第四話
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「…………。……うっ」
見慣れない天井を眺めながら頭を覚醒させていたのだが、口の中いっぱいに広がる青苦さに顔を顰める。薬草の類かな。
「うへぇ、チョー苦い……よっと、っ痛」
取りあえず現状を把握しようと上体を起こすが、鈍い痛みが全身に走る。
「…そうだ。死に掛けてたんだっけ?……治ってるし」
思い出したように腹の傷などを確認していくが、どこもかしこも綺麗さっぱり傷が無くなっていた。手術痕すら無い。手術したかは謎だが。
ただ少しでも動くと鈍痛がする。傷は無いのに。
「異世界すげぇな。魔法ってのは何でも有りなのか?」
それにしても死ぬ事を受け入れてはいたものの、いざこうして生き延びてみると何とも言えない嬉しさが込み上げて来るな。
「さて……ん?」
自分にばかり意識を向けていたため、この場の事を確認しようと意識を周りに向けたことで初めて気付く。傍に人が居た。
珍しく、意識は覚醒してても脳がまだ寝惚けているらしい。俺が人の気配に気付けないとは。確かに死に掛けはしたがここまでとは。
「助けてくれた美人さんだよな」
俺の寝ていたベッドに顔を伏せる様に寝ている女性がいる。ずっと看ていてくれたのだろう。あの時のアレはこうゆう事を狙ってやったのだが、少し心苦しい。
また初対面時は霞んではっきり見えなかったが、こうしてよく見ると髪は白銀でやや輝いている。神秘的だ。
「…んぅ……」
なんとなく撫でてみると微かに呻く。起こすのも忍びないのでそっとしておこう。
「何だ?」
顔の横から肌色の物が何か飛び出ている
耳だ。高校時代、佐久間に付き合わされて参加したコスプレイベントで見掛けたエルフの様に長く尖っている。
「人以外の種族が居るのか。獣人とかも居るといいな」
獣耳を付けた春香は抜群に可愛かったからな。この世界のケモノっ子も可愛ければ目の保養になる。
ガチャ
そんな事を考えていると扉が開き、三人の人が入ってくる。
三人もの人数が近付く気配に気付けないとは、ちょっとショックだ。参ったなこりゃ。
「おぉ!目ぇ覚めたか」
一人目はライオンの鬣のように髪と髭が繋がったムキムキ。
「よかった」
二人目はニコニコ顔の聖職者のような恰好をした若い男。
「ナンシーさんは寝ちゃっているようですね。疲れたのでしょう」
三人目は人の良さそうな顔をした恰幅の良い中年男性。この人は初見だ。
「お二人はあの時助けて頂いた方々ですよね?その節はどうもありがとうございました」
ムキムキと若い男・カールに礼を言い、深く頭を下げる。痛みは無視だ。
頭を上げると二人はキョトンとしている。
「どうしました?」
「いえ、雰囲気が違っていましたので」
「あぁ、別人かと思ったぜ」
言うなれば殺し屋モードだった訳だからな。
「あの時は少々殺伐としていたかもしれませんね。麒麟との交戦直後で重傷でしたし」
てか死に掛けていたし。それに、親切にしてくれようと大恩を受けようと、そんな簡単に人を信じられるような甘い世界では育ってないから。
こうして傷を治療してくれた上に看病までしてくれている以上は、信用できそうだけどね。
「そちらの方はこの家の主人でしょうか?」
「ほほ。ここは私の家ではなく私の店の休憩室ですよ」
どうやら恰幅の良い御仁は商売人らしい。
「どちらにせよ、ありがとうございます」
「いいのですよ。当然の事をしたまでです」
この人達は良い人のようだ。つけ込むようで悪いが、この人達に色々聞いてみるか。
帰る方法は恐らく無理だろうが、両親の事とか調べたいことが出来たから、この世界にしばらく留まる上で一般常識などを知っておくべきだろうからな。
「不躾で悪いんですけど、色々と聞いてもよろしいでしょうか?」
「いいぜ。だがその前に喋り方どうにかなんねぇか?むずがゆい」
やっぱり仕事でもないのにこの言葉遣いは硬すぎるよな。お礼をしっかり言うという目的は果たしたし、後は普段通りで良いか。
「じゃ、遠慮なく。となるとまずは―――」
