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第四十三話

ブクマ・評価ありがとうございます。

 ナンシーの事は好きだ。人として、そして女性として。これだけ好意を寄せられて何とも思わない程、俺の心は壊れていない。

 だけど、素直にその想いに応えられない。どうしても春香の事がちらつく。今なお、春香の事を好きなのだ、俺は。愛しているのだ。

 春香の事を過去として、前に進みたい。この思いは嘘じゃない。俺だって生前、春香に『俺が死んだら、新しい恋しろよ』なんて、偉そうな事言ってたのだから。

 でも、一人じゃ答えが出ないんだよなぁ。相談するなら母さんなんだけど、なんか拗ねてるっぽいし。そもそも簡単に会えないし。親父なんて論外だし。


「グレン様。お二人の痴話喧嘩はどうでもいいのですが、本当に娼館へと行くつもりですか?」


 あ、考え込み過ぎて彼女のこと忘れてた。正直、、プレッシャーは感じてたけど、それが堪えてた訳じゃなかったからな。

 どちらにせよ、一人で考えても無駄な事だから今は置いておこう。

 さて、クロエさんは一体どうしたのだろうかね。

 痴話喧嘩云々には一言申したいのだが、どうせ流されるので時間の無駄だろう。呑み込むことにする。


「えっと、行くつもりですけど……上手くいけば情報も手に入りますし。ダメですか?」

「ダメと言う訳ではありませんが、宜しいのですか?」

「……何がでしょう?」


 本当に何が言いたいのか分からん。


「姫様を初め私達騎士団もグレン様を高く評価しています。異世界の知識に料理の腕、そして何よりこの二ヶ月一度も劣情を向けて来なかった事を」


 そりゃ、自ら痛い目見る様な事はせんでしょ。口より先に手が出そうな方達ばかりだし。


「少々セクハラを口にする事はありましたが場も相手も選んでますし、直接行動に移す事も無く笑って済ませられるものでした」

「……」

「気付いているかは分かりませんが、騎士団員特に騎士達はそういった男の下卑た欲を嫌悪しています」


 それは気付いていた。そしてその原因も何となく、いやほぼ分かっている。


「最初こそ感情的に認められませんでしたが、今では多くの者がグレン様を認めています。それを裏切りますか?」

「じゃ、じゃあ、ばれない様にこっそり行きましょう!」

「無理です。報告しますし、グレン様の見た目も一応整っているので目立ちます」


 一応て。褒められていると思っておこう。

 それにしても彼女、逐一報告するつもりみたいだな。姫様のメイドだし仕方ないが、出来ればその辺も俺の裁量に任せてもらいたい。

 さて、どうするべきか。


「報告は魔族の事もですよね」

「勿論です」

「……出来ればその報告、待ってもらいたいんですけど」

「理由は?」


 ―――ゾッ

 相変わらずの無表情だが、纏う雰囲気が鋭利なモノへと変わっていく。殺気でも闘気でも無い。だが油断ならない気。ベルハルト達も表情を引き締めている。


「混乱を避けます。彼らの反応を見るに魔族というのは、影響力が大きいようです。今回のキャメロン・コナーの件を知っている者もメイドの中にはいるので、下手に知られると騒ぎになります」

「騎士団のメイドは口が堅「いえ、軽いです」……」

「クロエさんも分かっていますよね?」

「……」


 俺が姫様の元へ来てから翌日には、例の噂は広まっていた。あの時城にいたほぼ全員が、その噂を口にしていたのだから。それはセバスに連れられている時に、強化された聴力で耳にしていた。

 つまりは、姫様の配下でありながら容易に口を滑らせたという事。そして、それが姫様にとって不利益な物をもたらすという想像すらしない。危機感すら欠落している。実力があろうとそれはダメだろう。

