第五十四話
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クロエを背負い、帰路に就く。
あの後、どういう意味か真意を問う暇も無く追い出された。
彼女達によると、あと数分でクロエが目を覚ますらしい。クロエに色々知られるのはお互いマズいでしょ、というのは察しが良くて助かるのだが、誤魔化された感が否めない。
フィロメーナを初め、数人の顔が赤くなっていたのは何故だろうか。ワカラナイナー。
「ん……うぅ……」
もうそろそろ起きるかな。
彼女にはなんと説明したものか。夢魔族の事を隠しておくとなると、本当の事は何一つ話せない。嘘で塗り固めた作り話をしても良いが、この場合整合性が取れずボロが出る可能性もある。
こういう時は、強引に力ずくで誤魔化すが一番か。
「んん……?ここは……?」
「あ、起きました?随分ぐっすり眠ってましぐぇぇぇっ!?」
まさかのチョークスリーパーだった。最悪首を締められるのは想定していたが、こうも綺麗に首を極めて来るとは。
「状況を説明しなさい」
「わがっ……!く、くい……っ!」
クロエの腕を必死にタップする。
「……これでは話せませんか」
「がはっ……ごほっごほっ!と、途中で眠ってしまったんですよ!フィロメーナさんは香の香りが原因、と!あれには心身共に癒し落ち着かせる効果があるから、疲れが溜まっている人には効果が大きいらしいです!」
首に回ったクロエの腕はやや緩められたものの、いまだいつでも極められる状態にある。今の俺にはそれを逃れるという選択肢は無いので、また極められるのは敵わんと早口にまくし立てる。
「後で自分でも確認しますが、何もしていませんね?」
真後ろからの抑揚の無い声。これは怖い。
「してません!神に誓って!!」
「……降ろしてください」
「はぁ~……」
ホッとしながら、背負っていたクロエを降ろす。
「待ちなさい……」
膝を曲げ、ゆっくりとクロエを降ろし終わった所で再び抑揚の無い声が聞こえてきた。
恐る恐る振り返ると、膝を曲げた状態の俺を見下ろすように立つクロエ。その口元は引き攣っている。あたかも怒りを抑える様に。
「な、なんでしょう……?」
余りの迫力に尻もちをつき、そのまま後ずさる。
「なぜ、身体強化をしているのですか?」
それは、地を這うかの如く低い恐ろしい声だった。
「え、いや、そ、それは……ほら!私、非力ですし!」
「そうですか。グレン様では運べない程、私は重かったですか……」
「い、いや!そ、そう言う訳じゃ……ああ!重くは無かったですけど、楽に運ぶために!」
「素の状態じゃ楽に運べない程、私は重いですか……」
ぬあぁ!何言っても駄目じゃねぇか!
ここまで、彼女が自身の体重に関して気にしているとは……。
「そ、そうだ!お、おんぶってお尻の下辺りを抱えた方が楽なんですけど、クロエさん眠っていたから!流石に眠っている女性のお尻を触るのは、どうかと思ったんで!それで、えっと、膝の裏の方を持ってたんですけど、結構負担が大きかったんで!別に、クロエさんが重いとかそんなんじゃないですから!」
「そうですか……」
叫ぶようにそう言う俺に、一応納得した様子のクロエ。恐ろしい気配が鳴りを潜め、落ち着いたものになっていく。
狙っていた展開だが、狙った以上の展開になった。いくつか誤魔化す手段は用意したが、やはり女性には体重だな。わざとらしく施した身体強化に見事食い付いてくれた。反応は想定以上だったが、上手くいって良かった。
「……元はと言えば、寝てしまったのクロエさんが悪いと思うんだけどな」
「あ?」
ホッとして思わず口に出てしまった風の愚痴を、聞き咎められる。ヤ○ザばりの声が、クロエの口から飛び出す。
「ひぇっ!?」
「……良いですか?「ち、ちょっと待って下さい」……」
「これ以上は、痴話喧嘩に見られる可能性も……」
クロエを背負っている時から、注目されていたんだ。これ以上は目立ちたくない。
