第六十五話
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その男の事はずっと気に入らなかった。
俺達を囲むように現れたその瞬間から、ずっとクロエを舐め回すように見ていた。薄暗い中で、その男の目のギラつきは際立っていた。
「ぐぅぁぁぁぁぁっ!?」
うん、取り敢えずスッキリ。
とは言え、一番酷かったのがこいつってだけで他にもいるんだよな。あいつとあいつとあいつとあいつ。どれも男だ。コナー家と繋がりがあるという事は、もしかしたらの可能性もある。動けないように徹底的に、やっておかないと。
感情的になり過ぎて、やり過ぎないように注意しないと。
「水槍っ!」
男の隣にいた女の魔力が動き、水で出来た槍が空中に現れる。属性魔法だ。
水だからと油断はしない。魔法であるこの水の槍は、容赦なく人を穿つ。魔力操作の緻密さ次第で、鉄すら容易く削るのだ。
急所へと飛んでくるそれを、バックステップで躱す。
「隙あ「ねぇよ」がぁっ!?」
水の槍を躱しながら、わざと作った隙に飛び込んできた男の顔を殴る。そのまま胸元を掴み、力一杯押し放つ。とんでくる魔法の方へ。
「ごふっ!」
「なっ!?」
水の槍が腹と足に刺さった。あ~あ、クロエを厭らしい目で見るからだ。
「ちっ……魔法は私達の攻撃の妨げにもなる!接近戦で間断なく仕掛けなさい!」
それを合図に、息つく間もない猛攻が始まる。
右から切り込んできた女の剣を持つ腕を取り、左腕に抱えるクロエを斬らんとする女の剣を受け流す。そのまま掴んでいた腕を振り回し周りを牽制しつつ、クロエを狙った女の方に投げる。
「キャァッ」
「ちょっ……!?」
二人が縺れるように飛んで行くのを傍目に、背後から振り下ろされる剣を躱し踏みつける。そのまま流れるように男の顎を蹴り上げ、砕く。
「がっ!!」
クロエに向かって勢い良く突き出された槍を掴み、半ばで折る。槍を折られ一瞬呆然としていた男の足を払い、倒れた所に折れた槍の穂先を力一杯振り下ろす。男の腹と床を縫い付ける様に、折れた槍が深々と突き刺さる。
「がはっ!」
横から繰り出された鋭い蹴りをステップで躱し、その先で突きだされた剣を白羽取りの要領で摘まむ。
「!?」
そして、手首に負担を掛ける様に、力ずくで押しながら回す。剣が手から離れた所で、そのまま女の腕を這うように剣を摘まんだままの右腕を伸ばし、剣の柄で肩を強打する。
「ぐぅっ!」
刃の部分を指で器用に回し、持ち替える。流れるようにクロエのメイド服を掴もうとしていた男の腕を切り落とし、その怯んだ隙に他の四肢をも切り落とす。
「……!?」
声も出せずに痛みで失神した男を、こちらに迫って来ていた女達の方へ蹴り飛ばす。
素早く周りを見渡す。これで、例の男共は全員かな。それにしても、女の方が多いのは何か理由があるのか?
「メイドを狙うな!まずは男を狙え!メイドは抱えられているだけだ。わざわざ枷を外してやる必要は無い!」
クロエが死ねば、守る意味が無くなる。そうなると、俺は両腕が空く事になる。そう考えたのだろう。
「っ……!?グ、グレン様。わ、私も……!」
「ん~……」
目まぐるしく変化する状況と、何より己を抱えながらも傷を負う事無く魔族を捌いていく俺の姿に、呆け体を強張らせていたクロエが正気に戻ったようだ。
命を奪わんと迫りくる凶刃を、往なし躱し捌きながら周りの状況を観察する。
最初にこの建物に入った時、五十人近い存在を捉えた。しかし、先程から襲ってくるのは、三十人程度。お客様の対応を任されている、と言った女を含めて残りの二十人程は、傍観している。
未だ傷一つすら与えられていない状況に、焦った様子も無い。何を考えている?
