第五十七話
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翌朝。シスターを起こさぬようそっと布団を抜け出し、これまたそっと彼女をお姫様抱っこで幼女達の就寝スペースへ運ぶ。いつも一緒に寝て一緒に起きている様だから、年少組が目覚めた時シスターが居ない事にパニックを起こすのは避けたい。
そして、日課となった朝食の準備に取り掛かる。
「卵焼きにしようかな」
それにしても、シスターがああもはっきりと言葉にするとは思わなかった。いつもは、それとなくだったから気付かないふり、誤魔化しが出来た。だが、はっきり言葉にされるとこちらとしては答えなくてはならなくなる。母さんの教育の賜物だ。
「砂糖入れて、甘めにしておくか……ちゃんとしなきゃだな」
そう、ちゃんとしなきゃだ。受け入れるにせよ、振るにせよ、俺が自身の感情に過去にけじめをつけないと始まらない。彼女達の優しさに甘えて、なあなあな状態はいただけない。もう少し踏み込んでみるのも有りかもな。何か心の変化が訪れるかもしれない。
「よし、完成。……行ってきます、と」
朝食の準備を終え、孤児院を出る。ちょうど向こうからクロエが歩いて来ていた。特に時間を示し合わせている訳じゃないのに、毎日こんな感じだ。彼女はエスパーだろうか?
「クロエさん、おはようございます」
「……おはようございます」
なんか機嫌悪いな。いや、機嫌悪いと言うよりかは感情を持て余していると言うか何というか。まあ、原因なんて分かりきっているのだけど。
「では、行きましょうか」
「……グレン様、昨日の事ですが」
やっぱり、聞いて来るよな。だけど、話す事など何もない。
「昨日?何かありましたっけ?」
恍けると決めた以上、全力で恍ける。
「……」
「いやー、屋敷まで引き摺られてからの記憶が無いんですよねー。あっはっはっはっはっ」
「……」
ジト目になるクロエ。呆れている様にも見える。
そう言えば、クロエの表情は段々と読める様になってきたな。相変わらずの無表情なんだが、僅かな変化に気が付くようになってきた。
「で、では、行きましょう!」
「はぁ~~……」
背後で深い、それはそれは深い溜息が聞こえる。諦めてくれたのだろうか。
あの後、姫様とどんな話をしたかも気になるのに聞かないんだ。お相子だと思って欲しい。
カーネラ王国には、騎士とは別に兵士もいる。
戦時においては言わずもがな平時においても、国境付近の砦に詰め隣接国に睨みを利かせたり、国の重要拠点防衛等の任に当たっている。
これらの任に当たる兵士達は中央軍・国兵と呼ばれ、各領主の持つ領軍・私有兵とはまた違う。どちらの軍も総指揮権は王様の手にあるが、忙しい王様に代わり普段は中央軍を元帥が、領軍はそのまま各領主が指揮する。
元帥はまだ会った事が無い。騎士とは別の指揮系統の為、非常時において全騎士団総団長を務める近衛騎士団長のオスカーとは別の人だ。指揮が別でもこの国の為に、という意志は同じな為、滅多に足を引っ張り合ったりはしない。せいぜい、軽い衝突がちらほらあるだけだ。
ここ王都も王城があり王族が居る為、兵士・騎士共に昼夜を問わず見回っている。互いに競い合うように手柄を求めぶつかる事もあるが、間違っても刃傷沙汰になる事はほぼ無い為、むしろその光景はカーネラ王国の名物となっている。活気の元だ。
高潔足らんとする騎士は貴族の次男三男が多いのに対して、兵士はどちらかというと庶民が多い。国を思う心は同じなれど、根本的な部分ですれ違っているのだ。
「うぃーー、ひっく」
朝早くともなると、酔っぱらいの男達が数多く見られる。その中にはやはり兵士もいる。そしていつもはそういった者を取り締まる側の彼らが、人に絡んだりしてやらかすのである。
「おいー、きーてりゅのかー?」
こんな風に。
「あさっぱらかりゃ華通りたー、いいみぶんじゃないかー。うっぷ」
「美人のメイドまでつりぇて、おきぞくさまでしゅきゃー?」
その美人のメイドは、貴方達をゴミでも見る目で見ていますよ。
それにしても、貴族だと思うんなら絡むなよな。この国の貴族は≪賢王≫のカリスマ性によるものか寛容な者が多いと言うが、それでも身の程をわきまえろと怒る者は怒るんだから。
「はぁ~」
「いいおんらだー。おい、ぼうじゅそにょめいど……うっぷ」
鬱陶しい。それと、俺に向かって吐いたりしたらただじゃ置かない。
「あー、クロエさん。叩きのめして貰えます?」
「……畏まりました」
早朝の王都の隅には、酔っぱらった男が転がっている。飲んだくれた者や店を叩き出された者、そして叩きのめされた者。彼らは何者かに絡んで叩きのめされたのだろう。生傷が痛々しい。
こいつらにも、その光景の一部となってもらおう。
「そこまでだっ!!」
「あー?」
おや?
