第七十七話
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姫様が騎士団を連れて王都を進む。すると、当然相応の視線が集まる。
「アリシア様、相変わらずお美しい……」
「ヴィクトリア様、相変わらず凛々しい……」
「フィオ様、踏んでくれ……!」
「アレン様、抱いて……!」
「あれ?でも先頭は男?女?……」
なんか変なのが混じっている。
そんな集団の先頭を歩く俺には、更に視線が集まる。
「あれって、噂の……」
「やっぱりカッコいいわね……」
「でも、噂が噂だし……」
「女装すればイケるか……!?」
「てか、何が起きてるんだ……?」
やっぱり変なのが混じっている。ま、実害がある訳でも無いし放っておこう。
必要以上の混乱を避ける為、俺達は静かに行動している。姫様のみが馬に乗り、他は歩きだ。物々しい雰囲気は隠せないが、走って只事ではないと混乱を招くよりは、歩いて何事だと注目を集める方がはるかにマシだ。
「グレン、キャメロンは間違いなく屋敷にいるのね?」
「はい。奴は最近、屋敷で昼食をとっているそうですから。私が渡したレシピに、随分と嵌っているそうですよ」
「……貴方最初からそれを狙って?」
「まさか。あの時は、疑っている事を悟られないようにする必要がありましたからね。殿下の婚約者ですし、表向きは敬意を表し尽くしておこうかと」
「そう……」
何か言いたそうな表情だ。屋敷を出る前もそんな表情だったな。
「?」
「貴方は、その……私にも………。いえ、何でもないわ」
「?そうですか?」
何でもない訳が無い。大方、『私にも表向きの敬意しか表してないの?』とか、そんな感じの事を言いたかったのだろう。
さっきも失望したと言いかけ、呆れたと言ったからな。それが、頭に残っているのだろうな。そして、この間の『失望させるな』と偉そうに言ったアレ。それも、強烈に記憶に残っているだろうから。
つまりは、心配になったのだろう。俺に見放されるのでは、と。俺の知識を評価している彼女にとって、それは避けたい事なのだろうな。既に、俺が奴隷で無い事は知っている。そして、それは同時に俺を縛るものが無い事も示しているから。
あんな事を俺に言われた姫様は、どう接していいのか分からないのだろう。だから、拗ね、いじけ、八つ当たりした。そして、不快にさせたかもしれない。溝が出来たかも。そう思った。だから、言葉を続けられなかった。溝が広がり、不和に繋がるかもしれないと思ったから。小さなしこりが、俺と姫様の間に残る。
だが、それでいい。
それが、今後の役に立つ。……かもしれない。本当なら、もっと仲違いするくらいの決定的な不和の方が良いのだろうが、これからキャメロン・コナーを排し噂を払拭する身としては、それは上手くいかないのが分かっている。
だから、これで良い。……はず。後は臨機応変に上手くやっていこう。
「な、何の用んなっ!?ア、アリシア殿下!?」
コナー家の屋敷前まで来ると、そこの門番が騎士の集団にビビり、姫様の姿を見て驚く。
「キャメロンはいるかしら?」
「は、はい!いまふでありまふでござまふ!」
貴族の屋敷の門番を任される冒険者のランクは、基本Bランクから。目の前の男もそうなのであろうが、対応から経験が少ないのが見て取れる。恐らく、Bランクに上がって間もないのだろう。
それに、冒険者と王族の間には身分による大きな差がある。彼の態度は、どんなに可笑しかろうと、笑うものでは無い。とても面白いけど。
「トリア以外の隊は屋敷を囲いなさい。一人たりとも逃がしちゃダメよ。それと、殺さず捕らえなさいね」
「オーホッホッホッ」
「承知」
「了解だよ」
「「「「はっ」」」」
フィオランツァ、カエデ、アレンの率いる隊が、迅速に動く。個人の練度はまだまだ低いが、隊としての練度は中々に高いようだ。動きに迷いが無い。
返事は相変わらずだけど。
「じゃあ、通らせてもらうわね」
