第六十話
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飯がマズイ。
気付けば昼飯時となっていたので、夢魔たちが作ってくれた料理をフィロメーナの私室で食べているのだが、これが恐ろしくマズイ。
味が悪い訳では無い、いや、それもあるのかもしれん。最近俺の周りの料理レベルは著しく上昇傾向にあるので忘れていたが、この世界の料理レベルは低いのだった。だが、飯マズの主な原因はこれではない。
クロエだ。あれから、怖い。雰囲気が。容易に話しかけていい雰囲気じゃないのだ。心做しか、肌寒い。空気が冷たく感じる。
彼女の静かなる怒気が、冷気すらも作り出しているのではなかろうか。おかげで食っている物の味がしない。見れば、フィロメーナの顔も引き攣っている。彼女も俺と同じ事を感じているのだろう。
さっさと空気を変えよう。
「……夜魔族のアジトってスラムにあるんですよね?」
比較的治安の良いこの国にも、スラムは存在する。≪賢王≫もスラム救済の為に、何度か政策を実施している様だが余り上手くいっていないらしい。まあ、光ある所に影はある。スラムはそう簡単には無くならない。それに、スラムで生活している人の理由も様々だ。一筋縄ではいかないのは道理だ。
「ん?アジトかい?そうだねぇ。商業通りの東側にある居住区の裏通りにあるそうだよ」
「そこは確か富裕層でしたか……」
あの付近には、商業通りに店を構える商家等の家が連なる。その少し先には貴族街もある。なるほど、そういった金がある所からの依頼を受け易くするためか。
「……クロエさんはあの辺りの事分かります?」
「分かりません」
となると、案内を……いや、ダメか。余計なモノは省いておきたい。
「では、探索も含めて時間に余裕を持って行動しましょうか」
「分かりません」
「……」
「……」
やりにくい。
「……姫様の好きな食べ物は?」
「分かりません」
「……貴方は誰ですか?」
「分かりません」
「……」
あれからずっとこの調子だ。話を振っても、何を聞いても『分かりません』。なんか、拗ねちゃってるのだ。いや、まあ、原因が俺だなんて分かりきっているのだが。
昨日の俺の発言はそんなに影響あったのか?姫様相手に言ったのに?だが、事実今日のクロエは情緒不安定だ。なんか、感情を持て余しているかのように見える。
「……クロエさん、一発私の事殴りますか?それとも、私が殴りましょうか?」
「分かりま……は?」
だからと言って、このままでは困る。夜魔族が情報通りの存在なら、僅かな油断や隙が命取りとなる。
「どうしたんですか?今日のクロエさんはどこかおかしいというか、情緒不安定というか、いつもの落ち着きが無いですよ?」
「貴方がそれを言いますかっ!?」
「ふぇ!?」
いやー、ごもっともです。
「昨日のグレン様の言葉には、私も姫様も胸を打たれました。胸が高鳴りました。昨日の貴方には、それだけの迫力がありましたので。ですが、今日の貴方を見て呆れ、そして納得しました。やはり、グレン様はこうだと。しかし、昨日のアレは本気の言葉だったのではないですか?貴方の言葉にはそれだけの熱がありました」
「……」
「普段の貴方はどこか嘘くさい。どこがと聞かれても答えられないのですが、何か違和感を感じるのです。もしかして、昨日の貴方は素だったのではないですか?」
流石は、ユーゴの娘。ユーゴ程の脅威は無いが、それでもここまで見抜いて来るか。
違和感は心の奥で俺の演技に気付いているからだろう。昨日の俺を素だと思うのは、その違和感を感じなかったから。
俺の演技は完璧だ。普通は絶対に見抜けない。それを、たった二ヶ月ちょっとで……怖いな。ユーゴとはそうそう会う事も無いだろうから、その時その時に警戒していればいいが、クロエとは基本毎日顔を合わせる。
いつまでも誤魔化しきれるものでは無いか。
「分かりません」
「……は?」
「分かりません」
「…~~っ!今は、真面目な話を……!」
「分かりません」
だけど、それに答えるのは今じゃない。少し、仕返しもしておこう。
「あ、貴方という人は……っ!」
「ふふんっ!」
ついでに鼻で嗤う。
怒りやら悔しさやらで顔を赤くしたクロエだったが、すぐに冷たい表情へと変わっていく。
「……もういいです」
「へ……?」
それも一瞬の事。彼女の表情は、少し悲しそうなものになった。眉がやや下がっている。
あれ?思っていたのと違う。クロエに怒られるか蔑まれるかして誤魔化すつもりだったのだが、これでは誤魔化せない。そんな顔をされたら放っとけない。
「~~~っあ~~もうっ。そうですよ!素ですよ!文句あります!?だって、仕方ないじゃないですか!初めて会った時に見惚れたあの綺麗な瞳が、キャメロン・コナー如き悪党のせいで曇ってるんですよ!私だって一言物申したくなりますよ!」
興奮の余り、自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。口調が乱れてないのが幸いか。
「……姫様の事が好きなのですか?」
「はぁ~~?」
なんでそうなる。
もしかして、そういった私情からキャメロン・コナーを排除しようとしていると思われたのか?
「はぁ~~、良いですか!キャメロン・コナーは、十にも満たない幼子で欲を満たす屑ですよ!もしアレが殿下の隣に侍るようになれば、次の標的は必ずヴィヴィアナ殿下や孤児院の娘達です。そんなの許せるわけがないでしょう!?」
あの娘達は俺のオアシス。
「それは、そうですが……」
「そんなゴミと秤にかけられた、私の気持ちも考えてみてください。ああ、おぞましい!そりゃあ、殿下にだって当たりたくなりますよ!」
こんな感じで良いかな。うっかり、熱が入り過ぎてボロっちゃう事も無かったし、上々だろう。一部、本音は入っているけど。
傍で口を挟まず見守ってくれているフィロメーナ達の為にも、ここら辺で切り上げて……はて?なぜ、フィロメーナはニヤついてるのだろうか。
「大体、二ヶ月やそこらで人を好きになるはずないでしょう?思春期の子供じゃあるまいし……。そもそも、私が殿下を好きになる事に何か問題ありますか?」
殺し屋になったばかりの頃だったら、好きになってたかもしれないな。美人だし。あの頃は正義の味方に憧れていたから、喜んで仕えていただろうな。
それにしても、今日までのクロエとの日々を振り返ってみたが、俺は勘違いしていたのかもしれない。
先程までずっと、彼女は無表情なのだと思っていたが実際は、単純に感情を顔に出すのが苦手なだけなんじゃないか。怒らせれば眉を寄せるし、口元をヒクつかせる。冷たい目も向けてくる事もあるし、よくよく考えてみれば無表情じゃない。
最初の頃は慣れていなかったから、彼女の些細な表情の変化に気付けなかったのだ。無表情だと思ってしまった原因はそれだろう。そしてそこに、クロエが笑った顔を見たことが無い事が拍車をかけた。
俺も、もう少し人を見る目を鍛えた方が良いのかもしれん。無表情だと思って接していたから、その中で何か彼女の気に障るような事をしていたのだろう。それで、ストレスが溜まっていたのかもしれない。
この件が終わったら、やはり何か差し入れよう。ついでに、彼女の笑顔を見るとゆう目標も立てておく。
「それは無いですけど……。なんか、嫌だと思ってしまったんですから仕方ないじゃないですか……っ」
そんなクロエの呟きは、俺の考察や目標を一発で吹き飛ばすほどの破壊力を持っていた。
おや、クロエの様子が……




