第三十六話
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料理を乗せたサービスワゴンを押しながら廊下を進む。
「さてと……ルフィーナさん、よろしくお願いします」
「……はいよ」
うーむ、不満そうだ。そんなに俺様モードが良かったのか。また今度やってあげようじゃないか。この欲しがりめ。
「失礼いたします」
ルフィーナに扉を開けてもらい部屋へと入る。
入った部屋は以前のカレーの時にも使った部屋。普段は自室か書斎で食事する姫様は、滅多にこの部屋は使わない。それこそ、俺がここの来てからはカレーの時と今回で二度目だ。理由を聞いたら、『広い部屋で一人で食べてもつまらないじゃない』という返答をいただいた。全くもってその通りである。
その部屋には以前と同様、上座に座る姫様。そしてその対面に向かい合って座る人物がいた。
整った顔に穏やかな笑みを浮かべているが、どこか鋭さを持った精悍な顔つきしている。また煌びやかな騎士団服に身を包んでいるが、その上からでも鍛えられているのが分かる。騎士団長の名に恥じぬ強さのようだ。
彼がキャメロン・コナーか。なるほど、噂通りの人物のようだ。それに、姫様と並ぶととても絵になる。街の皆が沸き立つのも分かる気がする。俺程では無いもののカッコいい。これは親父たちの勘違いだったんじゃないか?嫌な感じなどしないぞ。
料理を並べつつ失礼にならない範囲で観察・分析し、そんな事を考える。
「あにうえ!」
おや、この声は。
見ると、姫様達の座るテーブルにはヴィヴィの姿もあった。
「これはこれは、ヴィヴィアナ殿下もいらっしゃったので?」
「どこから聞きつけたのか、貴方の料理を食べたいと言って来たのよ」
それは嬉しいが、相変わらず活発な子だ。良く見れば後ろにはシーナとニーナもいる。
すると殿下呼びが気に入らなかったのか、走ってくるなり俺に飛びつきポカポカと拳を振り下ろしてくる。
「やーっ!ヴィヴィってよんでっ!」
「え。流石に今それは……」
キャメロン・コナーの目もあるし。彼も目を丸くしている。
「やーっ!やーっ!やーっ!」
困ったな。
チラリと姫様を見ると。
「諦めなさい」
「……はい」
姫様がそう言う以上怒る意味も、必要も無いか。
「ヴィヴィ、よく来たね」
「あにうえ!うへへへ」
諦めて、ヴィヴィを抱き上げ頭を撫でる。
―――ゾクッ
その瞬間、何とも表現しがたい悪寒が体中を奔った。
殺気?いや違う。
これは……敵意だ。恨み・嫉み・妬みの類の負の感情が含まれる、粘り気のある敵意。
だが、一体誰が。一瞬だったせいで敵意の元がどこだか分からなかった。それになぜこのタイミングだ?ヴィヴィが関係しているのか?
ここにいるのは姫様、ヴィクトリア、クロエ、ルフィーナ、毒見役含む数名のメイド、監視二名、ヴィヴィ、ニーナとシーナ、ルフィーナ、そしてキャメロン・コナー。
ヴィヴィが関係しているなら今じゃなくても良かった筈だ。屋敷の人間なら、似た光景をこの一ヶ月で何度か目にしてきた筈なのだから。となると、キャメロン・コナーが怪しいが……。彼は今なお微笑みを浮かべ、その表情に敵意の欠片も無い。
くそっ、分からん。キャメロン・コナーが向けてきた敵意として、その原因も目的も謎だ。あの敵意に含まれた嫉妬のような感情。俺は見た目から嫉妬等の含まれた視線に常に晒されて来た。だからこそ分かる、あれは嫉妬の類だったと。
それを俺に向ける意味。姫様の婚約者として、姫様の傍にいる俺に対してというのなら分かる。だが、そう言ったものでは無かった。もっとこう、恋慕を拗らせたストーカーから向けられた時ようなドロッとした敵意だった。だからこそ、分からない。
「あにうえ?」
「ん?ああ、ごめんごめん」
どうやら考え込んでしまったようだ。俺の様子に心配したヴィヴィに、声を掛けられる。
さっと周りを見るが、今の敵意を感じたのは他にいないらしい。皆普段通りだ。やはり、俺だけに向けられたものか。暫くは様子見といこう。
「ルフィーナさん、追加の分を」
「……分かったさね」
「さて、料理の説明に入ります。ヴィヴィも座って、それと食事の場で走るのは行儀が悪いよ」
「うん、ごめんなさい!ね、あにうえもいっしょにすわろ!」
本当に反省してるかどうかも怪しい様子のヴィヴィが、そんな提案をしてくる。
「それはマズいんじゃ……」
待てよ。キャメロン・コナーの様子見というのなら、かなり効果的なんじゃないか?
