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第四十二話

ブクマ・評価ありがとうございます。

「はい?何か言いました?」


 怪訝な表情のカール。


「いや、何でもない」


 腕の中のナンシーには感付かれてしまったようで、その身が固くなる。近い故に声色の変化で、今の会話に置いて俺が不快感を得た事に気付いたのだろう。


「下手に魔族と事を構えると大きな損失を被る。碌な結果にならない事は目に見えてるからな。だからギルドはそこで手を引いたんだよ」


 選択としては間違っていないかもしれない。組織としての大きな損失は、その後の運営・維持に大きく影響してくる。敵が強大であるならば、引くのも選択の一つだから。たとえ相手が悪だと分かっていても。

 だが不快だ。下らない、と吐き捨てたい。

 悪を前に冒険者ギルドが引いた事では無く、魔族に対するそのスタンスが気に入らない。知性を認め、『魔()』と一種族として見ているにもかかわらず、一人一人では無く一体一体と数える、その魔物や魔獣と同様の認識の仕方が気に入らない。

 分かっている。彼ら、カールやベルハルトの表情を見ればそれが当たり前だという事は。だから、彼らに当たるのは筋違いだ。

 抑えろ。抑えろ。抑えろ。切り替えろ。切り替えろ、完全に。


「……そうか。それは良い情報を聞いた」

「なぁ、止めとかねぇか?危ねぇぞ?」

「知ってるだろう?俺は弱い。それこそ相手がその魔族でも、その辺のゴロツキでも変わらない程にな。一緒だよ」

「はぁ~、ったく。危なくなたら引けよ?」

「分かってるよ。心配するな」


 ナンシーの体が今だ硬いのは、俺が漏らしてしまった不快感を感じ取ったからだろう。理由は分かってない筈なので、しばらく置いて……いや、頭を撫でといてあげよう。


「私達に何か手伝える事はありませんか?」

「いや、カール達は何もしないでくれ。動く人間が増えると勘付くかれやすくなる」

「そう…ですか。それでも、困った事があればいつでも頼ってください」


 魔族に対する認識が受け入れられないものだとしても、彼らが信用できる良き知人である事には変わりはない。それは今の発言でも分かる。


「ああ、ありがとな」


 本当に困った時は彼らを頼るとしよう。


「なら早速、腕の良い情報屋みたいなのを紹介してくれると助かる」

「情報屋?あぁ、そうゆうことか。そうだなぁ……じゃあコレやるよ」


 そう言ってベルハルトが差し出してきたのは、何かしらのカードのようなモノ。


「え?」

「『天使の涙(エンジェル・ティア)』……?」


 思わずと言った風に声を漏らしたのはカールだ。

 カードに書かれた文字を読み、俺がそう口にした瞬間、二ヶ所から圧倒的プレッシャーが放たれた。

 プレッシャーの発生源は言うまでも無く、ナンシーとクロエ。


「ねぇ、グレン。行きたいの?」


 ゾッとする程低い声のナンシー。


「い、行きたいも何も、これが何なのか分からないんだが……」


 嘘です。貴女方の反応である程度察しています。


「ん?知らねぇのか?最高級娼館『天使の涙(エンジェル・ティア)』の無料券だ。最高級娼婦を指名できるぜ!」


 ほらね!確信犯の如くニヤニヤ顔で宣うベルハルトを、思いっきり殴りつけたい衝動に駆られる。

 それを我慢し、カードを投げ返す。いきなり何を考えてるんだ、こいつは。


「いらんわ!」

「おいおい、良いのか?最高級娼館の主な利用者は貴族だぞ」

「っ!?」


 頭に昇った血が、急速に引いていく。冷静になって考えてみると分かる。最高級という事は、利用者は金持ちに限られる。その最たるは貴族だ。

 娼婦は時に彼女として、時に母として、様々な表情を持って客である男達を慰め癒す。そうして心を溶かされた男達は睦事の最中に、もしくは事後に傍に居る女に口を滑らす。自身の秘密を、他者の秘密を。自らを大きく見せる為に、女の興味を引く為に。自慢するように、愚痴を吐くように。

 娼婦達もそこで得られた情報は大事にする。女として上に行く為の糧とする為に、自身を守るための剣や盾とする為に。

 以上の事から、娼館も情報が最も集まる場所の一つではある。今回のキャメロン・コナーという貴族を調べるのには最適だと言える。しかし、そこでの情報の入手は難易度が恐ろしく高い。

