第七十四話
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屋敷への道をひたすら急ぎ、早足で進む。
なんて事ない。ただ注目を浴びているだけだ。それが少々好ましくないので、急いでいるという訳。
「…!……っ!」
俺の隣には例の如く、クロエが。そして、彼女に担がれているのは麻袋。重いのだろう、クロエの体には薄っすら魔力が纏われている。
「……!!!!……ぅ!!」
不自然な動きを見せる、麻袋。まるで、人が入っているみたいだ。
黒服の美人とメイド服の美人が、人が入っているような麻袋を担いで道を急ぐ。注目は必至だ。
「おいっ!何をしている!?」
屋敷の門を潜るなり、怒鳴られた。
はい、ヴィクトリアさんです。なんか久しぶりだ。見かける事はあっても、話す事はおろか顔を合わせる事すら避けていたからな。お互いに。
流石にこの状況は、騎士として見逃せなかったらしいな。
「あ、ヴィクトリアさ「クロエ、なんのつもりだ!人でも攫ったか!?」……」
サラッと無視される。
「ヴィクトリア様、騎士団の主だった方達を集めてください」
「何っ!?」
「説明は、姫様の元で一緒にします。火急の用です」
「……こんなゴブリン擬きと一緒に何をしている?」
ゴブリン擬き?もしかしなくても、俺?ええー、いつの間にかゴブリン擬きにまでランクダウンしてるよ。
ゴブリンってあれだろ?軽く調べたから知ってる。
魔素の吹き溜まりから生まれる魔物の一種で、弱いくせに繁殖力は嫌に高く、メスならば大抵の種族は孕ませられるという、ザ・女の敵の代表格。
「……ゴブリン擬きなどではありません」
「はっ、娼館に入り浸るような男はゴブリン擬きで十分だ!」
「……いい加減にしてください」
怒ってくれるのは嬉しいんだけど、時間が惜しいんだよね。ヘレンの所で余計な時間を使ったし。俺は悪くないよ?
てか、クロエがヒートアップするって珍しいんじゃ?
それに、なんか寒くなってきた。不思議だ。
「なんだ?やるのか?」
槍を構えだすヴィクトリア。対するクロエも、半身を引いて迎撃態勢。一触即発だ。間違ってもぶつかったら、麻袋を抱えてる分クロエが不利だ。
というか、ヴィクトリアさん沸点低すぎじゃない?俺がいるせいか?
パァンッッッ
乾いた音が響く。俺の柏手だ。
「そこまでです。お二人とも引いてください」
「……」
クロエは素直に引くが、ヴィクトリアは一層憎々しげに俺を睨む。
「火急の用だと言いました。私の事は無視して構いませんので、クロエさんの言う事は聞いてください。それとも、殿下を危険に晒しますか?」
「……ちっ!……副隊長クラスで良いのか?」
全く怯まない俺に、ヴィクトリアの方が折れる。
「はい。よろしくお願いします、ヴィクトリア様」
「ふんっ」
槍を一振りすると構えを解き、そのまま修練場及び騎士団宿舎のある方へ歩いていった。
「グレン様、参りましょう」
「ふぅ~~、怖かった~~」
大きく息を吐き、胸を撫で下ろす。
「……私の前では止めてください。それ」
周りに気を使ってか、囁くようなクロエのセリフ。
「あはは、誰が見ているか分かりませんからね」
門番をしている娘とか、今のやり取り見ていたようだし。
「本性を知っていると、その変化は気持ち悪いですね」
「まあ、それだけ本気の演技で完璧な演技って事ですね!」
「はぁ~~……」
呆れた様子のクロエ。少々ポジティブに言い過ぎたかな。まぁ、これも素直には受け取られてはいないんだろうけど。ただ新鮮で良いかもな。
「……っ!……ぁっ!!!」
「そろそろ可哀想ですし、行きましょうか」
暴れる麻袋に、目を配りながら言う。
「はい」
一応縛っておいたけど、暴れすぎだろ。よくそんなに動けるものだ。それを抱えるクロエもクロエで凄いな。暴れる麻袋を物ともせず、しっかりと担いでいるし。
中々にシュールな光景なんだよな。メイドが暴れる麻袋を担いでいるのは。
クロエの後ろに付いて行きながら麻袋を眺め、そんな事を考えていた。
例によって姫様の執務室。
何やら姫様は、紙にペンを走らせている。
「それで?火急の用って何なの?」
顔を上げずに、姫様が口を開く。姫様に会うのは『アレ』以来だ。言葉の端々から苛立ちが感じられる。
それのこの部屋の空気も悪い。ヴィクトリアに頼んだ騎士団の娘達も集まっているのだが、皆一様に軽蔑の眼差しを俺に向けている。
針の筵。敵対的とまでは行かないが、何とも居心地の悪い空間だ。
「えっと、殿下」
「なに?娼婦でも攫って来たの?」
暴れる麻袋を指し話し掛けると、そんな返答が返って来た。そして、一層強まる軽蔑の視線。
「は?いや、そういうわけじゃ……」
「あら?違うの?じゃあ、どこの女を攫って来たの?」
「いや、女では……」
攫っては来たけど。
「そうなの?娼館に入り浸っている内に、我慢出来なくなって攫って来たのかと思ったわ」
そういえば、俺って娼館に入り浸ってた事になってたんだっけ。昨晩も娼館に泊まるって、そんな説明をしたらしいな、クロエさん。あれ?俺、マズくね?
