんて喉を通らないだろうけど。
「まさか……」
「ああ、快く協力してくれたぞ」
『宴』の情報源が、ギルである可能性に思い至ったのだろう。唖然とした表情になるキャメロン。
「!?あいつが……?だが……まさか……」
受け入れ難いのだろう。思い掛けない忠臣の裏切りに、呆然とする。
「ギルが忠誠を誓っているのは、お前じゃない。コナー家そのものだ」
「き、貴様……っ!ジョット!バスコ!この男を殺せ!!」
またしても、その声は虚しく響くだけ。
「ああ、夜魔族の男達の名だな。そいつらなら、既に死んでいるぞ?」
「なにっ!?」
「ん?聞いて無いのか?緊急事態だって呼び出されて、その先で夜魔族の女性陣に一網打尽だ。俺もその場にいたがな、圧巻だったぞ。あっはっはっは」
一応最終確認の為に殺す前に尋問したけど、ベラベラ喋ってくれていた。情けない奴らだったな。
「なぜ……。なぜ夜魔族が貴様に協力する……?」
「口説いたからな」
「は?」
「夜魔族の長が女だったからな。口説いて協力してもらった」
俺の言葉が理解できないのだろう。目が点になっている。
「一体いつ……」
「昨日。と言うか、昨晩。から、今日の朝まで時間掛けて。おかげで色々知れたぜ」
「どうやって……」
こいつは気付いているのだろうか。最早、皆の前で俺の話を肯定している事に。まあ、気付いていないのだろうな。その為に下らない話から入り、驚かせ判断力が下がるような話し方してるんだし。
「ん?どうやって、夜魔族に辿り着いたのか、か?なに、簡単だ。最高級娼館『天使の涙』だよ」
「?」
「え?」
なぜ、最高級とは言え一娼館が夜魔族に関する情報を持っているのか。キャメロンの顔にはそう書いている。
ここで娼館の話が出てくるとは思っていなかったのだろう。姫様の顔も戸惑ったものになっている。
「何だ?息子のくせに、知らなかったのか?お前の父ダリル・コナーは、王都に来る度に『天使の涙』に寄ってるんだぞ?おかげで、捗ったよ。寝物語で色々と喋ってくれてるらしいんだもん。『宴』の事も夜魔族の事も」
本当は『夢』で喋らせられているだけだが、それは言う必要無し。『天使の涙』を紹介してくれたベルハルトには感謝だな。
あれ?あいつも、『夢』を見せられていただけで、女を抱いていた訳では………ま、いっか。もう、結婚するんだし。
「……」
下を向くキャメロン。何やらブツブツ呟いているのが不気味だ。
「観念した?じゃあ、大人しく捕まれ。大罪人」
微塵もそういう風には見えないが、今のうちに捕らえて置くべきか?
「見事だな。そして感謝する」
「……は?」
「身内の恥故隠していたが、近い内どうにかしようと思っていたんだ。父の悪癖には、俺も困っていたのでな」
ああ、そういう感じに躱すのか。まさか、父親を切り捨てるとは。
「……お前は無関係だと言うのか?キャメロン・コナー」
「無論だ。身内の恥と思い隠そうとしたから、余計疑わしく思うかもしれんが、俺は『宴』には一切関わっていない」
「お前は……」
その顔は堂々としたもので、剥がれだしていた英雄としての仮面をもう一度被ったように見える。流石は、長年多くの人間を騙してきた者の仮面だ。その辺の者なら騙されるだろう。
実際、余りの堂々っぷりに後ろの騎士が一部ざわついている。だが、俺には効かん。姫様及び大部分の騎士の目も、鋭くなっている。これはこの後の展開によっては、分裂も有り得るな。
その心配の筆頭は、やはりヴィクトリアか。
「信じてくれ。俺は、民の求める英雄という名に相応しき男であろうとしてきた。それは今も、そしてこれからも変わらん。トリア、お前なら俺の事を信じてくれるだろう?」
「っ!?わ、私は……!」
懸念通り、キャメロンはヴィクトリアを揺さぶりに来た。
全く卑怯な男だ。ヴィクトリアの自らへの想いを利用するとは。
横目でヴィクトリアの様子を見る。『宴』の話は信じたくない。だけど、信じざるを得ない。キャメロンの事も関わってないと信じたい。だけど、どこか信じられない。
彼女からはそんな葛藤が見て取れる。
「殿下」
「……!分かったわ」
俺の言葉に、即察してくれる姫様。その目は覚悟が決まった者のものだった。