 噂が広がるのは想定内、だがその早さは想定外だった。

 クロエもそれは分かっているのだろう。黙ったままで、一切反論しない。


「だから黙っていて欲しいのです。クロエさんなら、殿下と二人きりになって報告する事も可能でしょう。しかし、魔族がどれほどの能力を有しているのか分からない以上、万全を期すべきです。そう言う訳で今回の件は私の裁量で、報告内容を選別させてください。ずっと秘密にする訳では無いです。あくまで今回の件が終わるまでです。どうでしょうか?」

「……姫様には全て報告すべきです。何かあってからでは遅すぎます」

「勿論、そうした方が良いのは重々承知です。しかし、私は今回の件に関してはヴィクトリアさんを全く信用していません。キャメロン・コナーの悪事の証拠を集めた後、私主導の元殿下に先頭に立ってもらい、ロゼリア騎士団を率いて解決に当たってもらうつもりです」


 ただお願いするだけじゃ、クロエは受け入れない。こうなったらある程度話しておくべきだ。誓約紙という手段は、彼女の前で何度か使っているので今回は見送る。ある程度腹を割ろうじゃないか。


「騎士団にですか?それだったらなおさら……」

「はい、殿下には話しておいた方がスムーズに事が済むでしょう。ですが、先程も言った通りヴィクトリアさんを信用していません。騎士団を動かす以上、必ず彼女の知るところになります。もしかしたら余計な動きをするかもしれません。それを避けたい」

「トリア様はそのような方では……」

「ええ、そうでしょうね。誓約紙でも行動は制限していますし、私自身も彼女の性格からして有り得ないと思っています。でも、キャメロン・コナーの対する想いが強すぎる。まるで、そうではないと(・・・・・・・)いけないかのように(・・・・・・・・・)奴を信じ慕っている(・・・・・・・・・)

「……」


 反論は無い。彼女も似た様な事を感じているのか、それとも、俺の話を聞いてくれているだけか。その表情からは読み取れない。


「何度も言いますが、今回の件は万全を期すべきです。あらゆる不安要素を取り除きます。今回の件で最終的に姫様と騎士団に動いてもらうまでは、私とクロエさんのみで情報を共有したい。ダメですか?」

「……」

「……」


 重苦しい沈黙が部屋を支配する。

 真偽を、真意を問うかのように覗き込んでくるクロエの瞳を、逸らさず受け止める。何もやましい事は無いと、隠している事も無いと、真剣な瞳で。やましい事も、隠している事もあるのだが。

 一応言っている事は本当なので、問題ないだろう。それに俺の演技は完璧だ。


「……分かりました。グレン様の思惑に乗らせていただきます。ただし、本当に魔族が関わっていた場合、私だけでは対処できません。頭に入れて置いてください。私が優先するのは姫様です」

「勿論、承知していますよ」


 俺の返答に満足したのだろう。鋭かった雰囲気が和らいでいく。

 ベルハルト達も大きく息を吐く。相当緊張していたようだ。もしもの時は守ってくれるつもりだったのだろうか。


「……一つ質問宜しいですか?」

「はい?何なりと」


 いつかと似たように、クロエがそう切り出す。


「グレン様は何を何処まで考えているのでしょうか」

「ん?どういう意味ですか?」

「先程グレン様はおっしゃいました『私主導の元殿下に先頭に立ってもらい、ロゼリア騎士団を率いて解決に当たってもらうつもりです』と。それはつまり、その行動を持って噂対策とするという事ですよね?」


 流石に気付くか。ヴィクトリアなら気付きそうで気付かなかったと思うんだがな。まあ、別に気付かれても良い事なんだけどな。

 ここで重要なのは『俺の主導』であるという事。ただの奴隷でないという印象を与えるわけだ。これだけで評価は大きく変わるだろう。結局は見た目が良いから。


「はい、お察しの通りです」

「いつからそれを考えていたのですか?貴方の物言いはまるで、最初からそう決めていたかのように淀みがありませんでした。キャメロン様の事を本格的に怪しみ始めたのは、昨日(さくじつ)からの事ですよね?」


 そう言う彼女の瞳は、あの時(・・・)の宰相ユーゴ・ルゥ・ヒューイットのようにこちらを覗き込むものだった。

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