第五十九話
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重苦しい沈黙がフィロメーナの私室を支配する。
あの後も、いくつかの情報を貰った。この部屋は、『リキユール』の個室同様防音処置がなされているらしいので、遠慮はいらなかった。
内容は夜魔族の根城、夜魔族の目的に対する推測、コナー家執事の動き、それらに附随しての諸々の情報。たしかにコナー家の悪行を裏付けるものばかりであった。
「……グレン様、如何なさいますか?」
「……どうしましょうか」
いくつかのプランを思い浮かべるが、どれも不安が残る。
「流石に夜魔族は相手に出来ません。昼間でもです。一人二人なら何とかなるかもしれませんが、それ以上となると逃走すら困難になりますので」
「今の夜魔族の長は女だけど、歴代最強とも言われているよ。どうも、不思議な能力を持っている様でねぇ」
相手が未知数なのだ。これは、今まで以上に慎重になる。
一番の理想は俺がこっそり片を付ける事だが、監視がある以上難しい。
「姫様に……いえ、国に助力を求めるべきでは?元々、陛下からの依頼ですし。我々だけでは荷が重すぎるかと」
「それも、一つの選択肢なんでしょうけど……。恐らくですが、陛下はコナー家の悪行について全て知ってると思います」
「え?」
よくよく考えてみれば、親父が居るのにこの程度の情報を集められないなんてありえない。そうなると俺を使って調べさせてる意味は、王様が俺を試している事に他ならない。この件の解決の仕方如何で、俺に対する評価が決まるのだろう。
「試験、なのでしょうね。私が殿下に仕えるに値するかどうかの。だから、陛下に容易に頼るのはマズいかもしれません」
「それが本当なら確かにそうかも知れませんが……。ですが、そうだとしても……。せめて、姫様には話を通しませんか?そうすれば、遠回りにですが国の助力を得られるかもしれません」
遠回り、か。うん、それいいんじゃないか?
「クロエさん、オスカー様は魔族に対してどれくらい戦えますか?」
「オスカー様ですか?……恐らくですが、夜魔族が相手でも十分に戦えるかと。十人くらいは、一度に相手にしても問題ないでしょう。私共が赤子扱いされるくらいなので」
だろうな。あの時も互いに本気じゃなかったが、中々に有意義な手合わせが出来たんだ。それぐらいやるだろう。
「オスカー……オスカー・ルゥ・ガルシア。近衛騎士団長サマか……。噂以上の男のようだねぇ」
「まさか、近衛騎士団に助力を求めるつもりですか?」
それは、無理だろう。あの手合わせでそれなりに気に入ってもらえたとは言え、あの男は王様の側近。俺の頼みでは動かん。
「違いますよ。いや、違わないのか。まあ、いいや。王都からレミット領まで、普通の速度で何日ですか?」
「レミット領……コナー侯爵領ですか。そう言えば、そちらの問題もありましたね。三日です。普通の馬車で、急がず何の障害も無く進めば、三日で着きます」
「三日……」
じゃあ五日位が目処か。
「暗部の方、陛下に連絡をお願いしたいのですが」
恐らく応えてくれる。そう期待を込めて虚空に声を掛ける。
「……はい、何なりと」
「「「っ!?」」」
何だこれは。声でも居場所が掴めない。元々気配も近くにいる、ぐらいしか分からなかったが、これはダメだ。方向も距離も、居場所に関する情報が読み取れない。
これは怖いな。
「何だい!一体どこから!?」
「……グレン様どうゆう事ですか?」
フィロメーナ達夢魔族は驚き慌て、クロエも警戒心を高めている。
「クロエさん、お忘れですか?私には、陛下から連絡員が遣わされている事を。その、暗部の方ですよ」
ハッとするクロエ。
「陛下の暗部……これ程とは」
そう呟くクロエの額を、冷や汗が流れる。
「それで、ええと……」
そういや、名前知らない。
「ヴェディと申します」
「あ、ああ。グレンです。よろしくね。それでヴェディ、陛下にお願いがあるのですが伝言頼めますか?」
「はい、何なりと」
なんか、声幼い感じがする。子供か?