「私を呼び捨てで説教したかと思えば、娼館に入り浸って朝帰り?良い御身分ね?」
姫様のそんな発言に、皆がそれぞれの反応を示す。
「なっ!?貴様、どういう事だ!!」
ヴィクトリアが怒り、
「あら、アリシアが嫌になったの?なら、私の下に来なさい。飼って、躾けて、可愛がってあげるわ!オーホッホッホッ」
フィオランツァが高笑いし、
「むむむむ。某は信じているのでござる……信じたいでござるが、しかし……うむむ」
カエデが唸りながら悩み、
「フッ、やはり男と言うのは信用ならないね」
男前な女騎士、カルローナ・アレンがカッコよくそう呟く。
「……」
「あら?だんまりなの?いいのよ、この間みたく、偉そうにしても。ほら、私ぬるい考えしか出来ない、半端者だし」
うわー、滅茶苦茶根に持ってるじゃねぇか。やっぱし、フォローしとくべきだったかな。他の面々も思い思いに俺への中傷擬きを口にしているし、中々カオスな空間だ。
あー、これはそろそろ、流石の俺も頭に来そうだ。
娼館に入り浸ってるように見せかけたのは俺だ。姫様に対して偉そうに説教したのも俺だ。つまり、俺が悪い。だけど、これは無いだろう。
火急の用ってのは伝わってる。なのに、今やるか?ほとんど伝えてはなかったとは言え、コナー家が黒だという事は伝えていた。危機感を抱かないのか?
少し、失望した。一割くらい。
「……黙りなさいっ!」
「「「「っ!?」」」」
「……クロエさん?」
どうしようかと悩んでいると、クロエの怒鳴り声が響いた。
「黙って聞いて入れば、いつまでもグチグチと!私達が何をしてきたかも知らないくせに、上っ面部分ばかり論って!それでも、誇りあるロゼリエ騎士団の者ですか!恥を知りなさい!!」
「「「!!」」」
「姫様もです!品位の欠片も無い事を、それも想像で口にして!拗ねるのも、いじけるのも、八つ当たりも後になさい!火急の用だと言っているでしょう!?」
「うっ……」
凄いな。場の空気が完全に変わった。流石メイド長、頼りになる。
「……ではグレン様、どうぞ」
「あー、うん……」
ただ、このまま始めろと?空気は変わったが、居心地の悪さは変わってないぞ。普通の人はお手上げなんじゃ?俺は大して堪えないけど。
「グレン……。その、ごめんなさい……」
驚いた。素直に謝ってくるとは。それも本当に申し訳なさそうだ。
クロエの方をチラチラ見てるし、彼女の説教には何か嫌な思い出でもあるのかな。
まあ、今はどうでもいいか。
「え?えっと、大丈夫ですよ。気にしていませんので。少々失ぼ……呆れただけですので」
「え……?」
「あ、じゃあ、時間も惜しいですし、本題に入りますね!」
笑顔でサラッとそう告げる。
俺の言葉に気に掛かる事でもあったのか目を見開く姫様を尻目に、いつの間にか大人しくなっていた例の麻袋の封を解いた。




