第四十四話
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こちらを覗き込むその瞳は流石親子、そっくりだ。彼女の瞳を見ながらそう思う。
ユーゴと会ったのは二度。
一度目は、王様に呼ばれたあの時。
そして二度目は全くの偶然で、シスターと共に買い物をしていた時に彼の乗る馬車と鉢合わせた。とは言っても少し馬車の中から声を掛けられただけだ。『お主は何のためそこにいるのか』と。
一方的にそう声を掛けてきただけで、彼はそのまま去って行った。ただ、その時の瞳が印象的だった。
謁見の間にて様子を見ていた時とは違う、こちらを深く覗き込む瞳。被った猫が、化けの皮が、一匹一匹、一枚一枚、剥がされていくような感覚だった。何かしらこちらの心を暴くような魔法を使ってるのかと警戒したがそんな訳も無く、ある程度素を見せていたとは言えまだまだ隠し事がある身としては、トップクラスに緊張した瞬間だった。
クロエも同じとまでは行かないが、似た瞳をしている。仕事の出来そうな苦労人、その印象が180度変わったユーゴの娘。下手すれば不信感を抱かれ、そして暴かれるだろう。
慎重に問いに応えろ。頭を働かせろ。そう、いつも通りだ。
下劣な噂を一掃するための方法として、俺主導で姫様と騎士団を使うのは最初から考えていた。だが、対象はキャメロン・コナーでは無かった。
元々は一匹の屑を屠るための計画。商会にいる時に存在を知った、我が正義の真逆にある男。
しかし、予想外の事が二つ。一つは目的の屑が、俺を含むいくつかのばらまいた餌に掛からなかった事。そして、もう一つはキャメロン・コナーの存在。
つまり、本来の計画をキャメロン・コナー用にやや修正して転用したという事だ。当初の計画で屠る予定だった屑に関しては、また別の方法を考えればいいからな。
だから、クロエの質問には姫様に引き取られたその時から、と言うのが答えだ。
「キャメロン・コナーに悪を見た、その時からです」
当然本当に事は言わない。今はまだ彼女に伝える時ではない。
だが、今の彼女はともすれば俺の嘘を見抜く。だから、もう一つ。
「キャメロン・コナーは幼子に対し、良からぬ事をしている可能性があります」
「「「なっ!!」」」
「……!」
声を挙げたのはベルハルト達。しかし、クロエもその瞳を大きく見開いている。
「私はその片鱗をあの会食時に感じました」
「……なぜたった一度会っただけで、そこまで断言できるのですか?」
「私はこの通り見た目がかなり整っていますので、幼い頃から様々な視線に晒されてきました」
やや皆の視線が白けたものになっているのは、気のせいだろう。何せ真面目な話をしているのだから。
「嫉妬、羨望、敵意、そして欲望。あの日、キャメロン・コナーからそれらの視線を感じました。最初は、婚約者として殿下の傍にいる俺の事が単純に気に入らないのだろうと思っていました。ですが、それは全く違いました。キャメロン・コナーから視線を感じるのは、決まってヴィヴィアナ殿下と戯れていた時だったのですから」
「っ!?そ、それでは、幼子に対してしている良からぬ事、というのは………っ」
「ええ、そういう事です」
キャメロン・コナーは恐らく、いや、十中八九幼児性愛者だ。そして、実際にその欲望を行動に移しているはずだ。そうでなければ、あそこまでドロッとした粘着質な視線にならない。
俺も一度、俺に女を取られた(取ってない)男に逆恨み的ストーキングをされ、連日の様に負の感情を練り合わせた様な粘着質な視線に晒されていた時期があった。最終的にストーカー男は、俺の周りの人間に危害を加えようとしていたのでプチッとしたが、キャメロン・コナーの視線はその男と同じなのだ。
「クロエさん、憶えてますか?先日、ヴィヴィアナ殿下にキャメロン・コナーについて聞いた時、なんと答えたか」
「あ……っ!」
「『たまにめがこわい』です。そしてそれは、孤児院の娘達も同じ。見ているんですよ奴は、性的な目で。幼女達を。何度も言うようですが。幼子は純粋です。故に、視線には鋭い。この国で英雄として持て囃される男の正体は、存在すら許し難き屑です」
「……確かにそれが事実ならその通りですが、少々説得力に欠けますね。グレン様の勘違い、子供の戯言、そう断じてしまえば終わりです。確信して行動を起こすには些か弱いのでは?他に隠している事はありませんか?私は姫様ほど、貴方様を信用出来ませんので」
これだけの理由じゃダメか。姫様の側近として本気で動くなら、もうひと押しと言う所か?まあ、失敗した場合、キャメロン・コナーの心証をばかりか広まれば、国民の心証すら悪くするからな。クロエのではなく姫様の心証を。
だけど、もう少し信用して欲しい。これでも結構腹を割って話してるんだから。ちょっと悲しい。
「……これは正直、一度だけで何となく感じたモノなので確かなものかどうか分かりませんが……」
「ですが、グレン様はそれを判断材料の一つとしているのですよね?」
「はい」
「でしたら構いません。聞くだけ聞きます」
「……コナー家で多くの幼い少女の奴隷が買われているのは知っていますか?」
それはマフション商会でも世間でも、幼い頃からメイドとして教育する為と認識されている。だが、キャメロン・コナー本性を考えると、それは表向きの理由。
「ええ、ですがもしキャメロン様が想像通りの下種であれば……」
「はい、恐らくは」
「っ……!」
僅かに顔を顰めるクロエ。
どうやら客観的に判断しようと思っていたらしいが、完全にこちら寄りになってきたな。キャメロン・コナーの屑性を際立たせるための、説明の仕方が功を労したようだ。
そして、彼女にもっと積極的に協力してもらうためのダメ押し。
「その幼い奴隷を購入するのは決まってコナー家の執事です。商会で度々私が対応しました。その際、気になる事があったんです」
「気になる事ですか……」
「はい。殿下やクロエさんが来た日、私が商会を出た日ですね。その日も、コナー家の執事が来ました。対応したのも勿論私です。来店目的は当然、幼い娘の奴隷の購入。ですが、その日は幼い奴隷がエリー以外いなかったので、そう伝えるとホッとした表情をしたような気がするんですよ」
「それは……」
「はい。おそらくですが、彼の者はコナー家の悪しき所業を知る立場にあり、そしてそれを憂いているかもしれません」
あの時のあの表情は、確かに安堵だった。それほど注意深く見ていた訳では無かったので曖昧なのだが、もっとしっかり見れていれば断言できたというのは、今更言っても詮無き事。
「……そして、コナー家には魔族の影在り、と。なるほど、状況証拠としては十分ですね」
「誰が敵となり、味方となってくれるか分からない以上、私はクロエさんと二人で事に当たりたい。と、まあ、こんな事を考えてるわけです」
「分かりました。確かにキャメロン様はいえ、キャメロンは捨て置けない存在ですね。今回は私も、皆の様に騙されたつもりでグレン様を信じる事にします」
うわー。手厳しーなー。いつになったら仲良くなれるのだろう。
取り敢えず、彼女の協力を本格的に取り付けられたので良しとしよう。
「あのよー。その話、俺達は聞いても良かったのか……?」
あ、忘れてた。
途中から完全に忘れていた。思いっきり彼らの前で喋ってしまったが、良かったのか?ベルハルトはちょっと心配だが、ベラベラと喋るような人達でもないし、その辺を俺は信用している。だが、クロエはそうとは限らない。
「口止めが必要ですね」
その瞬間、部屋の温度が下がったような気がした。




