第七十一話
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何もない空間を漂う。ただただ、白い景色。
(ここは何処だ?)
意識もはっきりしない。次第に、周りの景色が掠れ始める。
(あれは……人?)
次第に、その姿が鮮明になってくる。誘われるように、フラフラと近付いていく。
腰まである、やや茶色掛かった艶やかな黒髪。左側頭部の髪は、細く編み込まれ垂らされている。抜群のプロポーション、とまでは行かないものの、その肢体は十分に男の本能を刺激する。
近付く程にその姿が鮮明になる。ゆっくりと、ゆっくりと、一歩ずつ、一歩ずつ。
そして人影が振り返る。その顔は懐かしく、そして愛おしい―――
(っ!?…………春、香?)
勝気な瞳に暖かさを宿し、その表情には柔らかな笑みが浮かんでいる。間違いない、春香だ。
意識が覚醒する。
(っ!待ってくれ!)
俺から離れる様に、背を向けて歩き出す春香。必死にそれを追いかける。しかし、無情にもその距離は縮まらない。いや、それどころか開いてすらいる。
手を伸ばす。届かない、とそう頭で理解しながらも、諦めきれず手を伸ばす。
そして世界は、反転する。
目を開け、素早く状況を確認する。
この建築様式には見覚えがある。夜魔族のアジトである建物だ。窓からは光が差し込んでいる。
次第に脳が覚醒し、直前の記憶を取り戻す。
素早く体の状態を調べる。血が流れ出ている感覚は無い。胸と背中の傷は塞がっているようだ。気力・体力も共に回復している。それどころか、少々持て余すほどに漲っている。
夜魔族が治療してくれたのか。しかし、傍にはクロエの気配のみ。
ゆっくりと、気配の方へ視線を向ける。案の定、クロエがいた。
しかし、その表情は硬い。と言うか、固まっている。理由はすぐに分かった。俺の手が、彼女の胸を鷲掴………む程は無い、その慎ましやかな胸に当てられているのだ。
「ふむ……」
触ってしまった事は事実。だが、これは事故だ。ここで慌てて誤魔化したりすれば、やましさが増す。慌てずに対処しよう
ふにふに
胸とは小さくとも、柔らかいモノのようだ。豊かなモノ程ではないが、相応の柔らかさがある。何と言えば良いのか、包み込んであげたくなる柔らかさだ。
「……~~~~っ!」
「げぼっ!」
腹に拳が振り下ろされた。躱しても良かったが、罰として受け入れておこう。腹部を強化したので、余り痛くないし。
「うなされていたから、心配してみれば……!」
「おぉぉぉぉ……」
うなされていたのか……。嫌な夢だったもんな。春香が死んだ事に関しては受け入れたつもりだったが、どうやらそうでも無いらしい。俺は、未だに後悔しているようだ。
「いい加減、痛がる振りは止めなさい!不愉快です!」
「む。……そうですか、すみません」
色々見せちゃったしな。今も、魔力をこれ見よがしに動かしたし。
「はぁ~~、よく今まで通り振る舞おうと思いましたね。そんな事許すわけがないでしょう?」
「……顔赤いですよ?」
「っ!黙りなさいっ!」
「うおっ、ととっ」
再び振り下ろされる拳を避け、その反動で跳ね起きる。そのまま距離を取り、飛んでくるナイフやフォークを掴み取る。
「……答えなさい。我々を騙して何をするつもりだったのですか?」
「騙すって、大げさじゃないですか?私は……」
「その口調も止めなさい!気持ち悪いです!」
気持ち悪いて。酷いな。流石に傷付くぞ。
「……そうか。最近はこっちに慣れ始めていたからな。ほぼ無意識だった。すまん」
「謝る必要はありません。こちらも言い過ぎました。……それで、話してくれるのですか?」
元々、色々見せてしまった以上協力を仰ぐため、ある程度話すつもりではいた。
「……そうだな」
ただ、どこまで話すべきか。怒涛の展開過ぎて、決めてないんだよな。
「……話さないのなら残念ですが、信用できない、という事で殺します。私個人は貴方の事をそれなりに認めていますが、やはり姫様が一番です。得体の知れない人物を、姫様の傍に置くつもりはありません」
スラスラと言ってはいるが、言葉の端々からは葛藤が見え隠れしている。
「……クロエの実力じゃあ、俺は殺せない」
