第六十七話
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危なかった。属性魔法の事を失念していた。先程は味方を巻き込まないために、最初を除き使わなかっただけで、今は十分に使える状況だ。俺だって、使えるな使う状況だ。
これは、まだ魔法を使う相手との戦闘になれてないのが、顕著に表れたな。今後の課題だ。
壁の横か、それとも上からか。どこから来るのか、神経を尖らせ気配を探る。薄っすらと魔力で全身を覆う。
「くっ!?」
後ろにいた。また突然だ。いきなり後ろに沸いたように現れた。容赦なく心臓を狙って放たれる貫手を辛うじて躱し、苦し紛れの蹴りを放つ。顎への蹴り上げだ。
その蹴りを躱すようにしゃがむ長を追い、踵落としの要領で蹴り上げた勢いを利用して振り下ろす。
「は?」
しかし、そこにはもういない。自分の足と長が重なった瞬間、いなくなった。横に逸れた訳でも、後ろに下がられた訳でも無い。振り下ろし終えた頃には、またしても背後に湧いて出た。
「炎弾」
「ぐぁっ!」
「グレン様!?」
背後への衝撃。そして熱。至近距離から背後に、魔法を食らったようだ。勢いよく前方に吹き飛ぶ体。
何度か跳ね、その勢いを利用して空中で体勢を整える。長の方を向き直ると、拳大の炎の塊が大量に迫っていた。躱すのは間に合わない、バランスの悪い体勢だから。仕方ない。
「なっ!?」
「え!?」
驚きの声は誰の口から漏れたものか。
炎の塊に向かって、正面から突撃する。炎弾とは、言うなればス○ブラマ○オのファイアボール。跳ねたりはしないが、触れたら延焼する。それを、手と足で難なく叩き落としていく。
「何故燃えない!?」
セーラと呼ばれた女の絶叫。無理も無い。今の俺はかなり非常識な事をしている。
科学的要因で発生する火と魔法的要因で発生する火。俺は、この二つを別物だと結論付けた。発生する条件が違うのならば、他にも違ってくる部分があるはずだ。例えば消える条件とか。そんな、魔法の原理についての思考。
だが、それを検証する術を俺は持たなかった。いや、魔法に関しては出来ない事の方が多すぎて、断念したというのが正しい。しかし、別の過程で一つの事実を発見した。
それは、魔法には魔力である程度干渉できるという事。
魔法を使う相手との戦闘における心構えを、ナンシーから学んでいる時だった。
『なあ、戦闘時に相手が魔法を使ってきたらどうすればいいんだ?』
『……そうね。その対処法については主に二通りあるわ』
『二通り……』
『一つは、当然躱す事。そして距離を詰めて倒す方法。魔法を主に使う人は、近接戦闘に慣れていない事が多いから、距離さえ詰めればなんとでもなる。現にベルハルトがそうやって倒すわ』
『接近戦も得意だったら?』
『相手に腕や足が一本増えてるようなものだと考えればいいわ。それに、近接戦をしながらの、魔法発動は大変よ。魔力操作が難しくなるから。少し手数が増えるだけよ』
『だから接近戦……。遠くから一方的に、魔法を撃ち込まれるよりマシか』
『そしてもう一つは、こちらも魔法で迎え撃つ方法。私がこの方法を取るわ』
『例えば、火の魔法に風の魔法をぶつけるとかか?』
『そうね。当然属性の相性とかもあるけど、込めた魔力量や魔力操作の緻密さ次第で、結果はどうとでも変わるわ』
『そうなのか……』
『属性魔法が使えない貴方は、必然的に一通り目の方法に限られるわ』
『みたいだな、教えてくれてありがとう』
『べ、別に礼なんていいわよ!今の私はグレンのせ、先生なんだから!』
『うん、そうだな』
『い、一々撫でるなぁ……!』
この話を聞いて俺が思ったのは、魔法に魔力をぶつけたらどうなるのか、という事だった。
