第三十二話
ブクマ・評価ありがとうございます。
ぐりんッ、と首だけを出来るだけ大きく動かしヴィヴィアナに顔を近づける。
「ひぃっ!」
般若のお面を憑けた顔を。
「ワルイヤツミヅケタ」
「ぴぃ」
地球で活動していた時に、顔が露わにならないよう面白半分に付けてたものだ。屑を殺す直前にこれで現れてやると、大いに恐怖してくれた。
「オデ、ワルイヤツクウ。クケケ」
そして声色も、ホラー映画などで聞くようなものに変える。
「ひっ、やっ……」
突然豹変し鬼になった俺に怯え逃げ出すが、即座に抑え込む。
「オデオマエクウ。ワルイヤツウマイ」
「あ、あたしは……ヴィヴィはおいしくないもんっ!」
言葉では強がっているが、涙はボロボロ流れているし。ややアンモニア臭がする。
「クケケ。オマエオイシイ。クケケケケ」
「たす、たすけて!シーナ!ニーナ!あねうえ!」
シーナ?ニーナがお付きのメイドだろ。シーナは誰だ?他のお付き?ニーナの姉妹かなんかか?名前似てるし。
まぁ今はどうでもいいか。
「シーナモニーナモオマエノアネモ、ミナイイヤツ。イイヤツ、ワルイヤツタスケナイ。オマエワルイヤツ。クケケケ」
「ヴィヴィ…悪くない……!」
う~ん。意地を張ってるのか、本当に悪い事をしたという自覚が無いのか。仕方ない、予定変更だ。
「クケ?デ、殿下……っ。謝るのですっ……!」
「……どれー?」
面で見えないだろうが苦悶の表情を浮かべ、声を絞るように出す。如何にも般若の支配に抗っている風で。
「思い出してくださいっ……!嫌な思いをさせてしまった人が居るはずですっ……!ああぁっ……!クケケケ。ワルイヤツクウ。アタマカラ、バリボリクウ。クケケ」
「ひっ……いやな…こと……。……あっ!あねうえ、ごめんなさい!」
お、気付いたか?
「おしごとのじゃましてごめんなさい!シーナとニーナもお勉強抜け出してごめんなさい!うわ~~ん」
姫様は微笑んでいるが、ニーナは驚きに目を見張っている。謝罪の言葉が聞けるとは思わなかったのだろう。ここだけの話、ヴィヴィアナだけに聞こえる様にガッチンガッチン、歯を鳴らしていたからな。
「オマエアヤマレル。ワルイヤツチガウ。オデイイヤツクワナイ。ウゥ……ウガァァァァッ!!!」
雄叫びと同時に般若のお面が独りでに飛んでいく。勿論、種も仕掛けもあります。
ともあれ、グレン劇場第二幕フィナーレといこう。
未だ泣きじゃくるヴィヴィアナを抱き寄せ、撫であやす。ビクッと体が硬直するのは、恐怖からの緊張がまだ解けていないからだろう。
「良く出来ました、ヴィヴィアナ殿下。お蔭で助かりました」
「ぐすっ……どれー?」
「はい。アリシア殿下の奴隷、グレンですよ」
「……グレン?おには?ひっく……」
よっぽど怖かったようだ。最早完全に最初の勢いは無い。これなら般若の面は今後も役に立つだろう。
「鬼はあちらですよ。般若の面と言って私の世界のお面です。アレに取り付いていたのでしょう」
カタカタカタカタッ、ブーーブーー
指差した先で、今度は独りでに動き出したお面。
「ひっ!」
「「「え!?」」」
ヴィヴィアナが勝手に動き出した面に怯え、しがみついて来る。姫様や他の皆も。これには驚いたようだ。魔力などが感じられない分、訳が分からず一層恐怖を引き立てる。勿論、種も仕掛けもあります。
『クケケケケケ。オデクウ!オデワルイヤツマルカジリ!クケケケケケ』
「「「「っ!!」」」」
聞こえて来るはずのない声に皆がバッ、と俺に視線を向ける。ヴィヴィアナはまさか、という思いで。ある程度察し始めた人達はまだやるのかと。
「え?」
声を漏らしたのは誰か。だが、それも仕方ないだろう。俺が喋っていると思って見てみれば、口は動いていないのだから。それなのに鬼の声が聞こえてくる。
この状況に異様さを感じたヴィクトリアたちが、各々武器を構え始める。姫様も視線を鋭くさせ警戒している。彼女も騙せたようだ。
危険は無いのだがな。