姿が見えない、認識出来ないってのは不思議な感じだ。ただ言えるのは、取り敢えず味方で良かったという事だ。
「ああ、その前に一つ確認を。近衛騎士団を遠出させる事に、何か問題はありますか?」
「確認します………。……問題無い、との事です」
今確認したのか。どういったカラクリなのかね。
「では、近衛騎士団は明日から五日ほど掛けて、レミット領に向かって頂きたい。名目は『要人警護における、あらゆる状況に対応する為の演習』で、最終目的は『五日後にレミット領、コナー家屋敷を強襲。ダリル・コナーの捕縛及びに被害者の救出』です。直前まで、これを知るのはオスカー様のみでお願いします」
「確認します……」
それにしても空中に話しかけるのは、妙な感じがする。異世界だからと割り切れるが、慣れない。
「確認が取れました。陛下及び暗部の長からです。委細承知した、と」
「そうですか。良かった……」
親父が居てくれて良かった。確実に、俺がやろうとしている事は理解してくれているだろう。
「他にも何かありますか?」
「……いえ、無いですね」
「では、また御用が有りましたら、声をおかけください。いつでも見ておりますので」
「え、ええ……ありがとうございます?」
……なんか怖い。最期の一言いらなくね?思わず学生時代のストーカーを思い出したぞ。
「……ほぁ~。何と言うか、凄いもんを見た気がするよ。やってる事は、ただの会話なのにねぇ」
「……夜魔族の方は如何なさるおつもりですか?」
謎の緊張が解けた二人が、思い思いに喋る。
「四日後、私とクロエさんの二人で接触します。それも夜に」
「なっ!?何を考えているのですか!?」
キャメロン・コナーを裁く事だけを考えています。
「暗殺ギルドをやっているという事なので、夜に人目を忍んでいるかのように行くのが妥当でしょう。別に戦いに行く訳でも殲滅しに行く訳でも無いので、元々敵わない以上彼らの戦闘力など考えても一緒です」
暗殺ギルドとは、冒険者ギルドとは違い非合法のギルドだ。殺しの依頼など、表に出せないものが集まる。魔族という事がばれる可能性を考慮してか、あまり積極的に活動していないので知る人ぞ知るギルドである。
「そうだとしても、もしもの為にこちらも戦力を整えるなりすべきでしょう!?」
「違いますね。クロエさんが考えるべきは、もしもの時はどうやって逃げるかですよ。その時は、私の事は置いて行ってくださいね」
「なっ!?」
そうならないよう話を付けるつもりではあるが、何があるか分からない。
「私の命よりも、姫様の安全の方が重要でしょう?だから、逃げた後は陛下とも協力して事に当たってください。その為の楔を一つ、打ち込んでおきましたから。否とは言わないでしょう」
「その為に近衛騎士団を!?」
まあ、これは最悪の可能性だがな。失敗するつもりは無い。
「そうゆう訳じゃないんですけどね……。念の為ですよ、念の為」
「……死ぬおつもりですか?」
「へ?いやいやいやいや」
あれ?クロエの受け止め方がなんか深刻だ。
「以前から思っていましたが、貴方は少々ご自身の命を軽く扱い過ぎです!昨日姫様に言った事は嘘ですか!?失望させるな、と道は整えてやる、とそう偉そうに言ったじゃありませんか!」
「ぶふぉっ!?……イヤー、キノウ?ナ、ナニヲイッテルカワカラナイナー。ア、アハハハハ」
それを持ち出さないでくれ。不意打ちは堪える。
「簡単に死ぬ事は許しません!偉そうなご高説の分は働いて貰います!」
うーむ、何かクロエの様子がいつもと違う。ここまで声を荒げる事なんて無かっただろ。そういう機会が初めてだからかもしれんが、柔らかくなったと言うか何というか。
心を許し始めてるのだろうか。昨日の一件が、何か影響を与えたか。どちらにせよ、俺の身を案じてくれている……のだと思う。たぶん。
「えっと……一応策はありますし、死ぬつもりもありませんよ?」
「……」
「……」
気まずい空気が流れる。クロエの表情も寄っていた眉も離れ、完全な無になっていく。表情が抜け落ちていく様は、見ていてとても怖い
あ、でも、耳は赤い。
「……そ、それにしても、!王女様相手にお前さんも随分カッコいい事言ったもんだねぇ!」
「……い、いやー、私は憶えていないんですけどね!もしかして、心配してくれてるんですか?あっはっはっはっは……は?」
ヒュンッと何かが顔の横を通る。いや、まあ、フォークなんだけど。確認の意味も込めて、後ろを見ると案の定壁に深々とフォークが刺さっていた。
「あ、あの?ク、クロエさん?ひっ!?」
「……作戦会議を続けましょう」
「「は、はい」」
一切の表情が抜け落ち『無』となったクロエは、この世界に来てから一番の恐怖を俺に抱かせた。