クロエが叩きのめさんと、一歩前に出た所でそんな声が聞こえてきた。
声の方を見ると、甲冑姿の騎士がこちらに駆け寄って来ていた。
「この大馬鹿者共がっ!!」
そう言うや否や、騎士は酔っぱらいの男達を殴り飛ばした。
「ぎゃっ!」
「ぐえぇ!」
「おげぇぇぇっ!」
酔っ払い達が吹っ飛んでいく……一人は盛大に吐瀉物を撒き散らしながら。汚いな。
「こちらのお方はヒューイット公爵家の御令嬢、クロエ様だぞ!!」
「きょうしゃくけ……?」
「お、おい……やばきゅね?」
「おげぇっ!」
クロエがメイド以外の扱いを受けるのって何気に初めて見る。
「「「す、すみませんでしたーーっ!!」」おげぇぇぇっ!!」
綺麗な土下座。酔いも冷めたようだ。一人を除いて。
「……私は気にしておりませんので。たださっさと失せてください」
あら、思った以上に強い口調。
「「「し、失礼しましたーーっ!!」」おげぇぇぇぇぇぇっ!!」
あっという間に、一人を引きずりながら去っていた。どうでもいいけど、最後まで吐いていた奴の事はゲロとして覚えておいてやろう。ある意味、肝が据わった奴だった。
「ええと、ありがとうございました騎士様」
「気にするな。騎士として当たり前の事をしたまでだ」
おお、カッコいい。好青年だ。顔も整っているし、その表情からは真面目さが窺える。
「お初にお目に掛かります。私はリカルド・ルゥ・ルイスと申します。クロエ様におかれましてはご機嫌麗しく」
そう言って彼はクロエの前に跪いた。その表情は、やや赤い。
「お止めください。今の私はただのメイドです」
「はっ、しかし……」
「聞けませんか?」
暫く迷っていたリカルドは、渋々立ち上がる。
「……はっ」
良く考えたら、彼の態度って間違えてないんだよな。なんせ公爵令嬢なんだし。ビックリするぐらい似合っているのだけど、ホントなんでメイドなんてしているんだろうか。
「……では、道中警護を務めさせてください。まだ朝早く、不埒な者達も多くいます」
「結構です」
騎士の親切を、即答で断るメイド。ちょっと呆気に取られた。
「は?い、いや、しかし……!」
「グレン様参りましょう」
「へ?いや、でも……」
そう言うクロエはさっさと先に行ってしまった。
ポツンと残される俺と騎士リカルド。
「えっと、なんかすみません。助けて頂きありがとうございました。失礼します」
「あ、ああ……ああ」
二人でいるのも気まずかったので、一気に捲し立てクロエを追う。
その後ろではどこか呆けた様子のリカルドが、いつまでもクロエの背を未練がましく眺めていた。




