第五十六話
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食後。キャーキャー言いながら、幼女達が俺の髪を結んだりして弄っている。実に楽しそうだ。
俺はというと、なされるがまま。
「はぁ~……」
溜息の連続だ。
あの後、屋敷を出る頃には昇った血は完全に引いていた。そして、孤児院に着いた頃には自己嫌悪に陥っていた。
「はぁ~……」
幾らなんでもあれは無い。何様だよ。
『天使の涙』の時もそうだったが、熱が入ると抑えられない。勝手に口が動くような感じだ。この分じゃ、そのうちポロッといきそうで怖い。
俺ってこんな迂闊な奴だったか?この世界に来てから、情緒が不安定というか何というか。いや、春香の事もあるから不安定と言えば不安定なんだろうが。輪を掛けてというか何というか。
地球にいた時は、こんなんじゃ……ああ、こんなんだった。そうだった。
思い返せばどれも黒歴史で、苦い思い出ばかりだったから封印してたんだった。本当なら、反省でもして次に生かすべきなんだろうけど、これはどうにもならなかったから諦めたんだ。
人格すら変えられ、表情に仕草にと自由にコントロールできるが、感情の熱い部分が動き出すと制御不能。これで、何度やらかした事か。
「はぁ~……」
忘れよう。ここでウジウジしていてもしょうがない。後の祭りだ。やってしまった事は変えられん。それに悪い事をしたわけじゃ無い。
考えるべきは今後の事だ。
「ふぅ~……よし!」
「「はぁ~~、ふぅ~~、よし!キャッキャッキャッ」」
先程からの俺の様子を真似する娘達。楽しそうだ。悩みなんて無いのだろうな。羨ましい
とにかく、明日からは何事も無かったかの如く振る舞おう。何か言われても恍ける。これで行こう。
深夜、近付いて来る人の気配に目が覚める。この気配シスターか?
「グレンさん~、起きてますか~?」
案の定、シスターだった。起き上がって見てみると、闇の中に姿が浮かび上がっている。
「起きてますよ、どうしました?」
ランプの魔道具を点け、薄っすらとした明かりを広げながら問う。
ここで起こされたなんて言わない、俺の優しさ。
「少しお話を~と思いまして~」
「……?良いですよ」
こんな夜更けにしなくちゃならないような話?何の話だ?
「では~、悩み事があるようでしたら話してください~。私はいつでも力になります~」
「へ?」
ああ、そうか。今日は帰って来てから、ずっと溜息ばかり吐いていたからな。心配させてしまったか。
そう言えば以前にも、頼ってくれと言われたっけ。
「グレンさんが来てから、あの娘達は毎日楽しそうです~。おかげで私も助かっています~。だから今度は私の番です~」
「ああ、そういう……」
とは言え、溜息の件は無かった事にする方針だ。姫様に八つ当たりした事とかその時の口調とか、改めて話すのは嫌だし。
「それとも、私では力になれませんか~?」
「いえ、そう言う訳では無いのですが……。溜息を吐いていた件は、既に自分の中で解決していましてね。それに、私の方こそ毎日助かっているのですよ」
「ん~……?」
コテンとシスターが首を傾げる。可愛いな。
「ここに来てから二ヶ月ちょっと経ちますが、未だ騎士の方々には冷たい目で見られる事も多くてですね。毎日、それなりにストレスが溜まるんですよね」
メイド達とはビジネスライクなりに良い関係を築いているが、騎士の中にはすれ違う度に舌打ちしたり、鼻を鳴らしてくる者達が居る。それなりに図太い俺でも、それが毎日、それも何回も続けば消耗する。
「でも、この孤児院に帰ってくる事で癒されるんです。リナ達の無邪気な笑顔と、シスターの優しい微笑みに迎えられるから」
それに、毎日玉のような肌の裸体も拝ませてもらっている。
「ふふふ~。そう言って貰えると嬉しいです~。ますます、グレンさんの事を好きになってしまいます~」
「……」
そう言う彼女の頬は、赤く染まっている。断じてランプの明かりによるものでは無い。誤魔化したりはしない。恥ずかしがりながらも、恋愛方面で好きだと言ってくれたのだ。
これまで、そう言った雰囲気を出してくる事は多々あったが、ここまではっきりと口にしたのは初めてだ。これは、俺もしっかりと答えるべきだろう。
「シスター、私は……俺はその想いには答えられない」
「っ!?……なんとなく分かっていました~」
恥ずかしそうにはにかんでいた表情が、強張り悲しげなものになる。
「俺はシスターの事は好きだ。人として。そして、女性としても魅力的だと思ってる。毎日、本能と理性が鬩ぎ合っているぐらいから」
「~~~っ」
風呂での事を思い出しているのだろう。最近は開き直ったのか堂々としているが、後から思い出させられるのには堪えるらしい。
「俺は過去にちょっとした傷を負った。まだ、それは完全には癒えていない。だから、答えられないんだ。済まない」
「……それは、その傷が癒えた後なら可能性があるという事でしょうか~。なら~、待ちます~。長い事生きてますから~。待つのは得意です~」
そう言えば、彼女長命種であるエルフだっけ。いくつなんだろうか。
「あ、あははは。いつになるか分かりませんよ?」
「大丈夫です~。むしろ、私に惚れさせてその傷を癒してあげます~」
ナンシーもそうだけど、この世界の女性は逞しいな。いや、この世界に限った事ではないか。どの世界に於いても、恋する女性は逞しい。これは一つの真理なのだろう。
「それはそれは……。そうだ、お詫びと言ってはなんですが一緒に寝ませんか?それくらいなら私にも出来ますので」
「えぇ!?」
隣にスペースを作り。ポンポンと叩く。
「おいで」
「~~っ!で、でも~っ!こ、恋人でも無い男女が同衾だなんて~」
「大丈夫ですよ。寝るだけですから」
絶対大丈夫では無い、そんなナンパ男のセリフみたいだ。
「~~うぅ、そ、それじゃあお邪魔します~」
暫く葛藤していたが、欲が勝ったのだろう。静々と布団に作ったスペースに入ってくる。向き合う形になった彼女に、微笑みかける。最初に出会った時のように顔を真っ赤にするシスター。そう言えば、俺の顔が好みと言ってくれていたな。この状況、この距離での破壊力は相当の物だろう。
「ふふっ。どうですか?」
「~~っ!ドキドキして眠れそうにありません~」
「では、落ち着くようにこうしていてあげますよ」
軽く抱き寄せ、腕を彼女の背中まで廻す。
「きゃっ!?~~っ!」
そのまま心臓の辺りで、トントンと一定のリズムで優しく叩く。
「~~♪~~~♪」
耳元では、子守唄を鼻歌で奏でる。どちらも上手くやれば、高い睡眠効果を与えられる。
真っ赤になってアワアワしていたシスターも、十分も経たない内に次第に落ち着いてきたのか目を瞑り、微睡み始める。
「おやすみ、ジェシカ」
「っ!?~~~っ!きゅ~~」
額にキスをしながらおやすみ、と名前と共に声を掛けると、何をされたのか分からなかったようで一瞬呆けると、顔を真っ赤にして気絶した。
「う~む、刺激が強すぎたか……」
だが、いい経験になっただろう。これで、不甲斐無い俺の事を許して欲しい。
さて、一緒に寝ようと俺から誘った手前、ここで抜け出すのは気が引ける。途中で目を覚まされたりしたら、悲しませるかもしれないしな。
今夜はもう寝られない。徹夜決定か。