『クケケケケケ。ワルイコワイネガー!クケ、クケケケケケケケケケッ!』
だってこれ、腹話術だもの。
「ヴィクトリアさん!そのお面を壊してください!」
そんな事は微塵も感じさせずに、必死な表情の演技で叫ぶ。
「……ハッ」
一瞬逡巡するが、意を決したように槍が振るわれる。槍の穂先は寸分違わず般若の面を捉え、一槍の下に両断された。
『ク…ケケ……ケ。オデ…ワ……ヤツ…イ……ギリ…シナ…ナイ。クケ、……ケ…ケケ……』
「……ふぅ。終わりましたね。ちょっと失礼しますよ」
魔法を使い、色々なモノで汚れてしまっているヴィヴィアナの体を綺麗にする。
洗浄魔法、俺が自由に扱う事の出来る数少ない魔法の一つだ。
無属性魔法に分類されるこの魔法は、属性魔法とは違い魔力さえ有していれば基本誰にでも発動が可能だ。発動対象が人の場合は体の表面や着ている衣服の汚れを、対象が物の場合はその表面の汚れを洗浄する効果がある。騎士団や軍の遠征や冒険者などが依頼で家や宿に帰れない時などに便利な為、この世界では必須の魔法だ。だが、シミ等のこびり付いてしまった汚れを落とすのには効果が無いのが欠点だ。
今回はヴィヴィアナに使ったが、普段は朝稽古の後等に泥汚れや血を落とす為に使っている。
「よしっ、これで綺麗になりました。さて、殿下怖かったですか?」
「……うん」
大分堪えたようだ。この分なら、当分般若の面も鞭として使えるだろう。
「もう大丈夫ですよ。鬼はヴィクトリアさんが退治してくれました。ただ、殿下がまた悪い子になってしまったら再び奴が現れるかもしれません。私も体を乗っ取られるのはこりごりです。もう二度と悪い子にならないと約束してくださいますか」
「……うん、する!」
「悪い子になりかけたらまた『お尻ぺんぺん』ですからね」
「うぅっ……う、うん」
パッとお尻を抑え、後退りながら頷く。流石母さん直伝の愛の鞭。
「良い子ですね。では、ちゃんと良い子になれたのでご褒美をあげます」
「ごほーび?」
指輪からキンキンに冷えたプリンを取り出す。最近知ったのだが冷たい物は冷たいまま、温かい物は暖かいまま収納できるらしい。摩訶不思議な仕組みだ。
「プリンと言う食べ物です。甘くて美味しいですよ」
「で、殿下……姫様?」
「あっ」
スプーンと一緒に差し出す。それをニーナが止めようとするが、姫様に止められる。王宮暮らしのヴィヴィアナ付きとなれば、同じ騎士団員でも既に俺の料理は認めてくれている屋敷の団員達と違い、知らないのだろう。当然、食べ物には警戒する。それを止めたって事は、毒殺等はしないという程度には信用されてるという事か。
ヴィクトリアのモノ欲しそうな声は無視だ。咄嗟に口を手で押さえたという事は、触れて欲しくないのだろうしな。
「おいしー……おいしー!」
「喜んで頂けて何よりです」
先程までのしおらしさが嘘であったかのように元気になり、ペロリと食べてしまった。
「また食べたいですか?」
「うん!」
すっかり子供らしくなったな。
「ではこれからも良い子にしていたら作ってあげますよ」
「ホントッ!?へへへ、どれーいいやつだ」
「奴隷じゃなくてグレンです」
「グレン?……グレン!」
「おっと」
嬉しそうに名を呼びながら抱き付いて来るヴィヴィアナを受け止め、頭を撫でる。
「うへへへ、ほんとうのあにうえみたいだ!」
うん?どういう意味だ?
「じゃあ、今からべんきょうがんばってくるね!ヴィヴィえらい?」
「へ?え、ええ。偉いですよ。良い子です」
「ふへへ。あにうえまたね!……ニーナ行こう!」
そう言うと止める間もなく帰って行った。兄上呼びの真意が聞きたかったのだが、悪い気もしないしまたの機会にするとしよう。
そんなほっこりとした気分で振り返ると、いろんな感情がごちゃ混ぜになった何とも言えない表情の姫様達が。
プリンはまだある。それを出せば怒りの方は収まるだろう。
そんな考えの下にプリンを出しながら、俺は説明と釈明を始めた。




