第七十八話
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屋敷の廊下を進むと、使用人達が驚いた表情を浮かべながらも、静かにその場に跪いていく。姫様がいるからだろう。騎士達だけだったら、こうは行くまい。騒がれるだろうな。
それにしても、この屋敷も広いな。ギルから造りは聞いていたから迷いなく進めるけど、案内無ければ確実に迷うぞ。ま、普通に訪れれば今跪いている使用人とか、それこそギルが案内するんだろうけど。
「……ねぇ、グレン」
「はい?何でしょうか?」
立ち止まり、姫様の方へ振り返る。
「貴方いつからこの光景を思い描いていたの?」
「と、言いますと?」
「キャメロンに関するこの一件。貴方の都合が良いように進み過ぎよ。噂を払拭するタイミングも。まるで、マフション商会で私と取引した時から、こうなる事が決まっていたかのような綺麗な流れじゃない」
対象はキャメロン・コナーじゃなかったんだけどな。とは言え、確かに上手く事が運んでいる。第三者の目からは、そう見えるだろう。
当然、全部が全部俺の思い通りだったわけじゃ無い。
「買い被り過ぎですよ。コナー家の悪事なんて知りませんでしたしね。知ってたら、マフション商会は彼ら相手に商売はしませんよ。魔族の事だって想定外でしたし、文字通り命を懸けました。噂の払拭だって、たまたま門番が冒険者だったんで利用しようと思い、実行しただけですから」
「それを信じろと?余りにも綺麗すぎるわ。いっそ不自然なくらいに」
やけに食い付くな。キャメロン・コナーの裏切りを知って、怯えたか?俺も裏切るかもしれないと?馬鹿馬鹿しい。
「五月蠅いな」
「っ!?」
あ、しまった。
「おっと、すみません。でも、殿下が悪いんですよ?確かに傍から見れば、余りにも私に都合良く綺麗な流れかもしれません。ですが、そう見えるのは以前言った通り、この件に関しては姫様の調査が甘かったからですよ。そして、私とクロエさんの苦労を知らないからです」
心臓に穴まで開けたんだから。三度目は何処に……いや、開けるつもりは無いけど。
「それは……」
「それに、こういう自分にとって理想の形に持っていく事こそが、最善だと思いませんか?後手を踏まなくて済むんですから。勿論、それを過信して行動するのはダメです。何事も想定外の事だったり、予想も出来なかった事が起こりますからね。だからその時その時、しっかりと頭を働かせるんですよ。さっきも、たまたま門番が冒険者だった。そして、いい人そうだった。だから、噂を払拭出来るように態々話したんです。彼があの話を広めてくれるかどうかは、ある意味賭けなんですけどね。私としては、どちらでも良いんです。今回の件が終われば、自ずと噂は払拭される方へと転がるはずですから」
「だから、どうして先の事をそんな分かった風に……っ!」
その声には苛立ちが多分に含まれていた。それは、何に対するものなのか。
「そうなるよう準備して、仕向けているからですよ。陛下とは暗部を介しての伝手があり、人と多く接する冒険者や商会にも知り合いがいる。なら、それらを使わない道理は無い。やはり、陛下も噂に関しては青筋立てているそうでしてね。喜んで協力して下さるそうです」
「……」
王様には、奴隷紋の事を知られキャメロン・コナーの件を任された時点で、既に噂の為の頼みを一つしている。ナンシー達やエーミル達にも同様にだ。キャメロンの件が片付けば、即行動に移ってくれるだろう。
「マイナスイメージを払拭するには、大きなプラスイメージが必要ですからね。キャメロン・コナーの件を噂の払拭に使うのは、当然でしょう。以前にも言ったように、元々は自分を餌に獲物を釣り上げるつもりだったのですがね。それは、陛下が用意してくださいました。それを不意には出来ない。だから、クロエさんも借りました。私だけでは、出来る事が限られますから」
