【殺し屋ととある母娘】 其之壱
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「~~♪~~~~♪」
いい天気。正しくお散歩日和というやつだろう。さっきそこで買った串焼きも、塩のみというシンプルな味付けながらとても美味い。値段もそこそこだったから良い肉を使っているのだろう。これが地球なら、食感やら見た目やらで何の肉なのか分かったりするんだろうが……、魔獣かはたまた魔物か。気にしなくなってきた辺り随分と染まってきてるな。
「おい」
「~~♪ん?」
「いつまでそうしている気だ?」
こめかみに青筋を浮かばせたヴィクトリア。怒りのあまりか、その体はフルフル震えている。その後ろでは彼女の部下達が呆れた顔を。でも何も言ってこないし、馴染みつつあった侮蔑の顔も向けて来ない。
「そう、とは?」
「いつまでそうチャランポランしているつもりなのかという事だっ!!」
「ハイハイハイ、こんな道の真ん中でそんな大きな声を出さない」
すぐに槍が飛んでこなくなった辺り、進歩していると考えて良いのだろうか。
「誰のせいだとっ!」
「ほらほら、皆がビックリしてる。特に今は見回り中なんだから」
「……ふんっ!」
そう今、我々は王都の定期巡回中。気分的には散歩だが、しっかりと仕事中である。まぁ、仕事中と言ってもそれは彼女達だけで、俺はただ付いてきただけだったり。ぶっちゃけただの興味本位だ。
「とは言ってもなぁ、名目としては君らの訓練の成果が出てるかの確認なんだし」
第一王女である『ロゼリエ襲来事件』をきっかけに俺の実力が本格的に知れ渡り始めた為、騎士団全体を一度叩きのめして訓練にも口を出すようになったわけだが、あれからそろそろ2週間。幾人かは成果が見え始める頃だろう。
「だからこう、事件でも起きてくれればいいんだが……」
「縁起でも無い事を言うな。何事も無い事は良い事だぞ。それに王都の治安は「キャァァっ!」っ!」
こうゆうのをフラグって言ったりするんだろうか。
急いで悲鳴の元に駆けつけると、肉達磨が右に左にと転がり回っていた。
「暑苦しい喧嘩だなぁ……」
一人は格好からして冒険者。
軽装の鎧では隠し切れていないガチムチなボディ。半裸と言っても差し支えないくらい肌が出ているが、この世界では割と主流。何故なら下手な鉄製の鎧より、鍛え抜かれた己の肉体に魔力を通して強化した方が丈夫だから。魔力量によっては、鉄すら斬る剣を止めるのだ。
そしてもう一人は、分からない。
捲った袖から見える腕は太く、鍛えられているのが分かる。しかし他はそうでも無い。下半身も割とガッチリしているようだが、腕と比べるとアンバランス。そして何より、腹が出ている。
格好は見るからに作業着。それに身の丈ぐらいのロングソードを背負っている冒険者の男とは違い、彼は手ぶらだ。確実に冒険者では無いだろう。
「おい、やめろ!!」
ヴィクトリアが声を掛けるが、興奮している彼らには届かない。それどころかどんどんヒートアップして、周りを巻き込み始めている。建物の壁を破り、野次馬を巻き込みかけている。
「ちっ、お前達取り押さえろ!!」
「「「「はっ」」」」
慣れたものでその動きはスムーズ。まぁ、当然だろう。彼女達はヴィクトリアの部隊。普段からやっている事だ。違う事と言えば、俺が監督している事。とは言え、特に気負ったりもしていない様子。
強いて言うなら、見られている事に緊張感とかを持って欲しいが……まぁ、いつも通りという事に頼もしく感じても良いか。
「動くな!!」
「大人しくしろ!!」
基本力では、男に女は敵わない。しかしこの世界には魔力が有る。
僅かに残った理性で身体強化を施していなかった彼らに、身体強化を施した彼女達は力で勝るのだ。
「ぐっ!」
