第六十三話
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夜魔族対面の日となった。
この三日間『天使の涙』に通い尽くめだった。特に目新しい情報も、コナー家に変わった動きも無かった。その為朝早くに向かい、夕方までただダラダラと過ごした。
フィロメーナの料理に付き合ってあげたり、サンドラの着替えを手伝ってあげたり、ネイにこき使われたり、これらはまた別の話。
「さて、行きましょうか」
今日も朝からフィロメーナの下で、ダラダラと時間を潰した。既に日は落ちた。良い頃合ろう。
「……はい」
返事をするクロエの表情は硬い。無理も無い。これから会いに行くのは、魔族最強の一角だ。戦えない事になっている、足手纏いの俺がいる分余計気負っているのだろう。
「気を付けるんだよ。坊やが死んだら、私達も死ぬつもりだからねぇ」
「え?あは、あははは。そ、それは責任重大ですね」
目がマジだ。なんか、変にプレッシャーが掛かった。
「グレン様、お気を付けて」
「はい、行ってきます」
「「行ってらっしゃい」ませ」
向かうは夜魔族のアジトとは逆方向。あの辺りに住む人間や夜になって増える見回りに騎士や兵達に、警戒や不審がられるのを避けるためだ。離れた場所の路地裏やスラムを通って、目的地に向かう。
「そう言えば、殿下には今夜の事なんと伝えたんですか?」
いいアイデアが浮かばなかったので、『上手く誤魔化しておいて下さい』とクロエに丸投げしたのだ。あらから気まずくて、避けているとも言う。
「グレン様は今夜、最高級娼館に泊まるそうです、と伝えておきました」
「え゛?……え?」
「『ふ~~ん、良い御身分ね。あんなに偉そうな事を言ってたくせに……っ!』だそうです」
「うわ~~……」
会いたくない理由が増えた。もっとも、夜魔族の事が済んだらそうも言ってられないのだが。
「……グレン様行き過ぎです。スラムへはこちらからです」
鬱々とした気分で歩いていたら、目的の路地を通り過ぎていたらしい。クロエに呼び止められる。
「ここですか……」
普通なら通らないような、目すら向ける事の無いような細い道がそこにあった。
「……行きましょう」
意を決して、路地裏に入る。
数メートル歩くと、カビの様な据えた匂いがし始める。周りの様子も、スラムだと納得するものになってきた。ちらほらと人も微かに居る。子供から老人まで。皆一様に、目に生気が無いのだ。
普段の活気ある王都の表が光だとしたら、ここは闇。俺達には敵地だ。俺達を襲うつもりなのだろう。それとなく、スラムの住人が集まっている様だ。囲まれ始めている。
「……おい」
「うひゃっ!?」
そっと後ろから近づいていた者に声を掛けられたので、大げさに驚いておく。
振り返れば、いかつい顔のお兄さん。顔にある大きな裂傷痕が、凄みを増している。
「……お前達のような者がここに何の用だ?」
「ひゃ、ひゃい!え、えっと、この先のギルドに用がありまして……」
「……何の用か知らんが、ここはスラム。闇の住人の巣窟。何があっても自己責任だぞ」
眼力鋭く、そう言うお兄さん。内容は割と親切なモノ。ここの顔役か?こういったスラムには、縄張りがあるものだし。
「ひっ!ひゃ、ひゃい。し、失礼します!!」
怯えて尻尾を巻いて逃げる様に、クロエの手を掴み走る。
お兄さんの姿が見えなくなった所で、走るのを止める。
「は、はぁ~~、怖かった~」
「……」
怖がっているふりをしているというのに、クロエは何も言ってこない。どうやら手を見ている様だ。怪我でもしたか?必死を演出し過ぎて、強く握り過ぎたか?