「だからって、どうして二人でここまでの事が出来るのよ!!」
「……!」
驚いた。ここまで声を荒げて、感情を顕わにするなんて。
その瞳に浮かんでいるのは、怯え。
「娼館に入り浸ってたんじゃないの!?騎士達からもそういう報告を受けているのよ!?」
ああ。時折見かけた、女騎士や私服姿の騎士団員はそういう事だったのか。それとなく探ってたのね、。ま、隠していた訳では無いからいいけど。
それと、姫様の怯えの原因が分かった。恐れているのだ、俺を。
恐らく姫様は、裏であれこれするのが好きなのだろう。以前もチラッと言ったけど、俺とキャメロン・コナーをぶつけようなんてあくどいと言うか腹黒いと言うか、そんな事を考えていたみたいだし。人より優位性を求めてると言うか何と言うか。
だが、今回はそれが叶わなかった。俺が娼館に入り浸っていると思ったら、きっちり証拠と指針を示してきた。自分は何も関われず、掌で転がされている。その感覚が怖いのだろう。俺が何をしたのかが、全く分からないから余計に。
「……娼館に行っていたのは、情報収集の為ですよ」
「それをどうして、私にまで秘密にするの?ご丁寧にクロエに口止めまでして。そんなに信用出来ない?」
「そう言う訳ではありません。ただ、事をスムーズに尚且つ密やかに運ぶために、必要な事だったんです」
そろそろ、話も切り上げないとな。
このまま、キャメロン・コナーの所まで乗り込むつもりだったが、姫様が声を荒げたせいで向こうから出向いてくる可能性がある。若しくは、逃げられる可能性が。
「私は貴方が分からない……っ!」
「……殿下」
姫様の前に跪く。
ここで上手くやれば、決定的な不和が作れる。先に望んだ、そういう場面だ。
「私は基本何でも出来ます」
「……は?」
「戦う事以外であるならば、何でも出来ます。それほどに多才です」
「いきなり何……?」
訳の分からない事を言い始めた俺に、姫様が目を白黒させる。
「農産業に関しては知識を披露した通り、クソジジ……コホン、祖父のおかげで深い理解があります。学習能力も高いので、元の世界の言語も十二ヶ国語は話せます。その気になれば、人を扇動する事も洗脳する事も出来ます。それに、口も良く回る上見た目も良いので、女性を口説くのも得意です」
「何の自慢よ……!」
俺も、そちらの立場ならそう思っただろう。この男は、張っ倒されたいのかと。
「普通なら数人がかりの事も、一人でやれます」
「だから何が……!」
「基本性能が違うのですよ。私と殿下では。そこには、天と地以上の差があります」
「「「「っ!?」」」」
ヴィクトリアを初めとする騎士達が目を瞬かせ、呆気に取られている。
姫様が口をパクパクと開けたり閉じたりし、言葉を紡げないでいる。
こんな風に面と向かって、貶された事なんて無かったのだろう。咄嗟な言葉も出ないようだ。
「だから、私の事は理解出来なくて当然です。結局は私と殿下ですから」
「!!」
「キ、キ、キ、キサマ……!姫様に向かってなんて口を……っ!今すぐに、地に頭を付け詫びろっ!!」
いち早く我に返ったのはヴィクトリアだった。怒りで顔を真っ赤にしながら、詰め寄ってくる。頭を押さえ付けるつもりなのだろう。
「そんな事より……」
そんなヴィクトリアを気にも留めず、俺は立ち上がる。廊下の向こうで気配が動いた。
「そんな事、だとっ!?」
「はい、そんな事です。貴女が向き合うのは、私ではありません」
「っ!?」
息を呑むヴィクトリア。俺が言わんとする事を、理解したのだろう。いつも通りの騎士の顔に戻ったと思ったが、完全にでは無かったらしい。
「少し騒ぎ過ぎました。気付かれたかもし『何の騒ぎだ!!』……ほら、来ましたよ」
「っ!?」
男の声での怒鳴り声と共に、奥の部屋の扉が開く。出て来たのは、当然キャメロン・コナーだった。