そう思って姫様を見る。
「そうね……構わないわ」
少し考えてからのお許しの言葉。第三王女と奴隷の仲が良いなんて、醜聞に他ならない。にも拘らずキャメロン・コナーという外部の人間の前で許可を出すのは、彼を信用しての事なのか。
まあ、どちらにせよ俺にとっては都合が良い状況だ。せいぜい利用させてもらおう。
「それじゃ一緒に座ろっか」
「うん!」
ヴィヴィが先程まで座っていた椅子に座り、ニーナとシーナにお互い大変ですね、と視線を交わしながらヴィヴィを抱き上げ彼女を膝の上へ。
敵意は無し、か。本当にキャメロン・コナーが敵意の主だとしたら、下手に動きは見せない。彼には英雄・英傑としての顔がある。それを曇らせる様な真似しないように、常に慎重になっている筈だ。恐らく先程のは思わず、と言った所だろう。
ここから先は賭けになる。俺だったら先程のは致命的なミスと捉え、髪の毛一本に至るまで気を張り巡らせる。そうやって一切の隙を見せない。実力を隠し弱者の皮を被る、今の俺の状態がそれに近いだろう。さて、彼の皮の厚さはどれほどか。
「本日のメニューはワイバーンの肉を使ったカツという―――――」
ヴィヴィの頭を撫でながら料理の説明をしていく。
「―――以上が今回の料理の説明に御座います。それではお召し上がりください」
皆が一斉に口に運ぶ。説明の合間に毒見は済ませておいてもらった。
「!?……柔らかくて、そしてサクッとした歯ごたえ。……とても美味しいわ」
「……これは、予想以上だ」
お、初めて声聞いた。説明の合間も注意深く見ていたが、何の反応も見せなかったからな。カツで気を抜いてくれればいいが。
「ヴィヴィも食べる!あ~ん!」
「仕方ないな……はい、あ~ん」
カツを一口サイズに切り分け、ヴィヴィに食べさせてやる。
―――ゾクッ
確定だ。また一瞬の事だったが、神経を尖らせていたから分かった。キャメロン・コナーだ。良く見れば、僅かに方眉が不快そうに上がっている。あ、戻った。
「おいし~!」
「それは良かった」
「どうだった?キャメロン。これが異世界の料理よ」
ヴィヴィの様子に癒されながら、二人の様子を注視する。
「予想以上でした。肉がこんなに柔らかくなるとは。グレン、だったか?高温の油で揚げたと言ったな。ワイバーンの肉は火を通し過ぎれば固くなる筈だ。どうやってここまで柔らかくした」
気付かれるな。気付いた事に気付かれるな。何事も無く振るまえ。そして考えろ。
「一時間ほどハチミツに漬けました」
敵意の中の嫉妬、そして微かな殺意。それはヴィヴィと戯れている時に向けられた。
「なに?ハチミツだと!?」
なぜ姫様じゃない。なぜヴィヴィが関わった時なんだ。なぜだ。婚約者だろ。なぜ。
「はい。ハチミツには肉を柔らかくする働きがあります」
「なんと!?それはどんな肉にも効果があるのか?」
考えろ。考えろ。考えろ。
「断言はできませんが、多くの肉に効果あると思いますよ」
『ひめさまのこんにゃくしゃー?かっこいーけどたまーにこわーい、ねー』『ねー』。それは孤児院のネネ・人族4歳を初めとする、年少組の意見。
「う~む。異世界というのは食にまでこだわれるほどに余裕があるのか……」
『キャメロン様は兎も角、そのお父君のダリル・ルゥ・コナー様は昔その、下半身関係の悪い噂があったわ。キャメロン様が表に出てくる様になってからはそんな噂無くなっちゃったけど。息子を隠れ蓑にしてるのかなーって。だってぱったりとだなんて、逆に怪しいじゃない』。これは八百屋のおばちゃんの意見。
「宜しければいくつかレシピを差し上げましょうか?」
「おお!!それは、ありがたい!」
脳裏を過るのは幼い奴隷を買えなかった時に、コナー家に仕える執事が浮かべたホッとした顔。
ああ……そういうことか。恐らく9割の確率で俺の推理は当たっているだろう。
こいつは屑だ。それも、俺が特に嫌いなタイプの。地球で俺が殺してきた奴らと遜色ない程に屑だ。
爽やかな顔で話しかけてくるヤツに笑顔で受け答えしながらも、この目の前の男に久しぶりに本気の殺意を抱いた。