 多くが金で動く情報屋とは違い、彼女達から情報を聞き出すのは至難の業だ。多くの男を相手にする彼女達にとって、俺の見た目ですら喜ぶ事はあっても絆される事は無いだろう。彼女達は男の側を見、内を見、器を見るのだから。


「う~む……」


 悩む。

 流石にまだ、春香以外の女性と肉体関係を結べるほど吹っ切れていないし、覚悟も無い。ナンシーとだって唇同士のキスが出来ないぐらいなのだから。しかしだからと言って、言葉や態度で口説いても彼女達にとっては、俺のそれなんて児戯だろうし。

 情報が得られる見込みは高いが、難易度が高く無駄に時間を浪費する可能性も高い。


「ありがたいが、俺にはたぶん無理だな。情報は得られない可能性の方が高い」

「そうか……そうだな」


 春香の事を聞いているベルハルトは、それ以上は何も言わずカードを懐にしまった。ただカールが、もの欲しそうにそのカードを見ていたのが印象的だった。聖職者がそれでいいのだろうか。

 以前、カールにむっつりと言っていたナンシーとの一幕が脳裏を過る。そういう事なのだろう。なんかカールって所々残念だよな。

 ナンシーもあからさまにホッとしているし、クロエからのプレッシャーも無くなった。ナンシーは分かるが、クロエはどうしたんだろう。もしかして、俺が好…き……と………か言うのは無いなぁ。はっきり嫌いだって言われたし。


「ダリル・コナーも利用者だって聞いてたんだがな……」

「は?おい!ち、ちょっと待て!それは本当か!?」

「あ、ああ……。馴染みのねぇちゃんが言ってたからな」


 それを先に言えよ!

 それなら入手する情報の量も精度も段違いに変わってくる。是が非でも行くべきだろう。


「じゃあやっぱりいる!」

「お、おうよ」


 ベルハルトに向かって手を差し出すと、先程のカードを再び渡される。カールの羨望の眼差しなど無視だ。


「……グレン?」


 そして再び放たれる、二つのプレッシャー。


「ナ、ナンシー落ち着け」

「落ち着く?私は落ち着いているわ」

「そ、そうか」


 なら、俺の周りをヒュンヒュンと音を立てて回っている、半透明な刃は何なのだろうか。


「グレンこそ、落ち着いたら?変な汗出てるわよ」


 怖いんだもの。とは言え、このままと言う訳にはいかない


「……ナンシー。約束しよう」


 腕の中から俺を見上げる様にしていた、彼女の体がピクリと反応する。


「娼館に行っても何もしない。言葉だけで何とかする。肉体的接触は最低限に留める。それで納得してくれ」

「…でも……っ!」

「おい、ナンシー」


 珍しくベルハルトが口を挟む。真面目な表情だ。俺とナンシーのやり取りに、おふざけ以外で口を挟むのは何気に初めてじゃなかろうか。


「……何よ」


 そんなベルハルトに彼女もいつもと違うモノを感じたのか、問答無用でぶっ飛ばしたりせずに話を聞く姿勢に入る。


「てめぇはグレンの彼女か何かか?」

「っ!?……ちがうわ……っ!」


 目を見開いた後、悔しそうに唇を噛むナンシー。

 どうやらベルハルトは憎まれ役になってくれるようだ。そのセリフは俺が言えないもの、言っちゃいけないものだから。


「なら、てめぇにグレンの事を縛る権利なんてねぇよ」

「……っ」


 自分の行動がただの嫉妬からくる八つ当たりだと言うのは、しっかり自覚しているのだろう。

 悔しそうな、涙を堪える様な表情になる。周りの魔法も消えていく。


「ごめんな、ナンシー。俺が完全に吹っ切れないばかりに」

「ち、ちがうわっ!これは私の醜い嫉妬で……っ!」

「醜くなんてないさ。俺を想ってくれてるからだろう?嬉しいよ」


 そう言いながら優しく、優しく抱き締める。

 そのまま背中を、頭を撫でていると、力が入り強張っていた彼女の体もほぐれ身を預けてくる。


「……グレン、ごめんなさい」

「いいよ。お互い様だ。俺もちゃんと向き合うようにするから。どんな形になるかは分からないけど、必ず」

「……うん」


 はぁ。ホントにちゃんと向き合わないと。この世界神様がいるみたいだし、その内天罰とか冗談で済まなくなりそう。

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