魔法同士の衝突で魔力が関係してくるのは、それぞれの属性魔法の事象の元が魔力だからだろう。元々が魔力なら、魔法に魔力をぶつける事で何か起こるんじゃないか、そう思った。
ナンシーの放つ弱めの風魔法に、自分の魔力をぶつけてみる。
結果から言うと失敗だった。多少、風が乱れたりしたがその程度。所詮は素人の浅知恵という事だ。
しかし、俺は諦めきれなかった。『多少』ではあったものの、確かに影響を及ぼしていたように見えたから。
これ以上自己満足に付き合わせるのが忍びなかった俺は、一人で出来る事を考えた。それは、科学的に発生した火と魔法的に発生した火を、魔力を使って比較する事だった。
まず、科学的な火としてライターを用意。そして、魔力を纏わせた手を翳した。熱かった。ただただ熱かった。
次に、魔法的な火としてライターに似た魔道具を用意。魔力を流せば火が出る、便利道具。魔法とは違うかも、とも思ったが、その時はこれが最善。そして、魔力を纏わせた手を翳した。熱かった。しかし、ライターの時よりは熱くなかった。
何故か。それは、『火』そのものが違うからに他ならなかった。
興奮した俺は、手に纏わせる魔力量を増やした。すると、魔道具の火の熱さはほとんど感じなかった。調子に乗った俺は、その手でライターの火に翳した。火傷した。
そして、興奮冷めやらぬ俺は、今一度ナンシーに協力をお願いした。
再び弱い風の魔法を放ってもらい、俺はそれを魔力で覆った手で叩き落とす事に成功。大興奮だった。興奮したままナンシーに抱き付き、彼女が気絶したのはご愛嬌だろう。
それから俺は、魔力に可能性を見るようになった。だから俺は、今でも魔力操作の鍛錬は怠らないし、体外で操作するなんて事にも挑んでいる。
お蔭で今も命拾いした。背中に炎弾を受けても無事だったのは、炎壁を見た後に高密度の薄い魔力を纏っておいたからだ。
魔法がイメージによるものだと言うのなら、魔力に闘気や殺気などを乗せられると言うのなら、俺はこの高密度の薄い魔力に一つにイメージと一つの意思を与えよう。
込めるイメージは『強固な鎧』、込める意思は『魔法を通さない』、というこの二つ。
魔鎧。
魔法的攻撃に対する防御に特化した、魔力で出来た鎧だ。炎弾を受けて感じるのは鎧越しの熱と、鎧越しの衝撃。俺の体にダメージはほとんど入らない。
炎弾を捌き迫りくる俺に、長は目を見開き驚きつつも気を抜かない。再び近接での徒手格闘が始まる。
バッ、バッ、バッ、バッ、バッ、バッ、バッ
俺達の音速並みの応酬が、空気を振動させ音を立てながら繰り広げられる。
そして、首を狙う貫手を左手で掴み、顎を狙うアッパーカットが左手に掴まれる。互いの右足が、相手に左足を踏み抑える。千日手だ。
「やるなぁ、夜魔族の長よ」
「お主こそ」
長の顔には楽しそうで、獰猛な笑みが浮かんでいる。恐らく、俺も同様だろう。
それにしても、近くで見ると美人だなこいつ。この距離は少し照れるぞ。あ、向こうも同じか?
「背中に魔法受けた時には焦ったぞ」
「何がじゃ。何事も無かったかのように、ピンピンしておったくせに。こちらこそ、炎弾をただの魔力を纏った手で捌かれた時は、焦ったのじゃ」
「はっ、よく言うぜ。少しの隙も見せなかったくせに」
会話しながら、お互いの隙を窺う。手を離す瞬間、足を退かす瞬間。それぞれを、神経尖らせ見極める。次なる一手を考える。
「グレン様っ!!?」
焦ったようなクロエの声。それは、悲鳴に近かった。
「え?………ごふっ!?」
左胸付近に走る、鋭い痛み。次いで、口から大量の血が溢れ出す。息が苦しい。目が霞む。恐る恐る胸元を見ると、何か黒いモノが飛び出している。
それは、背中側から的確に俺の心臓を貫いていた。




