【殺し屋ととある母娘】 其之弐
ストックが少なくなってきたので、投稿頻度を落とします。すみません。
まずはロングソードの処理だ。
冒険者の男がロングソードに手を伸ばしていた時点で動き出していた俺は、そのまま体を飛んでくるロングソードの前に体を半身にして滑り込ませる。そして、ロングソードを見送りながらその柄に手を伸ばし、担ぐ様にして背面で握り込む。
この状態で取れる選択肢は二つ。力任せに、握ったロングソードをもう片方から飛んでくる金鎚に叩きつける方法。しかし、これには懸念がある。ちらっと見えたロングソードの刀身。これがあまりにもボロボロなのだ。まるで、岩か何かの固いモノに力一杯叩きつけたかのように。
例えロングソードが大破しようと金鎚を止められるなら問題ないが、余にもリスキー。止められなかった場合が怖い。
ならば取るべきはもう一つの方法。どうせならカッコ良く決めよう。
「フンッ!」
握り込んだロングソードを叩きつける。金鎚では無く地面に向かって。その際に体を捻りながら、飛んで来ていた金鎚を避ける。そのまま棒高跳びの要領で、地面に半ばまで埋まったロングソードをあたかも棒に見立てて、鋭く前方へ飛ぶ。放物線が高ければ余計なロスを生むので、飛ぶのは上では無く前。それでも華麗に捻りを加えながら。
「「「きゃぁぁぁぁ」」」
遅れて状況を理解した野次馬達から悲鳴が上がる。完璧に理解した訳では無いだろうが、凶器が飛び交うという状況に、彼らは恐れる。例え自分じゃ無くとも、誰かの血が流れる、誰かの命が失われるかもしれないと恐怖に染まる。
しかし、此処には俺がいる。俺が此処にいる。
「よ……とっ」
そのまま赤子を抱えた女性の前で着地し、飛んでくる金鎚と同じ速度で腕を引き、タイミングを合わせる事で素早くされど柔らかに受け止める。
「ぁ……」
「危なかったね」
安心させるように、ウインクも添えて声を掛ける。
しかし、彼女もだが誰も状況を理解出来ていないようだ。誰も彼もが目を動かし、脳を働かせている。異常な静寂が出来上がっていた。
「……っ」
「おっと」
俺の顔と俺の持つ金鎚。その間を行ったり来たりと視線を彷徨わせること十数秒。状況を理解し、恐怖に腰を抜かした彼女を受け止め支える。
「ぁ……ぁ……」
「大丈夫。大丈夫。だいじょーぶ」
落ち着かせようと優しく声を掛けるが効果は薄い。当然だろう。我が子を失う所だったのだ。そう容易く落ち着けるはずが無い。
「……誰か!」
とは言え、いつまでもこうしている訳にも行かないので、騎士の娘に任せる。女性同士という事もあるし、そちらの方が良いだろう。
「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!?」」」」
と、振り返った所で大歓声が上がる。彼らも状況を理解出来たようだ。
「何だ今の!?」
「すげぇ!!」
「誰なんだ!?」
「黒髪!?」
「噂の!?」
思い思いの感想や憶測が飛び交う。一気に騒がしくなった。
折角だしヒーローでも気取ってみたい所だが、そうもいかない。なにせ、まだやる事は残っている。名残惜しいが終幕としよう。
―――――パンッ!