「……ちぃっ!」
第三者の力による介入に一瞬抵抗しようとする彼らだが、その瞳に互いの状況が映り状況を呑み込む。
第三者は王都の治安を守る騎士であると。
僅かに抵抗を残しながらも、大人しく従うように引き剥がされる。
「……落ち着いたか?落ち着いたな?なら周りを見ろ。お前達が暴れた結果だ」
壊された壁は十か所以上。散らばった沢山のモノは、二人の喧嘩に巻き込まれまいと慌てた通行人のモノだろう。
「……」
「……」
気まずさと申し訳なさ、そんな表情を僅かに浮かべるが、それでも互いへの怒りが抑えきれないようで。
「暴れるなら余所でやれ。周りに迷惑を掛けるな。……はぁ」
どうせ下らない理由だろう、とヴィクトリアは頭を抱えている。これからの事を考えているのだろう。
俺は途中で抜け出そう。
「……元はと言えばあの髭ダルマが!!」
「ああ?何じゃと!?ウスノロがっ!」
「ああ!?」
「ああん!?」
「……っ!」
「……っ!」
再燃してしまった。醜い言い争いだ。
互いの誹謗を交えながら、相手の非を並べる。内容はあってないようなモノで本人達しか分からない。情報が断片的過ぎて予想もつかない。
さて、ヴィクトリア達はどう収めるのか。
「はぁぁぁ……」
深い溜息を吐きながら、身体強化を施していくヴィクトリア。
実力行使に移るようだ。俺でもそうするだろう。それが出来る実力も彼女にはある。
「いい加減に……」
「可哀想じゃなぁ!?貴様がそんなんだから息子もs「てめぇぇぇっ!!!」」
内容はよく聞いてなかったから知らない。てか、どうでも良い。だが、髭ダルマの彼の言葉が切っ掛けだった。流れが明らかに変わった。悪い方へと。
冒険者の男が身体強化を使ったのだ。
油断していた訳では無いだろう。だが、取り押さえていたはずの男からの大きな力に弾かれた。拘束を解いた彼は、そのまま背中の武器を取る。
最後の理性も崩壊したらしい。
「……っっらぁぁっ!!」
己の足で突っ込むより速いと判断したのか、手に取った武器を力いっぱいブン投げた。身体強化を施した、力いっぱいで。
その瞳は怒りによる殺意で染まっていた。
そして、髭ダルマの彼もまた同じ。
冒険者の彼の行動からワンテンポ遅れて同様に、身体強化を施した力で騎士を跳ね除ける。そのまま流れるように作業着の隙間から取り出したのは、武骨なデザインの大き目な金鎚。
「……っっどるぁぁっ!!」
それを彼は力任せにブン投げた。身体強化を施した、力任せに。
「っ!!馬鹿者共がっ!!」
いち早く行動に移せたのはヴィクトリア。一瞬にして体に纏わせる魔力の量を増やし、槍を構えながら踏み出す。殺人的な速さで飛ぶ二つを叩き落とすか、逸らすつもりなのだろう。
だが、それは間に合わない。彼らの動きの方が早かっただけに、一歩半ほど届かない。
そして、それは最悪な未来を作り出す。
互いに向かって投げられたロングソードと金鎚は、運良くぶつかる事は無い。どちらかが落ちる事も、勢いが死ぬ事も無いのだ。だが、二つは接触する。交差するように。すれ違うように。互いの行く先を逸らしながら僅かに。
その行く先はどこか。
当人たちの方向ではある。しかし、軌道が逸れたゆえに彼らには当たらない。ならその傍に居る、先程まで彼らを取り押さえていた騎士である彼女達か。それもまた違う。
であるならば、どこなのか。
その後ろにいる、野次馬である人々だ。当然彼らは避けられないだろう。一人は男。しかし一般人。見るからに一般人。避けられないし、防げない。必ず当たる。
そしてもう一人は女性。正確には女性の抱える赤子。こちらも言わずもがな。大惨事は避けられない。
ロングソードと金鎚の軌道を読んだ俺に、そんな未来を予測させる。
迷惑な大喧嘩が、死傷者を生むのだ。
俺が動かなければ、な。