第六十八話
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何が起こった……?
ズルッと、それが引き抜かれていく。ああ、痛いな。
後ろに倒れそうになるのを、根性で耐える。しかし、足元がふらつき、数歩よろけるように後退る。
「グレン様っ!!」
背後には誰も居ない。だが、黒い何かがそこにはあった。床から生えた黒いそれは、うねうね動いている。
「ああっ……!」
クロエが駆け寄ってくると、悲鳴を漏らす。今も胸からは、止めどなく血が流れている。軽く見ただけでも、重傷だと分かる傷なのだ。近くで良く見れば、心臓をやられている事なんて容易く見抜く。
パニックを起こしたように、クロエが血で汚れるのも構わず胸に両手を当て、血が流れるのを止めようとする。
「ごほっ……!」
口の奥にあったモノを噛み砕き、嚥下する。血の味に混じって、独特の苦みが口の中に広がる。
胸の傷を治そうと、指輪から最高級魔法薬を取り出す。
「させんよ」
パリンッ。乾いた音を立て、黒いそれに虚しく魔法薬は砕かれる。右手から液体が零れ落ちる。
「ああ……」
悔し気に、右手を握り込む。
「貴様っ……!」
激情からか長に飛び掛かろうとするクロエの腕を、左手で掴み止める。それじゃあ、ただの無駄死にだ。
「グレン様!?どうして……」
「ふふふっ。どちらにせよ、もう持たんよ。確実に心臓を貫いたのじゃから」
そうだな、このままじゃ持って数分だ。少し時間を稼ごう。クロエに黙ってるよう、人差し指を唇に当てる。
「っ!?」
「そ、その…黒い………のは……?ごほっごほっ」
「影じゃよ」
「か……げ……」
「そうじゃ。ユニーク魔法の一つ、影魔法じゃ」
魔鎧があるから、魔法攻撃はある程度防げるはずなんだけどな。まさか、影って実体あって物理攻撃とか?それなら、魔鎧じゃどうしようもないじゃないか。相変わらず、異世界は不思議がいっぱいだな、ちくしょうっ。
一応防刃性のスーツだけど、突きには弱いし。ああ、抜かった。慢心があったかもしれないな。
「じゃ……突然…背後……」
「うむ。影魔法の一つじゃ。妾は影の中を渡れる」
「ははっ……」
何だよそれ。理不尽過ぎる。笑えてくるぜ。
もう立っているのも限界だ。力なく膝をつく。
「最期に言い残す事はあるか?」
「クロエを……見逃……」
「それは出来ぬ。妾達の秘密を知る者は、例外なく死んでもらうのじゃ」
譲ってはくれ無さそうだ。
「じゃ……あ、殺……は……俺…死ん……」
「ふむ。よかろう。そこなメイドは、お主が死ぬまでは殺さん」
「ふざけないでくださいっ!!!」
突然のクロエの絶叫。
「ク…ロエ……?」
「貴方にはまだまだ姫様の下で働いて貰いますっ!!ここで死ぬなんて、許しませんっ!!」
その顔には大粒の涙が。ああ、泣かせてしまった。
「……済……まな…」
「……ったじゃないですか……っ!?死ぬつもりはない、と大丈夫だと、そう言ったじゃないですかっ!?」
「……済……ない」
謝るばかりの俺に、唇を噛み締めるクロエ。理不尽な事を言っているのは、彼女も理解しているのだろう。
「~~~っ……!」
クロエの涙を左手で拭う。あ、俺の血で汚れてしまった。ま、いっか。
それに、そろそろだ。
「……クロ…エ。抱……締め……て…て……良い……か?寒……んだ」
何故か本当に寒い。身体機能は軒並み低下しているだろうが、ここまで寒さを感じるはずは無い。別の要因があるのか?