柏手を一つ。
騒がしかった空間に、それでも音が響き渡る。思い付きで広げた魔力に音を乗せてみたが、案外上手くいった。魔力ってすげぇな、何でも出来そうだ。
と言う訳で、一瞬にして静寂が戻って来る。そして、その隙に素早くヴィクトリアへ視線を送る。
「っ散れ!この場は我々ロゼリア騎士団の預かりとする!また、何かしらの被害及び損害を被った者は、別途に話を聞こう!我々の指示に従うように!さぁ、解散だ!解散!」
興奮冷めやらぬようではあるが、それでも素直に指示に従う野次馬達。彼女達が信頼を得ている証でもある。
ここからの行動は早かった。
テキパキと一つ一つを片付けていき、十分と経たない内にいつも通りが戻ってきていた。
そして喧嘩していた2人も改めて拘束され、詰所へと連行されるのだった。
「一件落着」
と言いたい所だが、ここからも大変なのだ。隙を見て逃げないと。
「グレン」
さっさとやる事済ましてしまおう。
「先程は助かった。感謝する。私では恐らく間に合っていなかった」
神妙な面持ちで近付いてきたヴィクトリア。悔しさからか、槍を握る手に力が入り過ぎている。
「恐らく、ではなく、確実に、だな」
「うっ……」
「何が悪かったと思う?」
これは反省会。まずは自分の言葉で、自分の頭で考えてもらおう。
「油断、していた。格下相手だと、油断していたと思う」
「そこじゃない。そこじゃないんだよ、ヴィクトリア」
まずやるべきことがあった。
「……」
必死に考えているようだが、難しい顔で考えている様子から答えは出無さそうだ。
「武装解除。ヴィクトリア、何で武装解除をしなかった?」
「ぁ……」
抜いてはいなかったとは言え、武器を持った人間が暴れていたのだ。一番最初にやるべき事だろう。
「金鎚の方は俺もギリギリまで気付かなかったから仕方ないにしても、ロングソードは取り上げておくべきだった。そうすれば、もし似たような状況になっても、対処するのは金鎚だけで済んでいたかもしれない。それだったら、俺の出る幕も無かったかもね」
「……ああ。……その通りだな」
えらい落ち込みようだな。これまで失敗という失敗が無かったのかもな。引きずってもらっても困るし、少しフォローしとくか。
「そう落ち込むなって。次に生かせればいいからさ。俺がいる限りどんな失敗しようと、大事にはならんから」
「……羨ましい自信だな」
「それだけのモノを培ってきたからな。ヴィクトリアはまだ19歳だろ?これからじゃないか。俺だって日々成長してるんだ。伸びしろは俺よりもあるだろうよ。それに、俺の見立てじゃオスカーよりも強くなれる」
俺と手合わせした時のような、何かしらの切り札を切っていないオスカーよりも。
「グレンのお墨付きか。悪くないな」
気持ちが前向きになったようだ。少しばかり顔も綻んでいる。
「さて、と。それじゃあそろそろ戻りますか」
大分日も傾き始めたし、他の騎士団も出てくる頃だろう。ロゼリア騎士団はお役御免だ。
「……待て」
ガッチリと腕を掴まれる。避けようと思えば避けられたが、第六感が避けるなと叫んでいた。
「……どうしました?」
「まだ終わってないぞ?」
そうまだ終わっていない。
「何処を向いている。詰所はあっちだ」
これから長い長い聴取があるのだ。ことの顛末を文書に残し、記録する為に。つまり始まりは、喧嘩していた二人のきっかけからだ。それを時系列順に記録していく。
何かしらの因縁がありそうな二人だし、長くなるのが目に見えているのだ。
やってられるか。
「いやいやいや、詰所はあっちだろ。俺はあっちに行くぞ」
明後日の方に向かおうとするが、ヴィクトリアは腕を離さないばかりか、底意地の悪い顔を浮かべてきた。
「仕方ない。言い付けるか」
アリシアに言った所で……
「孤児院の娘達に。『グレンは仕事をしないで遊んでいる』と」
「悪魔か!?」
なんて恐ろしい事を。そんな事をしてしまえば、俺の威厳なんか欠片も残らなくなってしまう。本格的に舐められて、俺の言葉など誰も聞かなくなることだろう。
第六感を信じて良かった。
「ほら行くぞ」
「分かった。分かったから引っ張るなって」
ほら、前から走って来る女の子にぶつかる。
「おっと」
ぶつかったと言うよりかは抱き付かれた、受け止めたと言うよりかは受け入れた?
「ぅ……」
「おや?」
以前にも見かけた黒髪の少女だ。
あの時は夜魔族に付かせて、無事に帰れたとの報告も受けていたが、この娘はいつもこうして一人で出歩いているのだろうか。周りに親らしき姿も見えないし、心配になってくる。
「…………か?」
「うん?」
震えながらの小さな声。全く聞き取れなかった。
「パパですか?」
「…………へ?」
……………………へ?