「そうですね。ですが、私には切り札があります」
「切り札?」
「私もユニーク魔法を持っています」
「え!?」
マジで?……ユニーク魔法って案外、その辺ゴロゴロ転がってるんだな。百万人に一人だとか言っていたが、これは改めて統計を取るべきでは?俺はやらないけど。
「最悪、この魔法を使って逃げるつもりでした。私の魔法なら、恐らく可能ですので」
「それ使って、一緒に戦ってくれても良かったんじゃないか?」
心臓に穴まで開けたのに。
「そ、それは!あ、貴方がいきなり私をだ、抱いた上に、夜魔族相手に一人で大立ち回りするからでしょう………!?それに、姫様には命の危機以外ではあまり使うな、とそう命じられています。さ、先程はグレン様がグレン様ま、守って………っ!使う必要が無いと判断しただけです!!」
「そ、そうか……」
これ以上突っ込まないでおこう。耳を真っ赤にしている様は可愛らしいが、今の俺の手には余る。
「と、とにかく!この魔法を使えば、グレン様くらい容易く殺せます。だから、話しなさい」
「……目的の為に必要だと判断したからだ」
命令口調だが、どこか嘆願している様でもある。私に貴方を殺させるな、と。だったら、もう話してしまおう。出来るだけ多くを。
先程、軽く暴れた際の音が聞こえたのだろう。ヘレンを含む、数人の気配が近付いて来ている。
「目的、ですか」
「まず第一に、アリシア及び騎士団の娘達を傷付ける事は無い。この国に仇為す事も、な」
「……」
クロエは口を挟まない、黙って聞いてくれるようだ。ただ、眉が寄っている。
「そもそも、俺がアリシアに近付いたんじゃなくて、向こうから仕えろ、と言って来たからな。俺は、それを好都合だと捉えた」
「……姫様を呼び捨てにしないで下さい」
「今は許せ。兎に角だ。あのまま商会にいても、上手く動けなかったからな。アリシアの下ででっかい餌になる事にした」
「……」
不愉快そうだが、一先ず聞いてくれるようだ。
「俺の目的は■■■■を殺す事」
「っ!?そ、それは……!」
「こっそり暗殺する事も考えたが、この世界には魔法がある。どんなに上手くやっても、俺の仕業だとばれる可能性があった。ばれたら周りの奴らに迷惑が掛かるし、今後生き難くなる。だから、自らを餌とした」
商会は勿論、【麒麟の角】の面々にも迷惑が掛かっただろうからな。彼らは恩人だ。その状況は好ましくない。
「では、あの時言っていたのは……」
それは初めて姫様の屋敷に来た時、姫様との会話で言っていた事。
「ああ、■■■■が食い付く事を狙ってた」
「っ!」
「まあ、狙った獲物は食い付かず、別の獲物が別の針に掛かったんだけどな」
「し、しかしその方は……」
クロエの言いたい事は分かる。気が進まない事も。この国の人間として生まれれば、戸惑う。
「ああ、だが屑だ。どうしようもない程に。キャメロン同様に」
「っ!」
「だから協力してくれ、クロエ。そしたら俺も動きやすくなる」
「しかし……」
即答は出来ないか。
「知っているだろう?あの屑がやっている事は。それに、フィオランツァも可哀想だ」
「わ、私は……」
下を見るクロエ。いや、胸か?まあいい、兎に角もう一押し。
「恐らく陛下は俺の目的に気付いている。その上で黙認してくれている」
「なっ!?」
親父達もいるし、セバスにもそれとなく匂わせた。
「元々、■■■■を片付けられれば、アリシアにも正直に本性を見せるつもりだった。だから、協力してくれクロエ」
「……」
「……」
暫し見つめ合う。その真意を探るように、俺の瞳を覗き込んでくる。やましい事は無いと胸を張り、目を合わせる。
「……分かりました。表立っては協力できませんが、出来る事があれば協力します」
「ありがとう」
「ただ、何度も言いますが優先するのは姫様ですから」
「うん、分かってる。それでも、ありがとう」
感謝の言葉 ~最高の笑顔を添えて~
「~~っ、礼はいりません!」
照れるクロエ。初めて会った時からは想像出来ないな。あの頃の俺に言いたい。『大丈夫。クロエは可愛いぞ』と。
「はははっ。まあ、一先ずはキャメロン・コナーの事だ。……ヘレン、頼むよ?」
「うむ。任せるのじゃ」
扉の方に問い掛けると、ヘレンと数人の夜魔族が入って来た。