静かに辺りを見渡すクロエ。その視線の先では、先程までの一幕を面白そうに眺めていた者達が、必死に視線を逸らしている。
「……そのようですね」
良かった。分かってくれたようだ。
今のは俺が悪かったとは言え。これ以上はもうお腹いっぱいだ。
「……では。帰りまぐえぇぇっ!?」
今度は後ろ襟首を掴まれた。
「喋らないで下さい。舌を噛みますよ」
「な、なにを……を?お、お、おおぉぉぉぉっ!?」
身体強化を施したクロエは、俺の後ろ襟首を掴んだまま全力で走りだした。強化された脚力が出す速度により、体が浮き余計に首が締まる。
流れる景色は、屋敷への道を映していた。
姫様の屋敷の一室、メイド服が並んだ簡素な部屋に投げ込まれる。
「ぐえっ……!こ、ここは……?ぎゃっ!」
起き上がる事も許されず、胸の辺りを踏みつけられる。スカートの中が見えそうで見えない。今度姫様に、ミニスカメイド服でも提案してみようかしら。
「……どこを見ているのですか?」
こちらを蔑んだ目で見るクロエ。
うん、これ以上は刺激しないようにしよう。
「ご、ごめんなさい」
「まあ、そんな事今はどうでもいいです」
良いのかよ。
「それよりもです。今日の私の失態を、姫様及び騎士団員に一人でも伝えれば、ただじゃ置きません」
「えっと、気にしなくても良いのでは?原因は香なんですし……」
睡眠作用があったんだし。言わないけど。
「私は姫様専属のメイドとして、騎士団第二部隊の隊長としての責務があり、威厳が必要なのです」
「ああ、寝顔は可愛かったで……っ!?」
ドンッ、と顔の真横、両耳すれすれに突き立てられる。以前俺の腹を貫いた剣だ。相変わらずどこから取り出したのか分からないな。
「忘れなさい」
「そ、その剣はどこから?今日のフォークもですけど……」
「メイドの嗜みです」
物騒な嗜みだな。
「あ、そっすか……」
「……兎に角、喋ったら末端から削ぎ落としますので」
怖っ!
「あ、あはは。だ、大丈夫です。女の秘密をベラベラ喋るような、程度の低い教育は受けていませんので」
「……どうだか。取り敢えずは信じますので」
「ありがとうございます?えっと、退けてもらっても?」
俺の上から退き、突き立てた剣を抜くクロエ。そのまま背中側に回し、前に戻ってきた時にはその手に剣は握られていなかった。
「それでは、私が席を外していた時の事を教えてください」
最早何も言うまい。削ぎ落とされるのは嫌だし。うん。クロエハネテナイヨー。
「……一応協力は取り付けました。どうやったかについては聞かないで下さい」
目線を逸らし、遠い目をする。
本当の事は話せないので、誤魔化す事にする。こういう態度を取れば、勝手に勘違いしてくれるだろう。
「……そうですか。お疲れ様です」
そう言うクロエには、僅かばかり労いの意が見て取れる。どういった想像をしたのだろうか。
だが、うん。上手くいった。
「コナー家に魔族が関わっているのは確定の様です。詳しい話は明日以降に三日程かけて聞くつもりです」
「協力を取り付けたのでしたら、そんな手間を掛ける必要は無いのでは?」
「やはり、相手側に気取られない。これが第一になります。コナー家は迎撃の暇さえ与えずに、一網打尽にするつもりですので」
「……そうですか。分かりました」
と、そこで扉がノックされる。
「メイド長、いらっしゃいますか?」
メイド長、勿論クロエの事だ。第二部隊の隊長ではあるが、それ以前に第二部隊の隊長であると言う訳だ。
「はい、どうしました?」
「姫様が顔を出すように、と。グレン様もです」
「私もですか?」
帰ってきた時の状況が状況だから、伝わっているとは思うが何の用だろうか。
「娼館から帰ってくるなり、部屋に引っ込んでナニをしているのかしら、との事です」
……最近、姫様の猫も徐々に剥がれていっている気がする。余り知りたくない一面が、ちらほらするのだ。
「え~……」
「……」
娼館に行ってた事がばれている事も、ナニをしていると思われる事も不本意だ。
クロエと二人、苦虫を噛み潰したような表情になった。




