第三十四話
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あれから一ヶ月が経った。
キャメロン・コナーとの対面はまだ叶っていない。姫様もだがキャメロン・コナーも王国第三騎士団団長として多忙で、予定が合わないのだ。騎士団の遠征などで外に出る事が多く、姫様の予定が空いていても相手側が居なかったり、とすれ違ってばかりだった。
そして、やっとこさ会食の日程が決まったのが2日程前。その間何をしていたかと言うと、キャメロン・コナーについて調べるのを一先ず止め、幼女達と遊んでばかりいた。勿論、稽古や書類作業等の日課はいつも通りこなした上でだ。
ヴィヴィは大層俺の事が気に入ったらしく、一日置きぐらいの頻度で遊びに来るのだ。呼び方も『あにうえ』『ヴィヴィ』で定着した。何でもちゃんと自分を叱ってくれた俺の事が、物語に出てくる兄姉像に重なったらしい。おかげで彼女が来た時は、周りの視線がとても痛い。まぁ、そこに深刻な理由とかが無くて良かった。
そして忘れてはならないのが、リナを初めとする孤児院の娘達。ヴィヴィとリナ達は出会った当初、お気に入りのオモチャを決して取られまいと対立していた。最初は微笑ましく見れていたその光景も続けばただただ鬱陶しくなったので、般若の面にご登場いただき仲良くするように諭してもらった。今ではすっかり意気投合している。遊ぶ内容は、騎士ごっこに女王様が加わりより大変になったものとトランプだ。
トランプは食材調査の時に自分が持っていた物をエーミルに預け、複製を頼んだ。完璧にそっくりとまではいかないが、普通に遊ぶ分には困らないレベルの出来だった為、流通させた。
これは姫様に以前指摘された商談の一つで、今は特に裕福な貴族の御婦人や御令嬢に人気で中々に売れているらしい。トランプ本体とは別に、多くのゲーム内容の説明書も同封しているので遊び方には困らない。ただ材料費等のコストが大きいので、まだまだ庶民には浸透していないのが今後の課題だ。
と、この一ヶ月を思い出しながら現実逃避に勤しむ。原因は目の前の彼女、ヴィクトリア。そして最大の戦犯たる俺だ。彼女はいつになく泣きそうな顔で、俺の前に立っていた。
事の始まりは、ほんの十分程前に遡る。
いつもの如く完全に日課となった朝稽古に向かった俺を、これまたいつもの如くヴィクトリアが待っていた。この時点では何もおかしな様子も見られず、寧ろ意地の悪い顔をしていた。
「フンッ、貴様の命も残り一ヶ月だな」
「ほへ?いやいや後一ヶ月もありますよ?十分では?」
「はんっ!一ヶ月で何が出来る!?この二ヶ月で団員の態度を和らげたのは見事だと言ってやる」
「えーと、ありがとうございます?」
おや?