「あ、あの!!!」
当然のように屋敷に入ろうとした姫様の前に、門番の男が立ち塞がるように進み出る。
「何かしら?」
「わ、わ、わたひは門番とひて、の!の!や、役割が……!」
おお、凄い。王族相手に門番としての仕事を、いつも通りこなそうとするとは。怖いのだろう、その膝は震えている。それでも、こうして立つのは、プライドだろう。門番としての。それを受けた、Bランク冒険者としての。
どこかの門番とは、比べ物にもならないな。あ、元か。解雇されたし。
「ねぇねぇ、冒険者さん。ちょっといいかな」
彼に敬意を表して、ここは俺が相手してやろう。これ以上は、耐えられそうにも無いってのもあるけど。
「な、何だっ!」
どもってはいるが、相手が俺になった事でわりかし余裕が出たようだ。
「ここにいるのは、アリシア殿下です」
「そ、そんな事は分かっている!」
「いいえ、貴方は分かっていませんよ」
「何!?」
意識が完全に俺に向いたようだ。膝の震えが収まった。
「もう一度言いますよ?ここにいるのは、アリシア殿下です。最も民に近き王族と言われ、世の女性の憧れであり、世の男どもの癒しであるアリシア殿下です。最も民に近きと言われる所以は、民に対する慈愛からです。知っているでしょう?殿下の屋敷の隣に、孤児院がある事は。知っているでしょう?殿下が王城に住んでいない理由は」
姫様が王城に住んでいない理由、それは民に何かあった時にいち早く動けるようにする為。それが第一の理由。
「……」
「そんな御方が、騎士を連れ屋敷に押し入る。理由は自ずと分かるでしょう?」
「ま、まさか……!だが、キャメロン様は殿下の婚約者で……!」
背後でヴィクトリアの気配が揺れる。
「英雄という顔がある者を疑われずに調べるなら、その距離はそれなりに近い方が良いと思いません?」
「っ!?な、何を……!」
「っ!?た、確かに……」
俺の発言に姫様達が驚き、門番が納得する。
「そもそも、おかしいとは思いませんか?殿下程の御方が、いくら見た目が良いとは言え、迷い人でもある男を愛妾として囲うなんて」
「で、では、噂は……?」
「はい。私が迷い人である部分を除いて、全くの出鱈目ですよ」
「っ!?な、なぜ……」
それは、姫様の呟き。なぜ今このタイミングで、それも門番相手に噂を払拭しようとしているのか。そういった疑問があるのだろう。
単純に冒険者だから、だ。彼には、話して貰わないと。ここで何が起こったかを。
「と言う訳ですので、どいてもらえませんか?」
「し、しかし、だからと言って確証が……」
俺の話を信じる半面、疑ってもいるのだろう。兵や騎士と違い、冒険者には粗野な者も多いが、有能な男じゃないか。頭をしっかり働かせている。どこぞの元門番は、感情で動いてたもんな。
「冒険者の間で、タブーになっている事がありますよね?コナー家に関して」
「っ!?」
それは、ベルハルト達が話してくれた一連の事件。Bランクの彼なら、ある程度知っているだろう。
「時間が惜しいので、これで納得してくれませんか?」
余り、ここで時間を取られたくない。そろそろ、騒ぎに気付かれる。ギルの話には無かったが、キャメロン・コナーしか知らない、抜け道とかあったら厄介だ。
「……!」
タブーの事は、案の定知っていたようだ。目を見開くと、表情をキリッとしたものに変え、門の脇へと移動する。
「本日モ異常ナシ!!イヤーー、今日モ良イ天気ダ!!」
そう言うと、彼は空を見上げた。
私は何も見ていません。そういう意思表示だろう。演技は大根だが。
「クスッ……ありがとうございます」
「……感謝するわ」
門番は何も言わず、空を見上げたまま。しかし、姫様に礼を言われ、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「では、行きましょうか」
「……ええ」
屋敷に踏み込む前に見た姫様の表情は、またしても何か言いたげなものだった。




