第六十四話
ブクマ・評価ありがとうございます。
魔窟だ。ざっとその気配を数えただけでも、五十近くはいる。完全に囲まれているようだ。
あくまでも気配だから大まかな強さしか分からんが、多くがクロエと同等かそれ以上。これは最悪を想定せねば。
「……お客様ですか?」
「「っ!?」」
仄かな明かりの中に人の姿が浮かび上がる。女だ。それも強い。クロエより断然に。もしかしたら、この目の前の彼女が夜魔族の長の可能性もある。
決まった。逃げるのは不可能。なんとか、交渉の席に座ってもらわないと。いや、力ずくでも座らせないと。
「び、びっくりした~。え、えっとですね。私はグレンと申します。こちらは私のメイドです」
「……そうですか。ここが何処だかご存知で?」
「は、はい。そ、それでですね。ここの偉い人と話をしたいな、と。出来れば一番偉い人と」
この人でもと言うか誰でも良いのかもしれないが、コナー家との関係を誰が知っていて誰が知らないのか、それが分からない以上話をするならやはり偉い人になる。人目も避けたい。
「……依頼の話は私がここで承る事になっております。それ以外の話でしたら、どうぞお引き取りを」
「え?あ、あのですね。そう言う訳にもいかなくて……少しで良いんです。少し話が出来れば」
「……お引き取りを」
取り付く島もない。魔族故の警戒心の高さか。それとも、コナー家に何らかの指示を受けているのか。対応も事務的だし、少し手強いな。
「え、えっと。お互い為になる話だと思うんですよね」
「……力ずくで叩き出しますよ?」
そう言って女が手を挙げると、俺達を囲うように十数人の人が現れる。
対話は不可能のようだ。
「……そうですか、残念です。折角夜魔族の皆さんにとっても、悪くない話を持ってきたのに」
「っ!?」
「……ちっ!」
「くっ!」
キィィィン、と金属同士のぶつかる音が響く。飛び出してきた男の振るう剣を、クロエが剣で受け止めた音だ。こういう時はフォークとかじゃないらしい。
男の舌打ちは種族を知られていた事による焦りか、それとも苛立ちか。
クロエもその表情は硬い。恐らく、今の一合で彼我の実力差を理解したのだろう。私だけでは勝つのは難しい、と。
「下がれ!」
「だが、こいつらは……!」
「黙れ。お客様の対応は私が任されている事だ。出しゃばるな」
「くっ……!」
どうやら、この女の人の方が偉いみたいだな。それに、一枚岩でも無いようだ。飛び掛かってきた男同様に、悔しそうな顔をしているのは男ばかり。そして『任されている』という事は、さらに上に立つ人がいる、と。この辺は有益な情報だな。
「……申し訳ありません。私共の不手際です」
「い、いえいえいえ。私も不用意な事を言ってしまいましたし、私のメイドは強いですから」
心の籠っていない謝意に、虚勢を張っているかのように胸を張る。
「グレン様……っ!」
周りを警戒しながら、焦ったような声を出すクロエ。そこには褒められた事に対する照れなどは一切無く、本気で焦っている。俺が、クロエの実力を過信し過ぎているように見えるからだろう。
「フッ、そのようですね」
こちらに同意しながらも、嘲りが入った反応をする女。それは、今まで良くも悪くも事務的だった彼女が、こちらを下に見た瞬間。つまり、俺の事も見抜けていない証拠。
それは、大きな隙となる。俺はそれを見逃さない。
「そ、それで、話の方は聞いていただけるので?」
「……私共にそのつもりはありません。それに、お客様を素直には返せなくなりました」
「へ?」
まあ、そう来るよな。だが、悪手だ。
「……我等の正体を貴様等に教えた者の名を言え。断るならここで死んでもらう」
口調も変わり、女からの圧力が増す。
「……クロエさん、私の左隣へ。それと武器を仕舞って下さい」
「は……?それでは……っ」
「大丈夫ですよ。我々は戦いに来た訳じゃ無いのですから」
そう、戦いに来た訳じゃ無い。だから、この後の展開において俺の思い通りに事を運ぶために、信じて委ねてもらわないと。
だから、口で語る。目で語る。態度で語る。自信を漲らせながら。
「うっ……。それは何かズルいです……。わ、分かりました。一先ず信じます」