「だが!貴様が本来やるべき事は噂の対策だ!今流れている噂を、貴様も知っているだろう!?」
「ええ、不快なものばかりですね」
「分かっているなら早く噂をどうにかしろ!不快な噂が耳に入る度に、貴様の事を叩き切りたくなる。悔しいが貴様の知識は姫様の役に立ち、作る料理のどれもがう、美味い」
ここで思った。風向きが変わった、と。叱責されていたはずなのに、と。
「私は貴様が嫌いだ。弱いくせに口や顔だけで女を誑かす貴様が大っっ嫌いだ。だが……だが、貴様は既に姫様にとってなくてはならない人材だ。貴様が死ねば姫様が悲しむ。それでも、私は三ヶ月後の結果次第では貴様を斬るという誓いは違えん。だから、残りの一ヶ月で何とかして見せろ。手を貸すつもりもないが、その、お、応援はしている」
その時、俺の胸は歓喜に震えた。あれだけ俺に対して当たりの強かったヴィクトリアが、やや認めてくれるような発言をしてくれたのだ。嬉しくない訳が無い。
だからそのまま口を滑らせ、余計な事を言ってしまった。
「ヴィクトリアさんも頑張ってください。その、キャメロン・コナーの事好きなんですよね?」
「な、なぁ!?」
一瞬にして顔が赤く染まる。
「あれ?違いました?彼の事を話すときの様子からそう思ったんですけど……」
「き、貴様!」
「ッグェッ!く、首は止めて……」
「誰かに、特に姫様に言ったら殺す。生まれてきた事を後悔させてやるっ……」
この時点で話は切り上げておけば良かった。
「ゲホッ、ゲホッ……思いを伝えたりはしないんですか?」
なのに踏み込んでしまった。
「そんな事をしたってキャメロンを困らせるだけだ」
「でも、このまま「黙れっ!」……っ!」
「貴族の婚姻は好き嫌いで決まるものじゃない!貴様の世界の認識で口を出すなっ!」
「っ!……すみません」
「伝えたからってどうしろっていうんだ……。そんな簡単な話ではないっ……!」
そのセリフは、普通なら決して俺の耳に届く事の無いボリュームで囁かれた。
だが、常時聴力を強化し僅かな音も聞こえる様になっている俺の耳には、はっきりとその声は届いていた。
弾かれるように、だけど聞こえなかった風を装って静かに彼女の顔を見れば、いつもの強気な面影など無い今にも泣きだしそうな表情だった。
そして今に至る。
「……予定を思い出した。今日の稽古は無しだ」
そう言って去っていく彼女の後姿に俺は何も、声も掛ける事も出来なかった。
「はぁ~……やってしまった」
俺の前では涙を流さなかったが、あれは多分―――
「泣いてるよなぁ……はぁ~、貴族の婚姻かぁ」
貴族ね。彼女もそうだが、ここにいる人達は特に貴族である事を鼻にかけると言うか、変に偉ぶったりする事も無いので忘れていた。ああ、フィオランツァは別だな。彼女は正しく貴族だ。
この世界では一夫多妻なんてザラのようだから、背中を押すつもりだったのだが余計な事をしてしまったようだ。
「完全に俺の認識不足だったな」
ヴィクトリアには申し訳ない事をした。もう少し仲良くなっておきたかっただけなのだが、やはり人の恋路に易々と首を突っ込むものでは無いな。
いや、違うな。中途半端に、生半可な気持ちで、軽々しく、考え無しに、だったからだ。本気で首を突っ込むつもりなら、こんな凡ミスは起こさなかったはず。
「さて、どうしたものか……」
恐らく姫様はヴィクトリアの変化に気付く。そうでなくても、例の如く付いている監視から報告が良く。
それはもう一人の監視、暗部の方も同様。王様は非常時の連絡用にと言っていたが、確実に監視も兼ねている。親父が信頼されているから息子である俺の事も配慮してくれている様だが、完全に信頼されている訳では無いみたいだからな。
結果、王様や親父そして何より母さんに報告が行く。だから、元よりその気はないがこのまま放置という選択肢は無い。この歳で、母さんのお仕置き。羞恥に耐えられないだろう。
ヴィクトリアに別の恋をさせるか、今の恋を最大限後押しして彼女の力になる。どちらにせよ、彼女のフォローをしなければならない。母さんの仕置きが怖いのもあるが、なによりあの表情を見てしまった以上俺はもう動くしかないのだ。
「動くにしても取り敢えずはキャメロン・コナーか……」
やはりキャメロン・コナーがどういう人物かが、今回の事には大きく関わってくる。悪党ならやる事は必然と決まってくるが、噂通りの英傑ならばそう簡単にはいかないだろう。
自分で蒔いた種、自業自得とは言えやる事考える事が多すぎる。さしあたっては、近日開かれるらしい食事会でキャメロン・コナーをしかと見極めよう。