そうして、互いに砕けた感じで自己紹介をしていく。
ムキムキの名前はベルハルト、32歳。獅子族という獣人種。
カールは26歳、エレノア教なる宗教の教徒で枢機卿。
この二人は、白銀の髪を持つエルフであるナンシーと三人で冒険者パーティというものを組んでいるらしい。
最後に商人エーミル、53歳。王家御用達のマフション商会の会長で、人望も厚いという。
「しっかし、驚いたな。グレンが22歳だったとは」
どうやら俺は女に見られていただけではなく、子供にも見られていたようだ。これも異世界補正なのだろうか。色々と釈然としない。
ただこちらも驚かされた、このムキムキのおっさんが獣人だという事に。
ライオンのようではなく、ライオンそのもの。鬣の中に隠れたライオン耳を見せられた時はショックだった。
めでたく異世界初のケモノっ子は、ムキムキなおっさんになりました。最悪だ。ちゃんと可愛らしい子もいる事を願います。
「それにしても、俺が異世界から来たことに驚かないのな」
「あなたと神獣様との会話を聞いて、ある程度予想出来ていましたからね」
麒麟はエレノア教の神獣らしい。エレノア教徒で枢機卿であるカールからは、麒麟に対する深い崇敬の念を感じる。
彼が言うには昔から迷い人は確認されていて、様々な形で名を残す者がいるようだ。さらに獣人やエルフを初めとする妖精族などの種族は、大昔にこの世界に迷い込み根付いた者達だという。
「持ち物からも推測できましたしね。見たこと無い物ばかりでしたので」
そう言うエーミルさんは、俺の着ていたコートなどの服とバタフライナイフなどの装備品を持って来てくれる。
「あぁ、ありが……?」
催涙弾が無い。スタングレネードも。有るのはバタフライナイフ、コルト・アナコンダと.44マグナム弾数発。
「……他にもあったよな?」
カールとエーミルが無言で顔を向けた先には、汗をダラダラ流すベルハルト。
「すまねぇ。その、カールから聞いてはいたんだが、好奇心に負けて触ってたらなんか、その、爆発してな。わはははは」
聞く処によると、俺はどうやら三日ほど眠っていたらしい。
その間、ありがたい事にナンシーとカールは二人で俺の看護をしていてくれたらしい。ナンシーメインで。
薬草を煎じたものを飲ませてくれたり、魔法薬なるものを塗ってくれたり、汗など体の汚れを拭き取ってくれたりetc.
だがベルハルトは、何も任せてもらえなかった為やる事も無く、暇を持て余すことになった。そんな彼の興味を引いたのが、俺の持ち物。周りの目を盗み、手を伸ばした。
そうやって催涙弾の方を弄っていると思わず煙が出て慌てたが、爆発もせず煙しか出なかった為ナンシーが落ち着いて対処し、風の魔法で空高く飛んで行ったらしい。
その後こっ酷く周りに怒られたが、煙しか出なかった事に味を占め、一人でスタングレネードの方を弄っていると、これまた起爆し閃光と爆音に目をやられ、耳をやられの大パニックだったらしい。
本人的には笑い話みたいだが、俺は全く笑えない。
「……なんでコルト・アナコンダ―――こっちの方は触らなかったんだ?」
「あ、あぁ、そっちはなんかやべぇ匂いがしてな。お、おい、グレン?なんか雰囲気が怖ぇぞ?」
匂いて。野性の勘かよ。まぁ、役に立ってるみたいだけどな。
だけど少し説教が必要だな。
「なぁ、ベルハルト」
「お、おう。何だ?」
「これを着てみてくれないか」
差し出すのは俺のコート。防刃、そして防弾性。
「?分かった。……よっと、頑丈だな。何で出来てんだ?」
ベルハルトの問いを無視し、コルト・アナコンダの弾を確認する。うん、入ってる。
そのまま流れるように銃口をベルハルトへ向ける。ちょっと距離が近いがその方が後々、説得力が増すかな。
何の疑いも無く、素直に着てくれるのは俺に対する信頼もあるからだろう。出会ったばかりにも関わらず、嬉しい対応ではあるが、ここは心を鬼にしよう。
「お、おい!?」
「安心しろ。死ぬ事も怪我する事も無い。途轍もなく痛いだけだ。ただ動くと危ないから、黙って立ってろ」
俺の気迫に呑まれた一瞬を狙い、引き金を引いた。