第七話
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「まぁ、話は分かった。跡形も無く、完全に処分出来てるのならそれでいい」
魔法というものの可能性、どっからどこまでの事が出来るのかが分からない以上、手榴弾のようなものがこの世界の人間、それも魔法に精通するような人間の目に留まる事態は避けなければ。
たとえ悪意が無かろうと、強すぎる知識欲は誰かを傷付ける事がある。
「それで?グレンく……んんっ。グレンはこれからどうするつもり?」
「おお!それなら俺達と冒険者やらねぇか?さっきの殺気を考えりゃぁ結構戦えるんだろ?どうだ?麒麟に血ぃ流させたくらいだ。結構良いところ行けると思うぞ?」
「冒険者か。誘ってくれるのは嬉しいが、断るわ」
「なんでだ?色んな所に行けたり、見れたりするし楽しいぞ!」
ベルハルトがここぞとばかりに冒険者の良い所アピールをしてくる。
そして密かに残念がってくれているナンシー。思ったより嫌われていないようだ。
「俺は、この世界について知らないことが多すぎる」
「そんなもん俺達が教えてやるぜ」
そう知らないことが多すぎるのだ。
「常識、文化、魔物、魔力、そして迷い人である自分自身の立場。何にも知らない。俺はこれらを確りと理解するまでは、表には出ようと思わない」
「ほほ。つまり自分自身の目で世界を見極めると。立派な心掛けです」
エーミルが感心したように言うが、それは違う。
「そんな立派なもんじゃないさ。ただ臆病なだけでね」
結局は怖いのだ。魔物の強さ、この世界の人間の強さが分からない。魔力や魔法という未知の力のせいで、見た目での判断が難しい。
目の前の彼らにしても、ベルハルトは少し手こずりそうだが制圧できると踏んでいる。徒手格闘なら。だが魔力・魔法が入ってくると話は変わる。
「では、どうしますか?」
そして最大の懸念が、迷い人としての俺の立場。彼らの話などで迫害の対象ではないのは分かった。ただ過去に多くの迷い人が名を残している以上、変に注目される場合がある。
「俺が迷い人だと知っているのは?」
「基本、此処に居る者達だけですね。王都へ入る際は大和皇国からの旅人として手続きしました」
詳しくカールに聞くと、黒髪の迷い人数名で建国された国が大和皇国らしい。確実に日本人だろう。
そして国民の多くが黒髪なので、眠っていた俺の知らない所で迷い人として下手に注目を浴びる事の無いように対応してくれていたようだ。
「基本、というのは?」
「貴方を助けた道中、一緒にこの国の王女一行が」
「王女、サマ……。これはまたなんとも、まぁ」
この王女とやらは一体どう出てくるのか。どういう経緯かは知らないが、一緒にいたという事は俺の素性に関してある程度認知しているはずだ。こうして今俺がエーミルの商会にいるのは、俺の救助に直接関わらなかったからか?それとも、俺が目覚めるのを待って接触して来るのか?