外で俺達を監視していた気配が、続々とここに集まっているのは分かっている。それに、二階と思しき場所に更に強い気配がある。まあ、こっちは放っておこう。今の所近付いて来る様子も無い。
当初は力を示す事で、俺を殺す事は出来ないが俺はいつでも殺せるという事を理解させ、交渉の席に着いてもらう予定だったが、そう甘い事は言ってられないらしい。
よし、もう少し本気を出そう。
「クロエ、大丈夫だから。もう少し俺に身を委ねて。っと」
「し、しかし……」
男に抱きかかえられるのは経験が無いのか、少しぎこちない。おかげで、抱える俺の方の動きも僅かに悪くなっている。
もう一度抱き寄せ、耳元で囁く。
「心配してくれてありがとな。でも、問題無いよ。俺は強い。っと。クロエが思っている百倍はね。だから、委ねて。守るから。はっ」
「っ!貴方と言う人は……っ!」
怒りもあるのだろう。その言葉には、俺を咎める険がある。しかし、耳を赤くした彼女は両腕を俺の首に回し、密着してくる。うん、抱えやすくなった。
「ありがとう」
「~~っ!死ぬ時は一緒です……っ!そ、それと、無事だったらちゃんと話しなさい!」
「ああ、分かってる」
ここまで見せてしまった以上、彼女にはしっかり話をして協力者になってもらうのが得策だろう。
「舌噛むなよ」
襲ってくる夜魔族に合わせていた速度を、二段階上げる。同時に、今一度魔力を広げ闘気を込める。流石に、二つを同時に行う事は出来ない。出来ても一瞬だ。だが、今は一瞬で良い。
闘気により、ほんの一瞬奴らの動きが鈍る。その隙に懐に潜り込み腹を殴り、又は顎を殴り脳を揺らし、又は首に手刀を叩き込む。そうやって意識を奪っていく。
時間にして約十秒。襲い掛かっていた約三十人は、全員が意識を失って地に伏していた。
「まだ続けるのか?」
「……当然だ。その者達の序列は低い。本番はここからだ」
序列、ね。確かに見た感じ、残ってるやつらは寝ている奴らより強そうだ。
やや手荒になるが仕方ない。やはり、全員叩きのめそう。
「……っ!?」
踏み込んだ瞬間、視界が闇に覆われた。やられた。蝋燭の灯を消されたのだ。身体強化・極により夜目が使えるとはいえ、急激な明暗の変化は一時的に視力を奪う。
「グ、グレン様………っ!」
焦ったクロエの声。確かに普通ならマズい状況だ。だが、生憎俺は普通じゃない。
「なっ……!」
「……」
「は……?」
「……」
目が使えないのなら、他で情報を得ればいい。
風切り音を、足音を、呼吸音を聞き逃さない。僅かな空気の流れを、見逃さない。強化された耳と肌で、『見る』のだ。
容赦なく首を狙ってきた剣を躱し、急所へ迫る拳を叩く。それぞれにカウンターを叩き込み、意識を刈り取っていく。
時折、視界が白くなる。恐らく、魔法的なもので光を作っているのだろう。やや魔力の揺らぎを感じた。視界を完全に奪う為だろうな。しかし……、
「なっ!?貴様目を……!?」
そう、既に目は閉じている。
視覚が宛てにならないのなら、必要ない。その他の感覚に集中するために、閉じた方が良い。
「弱いな、お前達は」
「くっ!化け物め……っ!」
一人一人は強い。振り下ろされる剣速も、放たれる拳速も蹴足も非常に速く、威力も申し分ない。それは、それらの攻撃を往なす右手の負担が物語っている。
しかし、連携がなっちゃいない。それぞれの身体能力とセンスに物を言わせている為、猛攻ではあるが連携といえる程のモノでは無い。おかげで対処がしやすい。
確かに強い。流石、魔族最強の一角。納得だ。そのせいで、自分より強いモノとの戦闘経験が少ないのだろう。練度が低い。
「がぁっ!」
「ぐぅっ!」
「げほっ!」
「キャーッ!」
「あぁっ!」
ギアをさらに一段階上げる。
果敢に挑んでくる者はカウンターで、怯え足を止めた者は懐に飛び入り、軒並み意識を奪っていく。クロエに掛かる負担に気を付けながら。
死屍累々。時間にして十数分。目を開けると最初に俺達を出迎えた女を含め、動く様子の無い者達を除いて、エントランスにいた夜魔族は全て地に伏していた。
思ったより時間が掛かった。身体強化でタフネスが上がっていたのと、最初の方に気絶していた者達が意識を取り戻したからだ。その為、暫く起き上がれないよう手加減せず、しっかり意識を刈り取っておいた。
「本番とやらはまだか?」
「ちっ……」
さて、残っているのは上から降りてきた者の一部。全員女。どれもが強い。地球にいた頃の親父並かそれ以上。それが二十人弱。ちと骨が折れそうだ。
「なら、そろそろ話を聞いて欲しいんだが」
再び蝋燭に火が灯る。
「……くどい。次は我等が相手だ。生きては帰さんぞ」
「はぁ~~……」
仕方ない、やるか。向こうにも面子・プライド等があるんだろうしな。お互い引けないなら、とことんぶつかろう。
互いの空間に、張り詰めた空気が流れる。オスカーの時は三割、今日は三割四割と来た。次は六割でお相手しよう。
両者が今まさにぶつからんと地を踏み締めた時、そいつが現れた。