「グレン様……っ!」
思考を遮るように勢い良く、正面から抱き付いてくるクロエ。傷にやや響く。自然とクロエの耳元へ、俺の口が寄る。
「――――」
「―――っ!?」
「ごほっごほっ……ぺっ!」
口の中に溜まっていた血を吐き捨てる。そして、改めて長へと視線を向ける。
「なんじゃ?」
「俺…グレ……ン……ヨ…ザ……クラ。名……聞…て……か?」
「うむ。妾の名はヘレン。当代の夜魔族が長、ヘレンじゃ」
「そう……か。ヘ…レン、介……錯を……頼む」
「……相分かったのじゃ。楽にしてやろう」
そう言って、近付いて来るヘレン。その距離はほぼ目の前、手を伸ばせば届く距離だ。魔法では無く、その手で引導を渡してくれるらしい。俺の理想通りだ。
「あ……り…がと……」
「うむ。礼には及ばぬ。妾なりの敬意じゃ」
「それ…でも……」
「今宵の事を、妾は決して忘れる事は無いであろう。最高に楽しい夜だったのじゃ」
狙いは首。綺麗に指が揃えられた貫手が迫る。
「そうか……」
「さらばじゃ、グレン・ヨザクラ!!!」
「じゃあ、もっと楽しもうぜ?」
シャァァァンッ
「っ!?」
俺の首に触れるその瞬間、金属の擦られる音と共に彼女の腕が高く舞い上がった。そして、仄かな蝋燭の光に赤い刀身が煌めく。
膝をついた状態、クロエを抱き締めた状態での、力任せの居合。強化された身体から放たれるそれは、やはり音速に迫る。
正面から抱き付くクロエの腰に回された左手は、必然右の脇の下付近に近づく。右手は物を持てない。なら、刀は右の脇の下で挟めばいい。指輪のおかげで、ギリギリまで隠せる。
後はその瞬間を狙えばいい。不安定な構えの状態でも届く範囲に、彼女の腕が迫るその瞬間を。
「ぐぅっ……!」
「長っ!?」
「お、お主、何故動ける!?」
クロエを抱え、素早く距離を取る。追いかけてくる様子は無い、好都合だ。右手を開き、中の液体が零れないように注意しながら、胸に空いた穴に突っ込む。
「グレン様!?」
「お主……何をしておる………?」
俺の凶行に、驚く二人。無理も無い、クロエにこの事は説明していないからな。ヘレンには血迷っているようにしか見えないだろう。
「くっ……っ!かはっ……っ!」
気が狂いそうなほど痛い。しかし、止める訳にはいかない。なぜなら、心臓に空いた穴を完全に塞がなければならないから。
口の中で噛み砕いたのは、最高級魔法薬が入っていた小さなカプセル。それで一先ずの延命処置。そして、薬が効くまでの時間稼ぎ。流石、最高級魔法薬。僅かながら心臓にも効いているのが分かった。
だが、それだけでは完全では無い。死期が数分延びただけだ。穴の開いた心臓を完全に塞ぐには、直接心臓に最高級魔法薬を掛けなければならない。しかし、ヘレンがそんな隙を与えてくれるはずも無く、俺も貫かれたショックで動きが鈍って隙を作れない。
事実、目の前で取り出した最高級魔法薬は割られた。だから、それを利用した。素早く、右手で零さぬように握り込んだ。これが、右手を使えなかった理由。
握り込んだと言っても、量は限られる。胸の傷の上から掛けても、心臓には届かない。だったら、直接掛けるしかないよな。自らの手で、僅かに治りかけていた傷口を拡げようとも。
後は、タイミング。一撃でも、相手の意表を突く程の攻撃を放てるまで回復する瞬間。そして、俺の死がほぼ確定し、最も相手が油断する瞬間。会話をしながら見極める。ギリギリまで、死に掛けた演技をしながら。回復し始めたその体で。
そして、その最高のタイミングで、ヘレンにとって思いもよらない一撃を見舞う。
「くふぅぅっ……」
心臓から飛び出していた血流の勢いが、弱くなっていくのが分かる。傷が塞がってきた証拠だ。
大きな隙を晒しているが、誰もが俺のこの行動を呆気に取られ眺めている。
「はぁぁぁ……」
心臓からの流血が止まった。完全に穴が塞がったようだ。鼓動も問題ない。少々流した血の量が多いが、まだ十分戦える。
「さぁ、第二ラウンドと行こうか」
刀を構え、口元の血を拭いながら不敵に笑う。
赤い刀身が、怪しげな光を放っていた。