「……クロエさん?」
「……グレン様、少し情けないです」
「うぐっ。で、でもあの顔怖すぎじゃないですか!?でっかい傷ありましたよ、傷!」
魔法薬なんて便利な物があるのに傷が残っているという事は、処置が遅れたという事だろう。俺の腹の傷も、もう少し処置が遅ければ、痕になっていたらしいし。
「……どうでもいいです。それより、あまり騒がないで下さい。不埒者が集まってきます」
「あ……すみません」
クロエの言う通り、すぐに不埒者に襲われだす。どいつもこいつも酒臭い。
「けけけっ、有り金全部置いてきぶべらっ!」
「お、おい!そ、そのお、女お、お、置いてい、行くんだぶらっ!ぎゅへっ!!!?」
「ぐへへ、美人ちゃんだねぇ。胸は寂しぐごぶっ!ぎゅへっ!!!?」
「うぃーひっく。いい女だー。俺のマグナムで可愛がっでぶらっ!ぎゅへっ!!!?お゛お゛お゛ぉぉぉ……お、おでのまぐなむが……」
その全てを、クロエが処理する。なんの問題も無かった。
ただ、怒気を発しながらも無表情で淡々と、絡んでくる男の股間を踏みつぶしていく様は、見ているだけで恐ろしくそして痛かった。
「……彼らに何か恨みでも?」
「?ありませんが?」
「な、ならそこまでしなくても……」
被害を被った訳でも無いのだから。
「グレン様。己が欲望のままに女を襲うような輩に、ソレは必要ありません」
「は、はい!仰るとーりです!!」
確かに、慣れた手口から常習と見ていいだろう。声を掛けてくる様に躊躇いが無い。
「そもそも、酔った勢いでというのが最低です」
「うっ……」
大丈夫。俺の事じゃない。目の前でのた打ち回る男達の事だ。あの事をクロエが知っているはずがないのだから。春香にもついぞ黙っていた、あの日の過ちの事を。
「酔って憶えていないとか、言語道断です。何度、殺そうと思った事か」
「あ~……」
そう言えば、ロゼリア騎士団の娘達も良く見周りとかしているから、そういった輩に出くわすのだろうな。メイドと言えど騎士団員。クロエもそんな輩を相手にした事があるのだろう。彼女の言葉には重みがある。
「……そろそろ、例の区画です。気を引き締めて行きましょう」
「……そうですね」
それは、そんな会話をした数分後の事だった。
「!」
「っ!!?」
俺の方はある程度予想していたし、内心身構えてもいたから声を漏らすほどでも無かった。少し驚いたぐらいだ。
しかし、クロエはそうもいかなかったようで息を呑んでいる。そして、その表情は強張っている。
ここが彼らの領域か。
「……グレン様、囲まれました。強い気配です」
「……何人ですか?」
「……恐らくですが、十人程かと。殺気などは感じません」
いや、それ以上は優にいる。割と分かり易い気配の奥に、紛れ込むようにいる。
クロエが察知したのは手前の気配だろう。その奥のさらに強い気配には気付いていないようだ。だが、これなら十分クロエでも逃げられる。
気付けないのは、仕方ないのかもしれない。それぐらい上手く紛れ込んでいる。
「……そんなにですか。ですが、殺気?が無いのであればただの監視でしょう。敵対しに来たわけじゃ無いので、無視しましょう。もしもの時は、予定通り全てを犠牲にして殿下の元へ」
「……はい………っ」
覚悟を決めたかのような表情。勿論、そんな展開になどするつもりは無い。
アジトの場所が分かっている訳では無いので、暫くこの区画を歩き回る。やはりここは、完全に彼らの領域のようだ。人が居ない。閑散としている。
すると、一際大きな建物に行き当たった。中からは人の気配がする。
「……グレン様、恐らくここです」
「ここですか……それっぽいですね」
外観から見た感じ二階建てか。冒険者ギルドと似た造りのようだが、こちらは物々しい。夜だというのも関係しているのだろう。
「入りましょう」
「……はい」
ギィィ、と音を立てながら扉が開く。年季が入っている。
「ごめんくださ~……いっ!?」
「……」
暗い。目に見える範囲には誰も居ない。だが、これは……。
ボッ、ボッ、ボッ、と音を立てながら蝋燭に火が付いていく。うん、ホラーな演出だ、ちと怖い。
蝋燭の仄かな明かりが、建物の中を照らし出した。うん、お化け屋敷みたいだ。ちと怖い。
そして、エントランスのようになっている中へ、一歩足を踏み入れた瞬間理解した。
「っ!?」
クロエじゃ戦うどころか、逃げ切る事も出来ない、と。