いくつかの可能性を思い浮かべていくが、王女とやらの為人が分からない為これと言ってピンとこない。下手を打てば、何の準備も出来ないままにこの国の中心へと足を踏み込まざるを得なくなる可能性もある。やはりそれは避けたい。
「一応私の方から心身共に落ち着くまでは、と。進言させて頂いてますが」
「そうか。それはありがたい」
本当にありがたい。時間が出来た。
となると暫くひっそりとやっていく上で、頼るべきはやはりエーミルだろう。
「エーミル、いやエーミル会長頼みたいことがあります」
「は、はい?頼みですか?それは構わないのですが、特に口調を変えなくてもいいですよ?」
「おい旦那!気を付けろ!こいつまた妙な事をしでかす気だぞ」
お願いする立場の人間として、口調を丁寧にしただけでこの反応。これまでの事を思えば当然だが、少し傷つく。ナンシーも睨んでるし。
「俺を貴方の商会で雇って欲しい」
失礼な人達は取り敢えず無視し、エーミルに頭を下げる。
「接客に関しては経験があるので、問題無くこなせます。計算も出来るので、この世界の通貨さえ覚えれば即戦力かと」
「は、はぁ」
俺の就活生並自己アピールに少々引き気味だが、構わず熱弁する。
「読み書きに関しても、一ヶ月掛からず覚えられます。そうなると出来る仕事も増えるでしょう。必ず商会の役に立つのでどうでしょうか!」
「雇うのは構いませんが、きついですよ?仕事と並行して色々と覚えるつもりなのでしょう?他の従業員の目がある以上、特別扱いは出来ませんし」
「構いません!頑張ります!」
「うーん……」
悩む彼に熱い眼差しを送る。
「はぁ」
観念したかのように口から漏れる深い溜息。
「分かりました。雇いましょう」
「有難うございます!」
深く頭を下げ感謝を述べる。気分は面接で内定を貰った就職浪人。
「ただその口調止めてください。不安になります」
グレン君の件が余程響いてるらしい。
「じゃあ後は……」
カールとナンシーの方へ向き直る。
魔法の事、麒麟の事を聞くならこの二人だろう。
「暇な時で良い。魔法と麒麟の事について教えて欲しい」
口調はそのままで、頭だけは確りと下げる。
「おいっ俺は!?」
「いやいや、ベルハルトが魔法を使ってるとこなんて見てないし。それに今までの情報でナンシーとカールが麒麟に詳しいのは分かるけど、お前二人より麒麟に詳しいの?」
詳しいなら改めてお願いするけど。
麒麟を神獣とするエレノア教徒のカールに、白い麒麟・索冥の娘ナンシー。どう考えても聞くならこの二人だろう。ナンシーに関しては、明らかに歪な親子関係も気になる。
「むむ、お前ぇさんよりは詳しいぜ!」
「俺と比べてどーするよ。で、カールどうだ?」
何故か自信満々な顔をしている、奴の事は置いておく。
「すいません。私は暇な時っていうのが殆ど無くてですね」
「冒険者って休みとか取らないのか?」
「休みはちゃんと取るぜ。大きな依頼毎にな。ただカールはその休みに神殿で仕事してるからな」
休みの日まで仕事かよ。ワーカーホリックの疑いの出たカールに、思わずジトッとした視線を向ける。
「ち、違いますよ。仕事じゃありません。慈善活動です」
ボランティアでも働いてる事に違いは無いのではなかろうか。
「恐れ多くも枢機卿と言う立場を賜る身。教義の一つである、慈悲の心を持って他者を救う。これを率先して行っているだけです」
そう言うカールの姿は、なるほど聖職者のそれだった。本当に無理してる感は無いな。彼にとってそれは確かに仕事じゃないのだろう。
「そうかなら仕方ないか。すまんな、無理言った」
「謝る必要はありません。私の方こそお力になれずにすみません」
となると後は彼女だが。
「ナンシー」
「嫌よ」
ですよねー。
だってさっきからこっちの方全然見てくれないもの。
「私だって休日は忙しいわ」
「いや、いつもゴロゴロしぶふぇぁっ」
余計な口を出したベルハルトが飛んで行く。彼女の振るった杖が、顎に綺麗な角度で入っていた。あれじゃ暫く起きないだろう。
カールもエミールも慣れてるようで、呆れた表情を浮かべるも落ち着いて対処している。
「私も休日は忙しいわっ!それに変態と関わるつもりはないから!」
「参ったな」
嫌われたというよりは、グレン君劇場に怒って拗ねているのだろう。
さてどうしたものか。
母さんもこの世界に来ている可能性がある以上、彼女をこのままにしておくのはマズイ。滅多な事で怒る事は無かったが、唯一女の扱いを間違えた時は大変だった。
『人だから怒ったり泣いたりするのは当然の事。でも最後は必ず、男の子として女の子を笑顔にして幸せにしてあげなさい』
そういう風に幼少期から教えられ、幼女から老婆まで全ての女性の扱いを叩き込まれた。様々な状況などを想定しながらシミュレーションを行った、実の母を相手に。春香と結婚するまでの約15年間。語弊を恐れずに言えば、母親相手に女を学んだのである。