「ありがとう」
前半はお馴染みになった、小声の想い。俺は兎も角、魔族である彼ら聞こえている可能性を失念しているみたいだ。
「……なんのつもりだ」
「争う意志は無い、という証明です。話を……聞いてもらえませんか?」
「……くどい。貴様が話していいのは、どうやって我等の正体を知り得たのか。その一点のみだ」
やはり、対話は無理か。こちらが彼等の正体を知っているという事が、態度を頑ななものにしているのだろう。
「本当に戦うつもりは無いんですけどね……」
先程までは、こちらの要望をただ伝えただけ。話がしたい、と。だから、ここからが交渉だ。一先ず椅子の座り方を教えてあげよう。
長い髪を、動いても邪魔にならないように縛る。
「きゃっ……?グ、グレン様!?」
左腕をクロエの腰に回し、抱き寄せる。思った以上に可愛らしい悲鳴が、彼女の口から漏れる。
「クロエ」
「っ!?」
「俺を信じ、その身を委ねろ」
堂々とした声を意識しながら、クロエの耳元で囁く。今のクロエにはそれだけで良い。
「っ……。は、はい……っ!」
ほらね。
「さて夜魔族よ、交渉を始めよう」
あれだけ対話を、と言ったのに、返答は拒絶や強襲。俺も聖人君子じゃない。そろそろ頭に来ている。
「……なに?」
「最後にもう一度だけ聞く、俺の話を聞く気はあるか?」
「無いっ!」
そう言い、女は手を振り下ろす。かかれ、という合図だろう。証拠に俺達を囲っていた者達が、確実に俺達の息の根を止めるべく一斉に足を踏み出す。
その瞬間、俺を中心に魔力が広がった。
「「「っ!?」」」
魔力は体外に出ると、もう操れない。しかし、体と繋がっていればその限りでは無い。魔力操作の緻密さ次第で、どこまでも出来る。俺を中心に広がる魔力は、建物中に行き渡る。二階と思しき場所にいる存在にも、俺という存在を知らしめる。文字通り肌で感じてもらう。
ただの魔力だけなら、魔法を警戒するだけに止まっていただろう。しかし、彼らは息を呑み足を止め、そして冷たい汗を流す。魔力に込められた圧倒的な闘気に、恐れ戦く。強烈なプレッシャーを感じているのだ。
「グ、グレン様……っ」
間近で闘気の籠った魔力を浴びているクロエは、顔面蒼白で驚きながらもどこか怯えたように俺を見ている。無理も無い。今の俺は、殺し屋としてここに立っている。
普通に考えて、魔力に意識を乗せるとか出来る事じゃない。しかし、俺は出来る。それは全くの偶然だった。魔力操作の鍛錬中に、思い付きでやってみたら上手くいった。メカニズムはよく分からない。本当に何となくの結果。魔力には不思議がいっぱいだ。
気迫だとか気だなんて、そんなものは普通感じ取れない。場の雰囲気だったり表情だったりの、副産物に過ぎないものだからだ。それを、明確に相手にぶつける事が可能になった。これは、大きなアドバンテージだ。
「……覚悟は良いか?」
「くっ……!」
中には、それなりに強い精神で踏み出そうとしている者もいるが、それらは俺の一睨みで再び動けなくなる。
「……戦うつもりは無いのではなかったか?」
「俺の話を聞くなら、答えてやる」
「……っ!はぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
どうやら俺の放つプレッシャーを、気合で吹き飛ばしたらしい。声を挙げた後の彼女は、戦士の顔をしていた。
それを皮切りに、周りの者達もハァッと気合を入れていく。静かになった頃には、プレッシャーを感じていないはずは無いのに、全員が戦闘態勢に入っていた。顔は強張ってはいるが、動く事が出来るようになったようだ。
そんな彼らから、薄っすらと魔力が滲み出る。身体強化だ。
「へぇ……」
流石、魔族最強の一角。この程度なら対応出来るか。
「……貴様は危険だ。ここで確実に排除する」
何度も言うが、戦うつもりは無い。
ただ、叩きのめすだけだ。進んで交渉の席に着いて貰えるように、否が応にも交渉の席に着かせるために。
「やってみろ」
「きゃっ……!?」
そう言うや否や、クロエを左腕に抱えたまま身体強化・極を施した体で踏み込み、先程俺を殺そうと飛び込んできた男の両膝を蹴り砕いた。




